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第9話 月に焦がれるきらきら星#5
「藤原の家は先祖代々、長男の名前に『月』を入れるんだ。理月の理の意味は、理性、理解、理知、とか。藤原のために、理性あれ、理解あれ、理知あれ。月の意味は、藤原にとっての衛星であれ。僕の理月って名前は、そういう由来」
理月が言っていた『衛星』の意味を正しく理解して、目を見開いた。名前というのは多分、親が最初に子どもに贈るプレゼントだ。それにめいっぱいの呪いが込められていたことを知る。
「だから、僕には『何かになりたい』って夢は許されないし、選択の自由もない。まあ、もうそういうものだって理解して、折り合いは付けてるから大丈夫だよ。僕の家そのものにはあまり良い感情を抱いていないけど……親の仕事を手伝ったりするのは、嫌いじゃないんだ」
絶句している間にそう続けられて、切なくなった。昴が出逢った時点で、理月はもう『藤原の男』で居ることをすっかり受け入れてしまっていたのだと理解した。
何でも出来る完璧な理月から大好きなピアノを取り上げる理月の家族に、心底腹が立った。なんでそんな酷いことが出来るのかと。
「……家を出たら、自由に弾けるんじゃない? 大学からは一人暮らしする、ってこの間言ってたじゃん」
「一人暮らしを始めたらマンションにピアノを置くつもりではいるよ。もうコンクールとかに出る気はないけどね。大学生になったらなったで、やらないといけないことも沢山あるし――大学に入学した後は経営の勉強の一環で起業してみようと思ってて、今のうちから動いてるんだ」
理月の言葉に胸がぎゅっと締め付けられて苦しくなる。理月と出逢った日、理月のピアノは心が痛そうな音がした。それを指摘した際に『ピアノを弾いていると胸が苦しくなる』と言われたことを思い出す。これが理月の苦しみだったのかと理解して、顔が歪んだ。
「なんで昴がそんなに悲しそうな顔するの? 昴の夏のコンクールと冬のコンクール、楽しみだね。全国大会の時は、応援に行くから」
理月は小首を傾げると、目を細めて優しく笑った。もう折り合いを付けて割り切ったのだということが分かる、穏やかな笑顔だった。
「――りっちゃんはさ、なんで僕にこんなに良くしてくれるの? 僕、りっちゃんに何も返してあげられてないよね」
昴のピアノの演奏をいたく気に入ってくれたということは理解している。けれど、それにしたって特別扱いだ。
「昴のピアノは、僕の夢が詰まってるから。僕は昴の才能を買ってるんだよ。日向昴って名前が世界的に有名になるのが僕の夢。昴と出逢えたのは、神様からのプレゼントかも、って思った。僕はピアニストにはなれないけど……昴がピアニストになる姿を近くで見られたら良いな、って思う。別に見返り求めてやってる訳じゃないし――でも、そうだな。昴が世界的に有名になった時にでも、僕のために一曲弾いて。それでチャラにしてあげる」
微笑んでそう返された時、呆気に取られた。けれど、本気で言っていることは伝わった。
「分かった。じゃあ僕、今世紀で一番有名なピアニストになるね」
僕はピアニストにはなれない、という言葉は寂しかったけれど――好きな人から『夢』だなんて言われたら、単純に燃えてくる。この時『今世紀で一番有名なピアニストになる』が昴の目標となった。昴の返事を受けて理月はくつくつと喉を鳴らし「楽しみにしてる」と言い笑ってくれた。
理月の傍に居られて、昼休みや放課後は理月の傍でピアノを弾き、時たま一緒に連弾する。それが高校一年生の頃の昴にとって最大の幸せだった。星が見えない夜だって、いっとう輝く月さえあれば、夜道を明るく照らしてくれる。
それからきらきらとした高校の一年間を共に過ごし、あっという間に理月は卒業して大学生になってしまったけれど、大学生になった理月は一人暮らしを始めたから自由に使える時間が増えて、放課後昴と過ごせる時間も増えた。理月は大学生をしながらも起業して多忙な日々を過ごしていたものの、昴を大事にしてくれた。
言ってしまえば、初めは一目惚れだ。あの日ひとりでピアノを弾く理月を一目見た瞬間、恋に落ちた。話してみたら、もっと気になった。笑顔を見て、どっぷり沈んだ。友達になって、抜け出せなくなった。それからも、知る度にもっと好きになる。
それから、二十七歳の今に至るまで――ずっと、ずっと、理月が好きだ。
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