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第8話 月に焦がれるきらきら星#4
――そんな経緯があって、その日から昴は昼休みや音楽室が部活で使われていない放課後は理月と一緒にピアノを弾いて過ごすようになった。
実際の理月がどんな人なのかを昴が知ったのは、それからすぐのことだ。
まずは、長野の山奥育ちの昴でもその名くらいは知っているあの藤原グループの跡取り息子だということ。名前が嫌いだと言った理月の話に、何となしに合点がいった。
試験ではいつも満点しか取らないほど頭が良く、運動も得意で、何でも難なく熟してしまうこと。持って生まれた才能もあるだろうが、日々たゆまぬ努力をしているらしいことも近くで過ごしていればすぐに分かった。
それから、決まった友達は居らず、囲まれるのもあまり好きではないようで、休み時間は読書や勉強をして静かに過ごしているらしい。いくらここが金持ちばかりの学校とは言え、理月は桁が違う御曹司だ。パッと見冷たく見える顔立ちも近寄り難さを助長しているのだろう。才色兼備の高嶺の花であり、男子校である彗上学園の孤高の王子様だ。
諸々腑に落ちたけれど、意外でもあった。昴が知っている理月は、笑顔が可愛らしい、優しい人だから。
そりゃあ、誰より綺麗で可愛いひとだと思ったし、所作のひとつひとつが上品で、良いところのお坊ちゃまなのだろうと一目惚れした時点で予想は付いていた。しかし初恋がここまで桁違いの身の程を弁えない恋になるとは思ってもみなかった。まだ若い星屑のひとつが月を手にしたいだなんて、身の程知らずだということはよく理解る。
けれどそんな雲の上のような存在の初恋の君は、出会ったばかりの昴にあれこれと良くしてくれた。
「――あ、そろそろバイト行かないと。初出勤、緊張するなあ」
「昴なら絶対平気だよ。僕が紹介したのに見に行ってやれなくて残念だけど、頑張って」
放課後音楽室でピアノを弾いた後、指定の黒い通学鞄を手に持ち理月と共に音楽室を後にする。現在家にアップライトピアノしか置けていない昴のために、理月が親の会社の系列ホテル内にある高級レストランを紹介してくれて、昴はピアニストのバイトとして雇ってもらえることとなった。週末の夜になるとピアニストによるグランドピアノでの生演奏が楽しめるレストランだ。
田舎者の昴にはハードルが高かったけれど、ホテルの高級レストランで働いても平気なように服装や髪型を理月が整えてくれて、無事勤務出来ることとなった。グランドピアノが弾けるというだけではなく、場慣れのためにもレストランで弾けることは有難かった。
かつて理月が師事していたというピアノ講師のことも紹介してくれて、五月頃から門下生として週に一度レッスンを受けられるようにもなった。理月は昴を天才だと持て囃してくれるけれど、講師の目はやっぱり厳しい。
レッスンの初日はレベルチェックでショパン、モーツァルト、ベートーヴェン等々諸々弾かされて、褒めてもくれたけれど、解釈が甘いとダメ出しをされたり細部の細かいチェックが入った。特にショパンだとかは独特のリズム感があるから結構なダメ出しを食らった。
講師の二条先生からは『藤原くんも勿論才能溢れる子だったから、プロの道を諦めたことは残念だと思ってたんだ。藤原くん、門下生を辞めるって言った時沈んでたから、友達に指導してやってほしいって弾んだ声で電話が来た時は驚いたよ。実際、日向くんの才能は特別あるから、大学四年頃に国際コンクールに出られるように頑張ろう』と鼓舞された。
五年に一度の国際コンクールで、次の開催は来年だけど、流石に来年には準備が間に合わないだろうという話。理月がプロの道を諦めたなんてことはその時初めて知って、驚いた。
そんなこと、理月の演奏を聴いているのだから、聞かなくたって分かったはずだ。門下生『だった』ということからも分かるはずだった。けれど初めての恋に浮かれて眩んだ昴には気付けなかった。
「――りっちゃんって、元はプロピアニスト志望だったの?」
理月がピアノの道を諦めたと知った翌日の昼休み、音楽室で理月に訊いた。
「ああ、いや……こんなことを言ったら、プロ志望の昴は怒るかもしれないけど。本気で目指してたわけじゃない。コンクールとかに出てたのは中学三年生が最後で……今は、趣味で弾いてるだけ」
訊かれた理月は少し目を丸くしたけれど、淡々とそう言った。
『本気で目指してたわけじゃない』
そんなの、嘘だろうと思った。淡々と口にした言葉の音が寂しげだったから。
「怒らないよ。だってそれ、嘘でしょ。答えるの嫌だったら言わなくて良いけど……どうして?」
昴に何が分かるんだと言われるかもしれない。また無神経だと言われるかもしれない。まだ出会ってひと月ばかりの昴にズカズカ土足で心に踏み込まれたくないかもしれない。だけど、どうしても聞きたかった。
知り合ったばかりの昴に世話を焼いてくれる理由も、何もかも全部、詰まっている気がしたから。
「嘘ってわけじゃない。僕はあらかじめ、こういう人になりなさい、っていうレールの上で生かされてる。そのレールから外れることは許されないし、ピアニストには当然なれない。だから、父から中学でピアノは辞めろって言われてさ。だけど学校の中なら父の目が届かないから、たまに弾いてて……未練がましいだろ」
昴は思わず大きな声で「そんなことない」と口にした。淡々と話したあと、自嘲するように苦笑した理月の顔があんまり寂しそうだったから。理月は昴の大声にきょとんと目を丸くした後、柔らかく微笑んだ。
「もう過ぎた話だし――生まれた時から、分かってたことだから。僕は衛星なんだよ」
以前にも同じような話を聞いたなと思い返す。
『僕の名前に付いている『月』は、衛星って意味として付けられていて……良い意味じゃない』
確か理月はそう言っていた。
「前もそれ言ってたけど……衛星って、どういう意味?」
昴が訊ねると、理月は苦笑した。おそらく昴にあまり気を遣わせないようにだろう、軽い口調で話し始める。
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