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第13話 Crescendori#2
「りっちゃん、何の曲が良い?」
「んー……静かなジャズが良いな。落ち着くやつ」
「オッケー。落ち着く静かなジャズ、即興一丁かしこまりー」
昴が弾き始めたのは理月のリクエスト通り、ゆったりと静かな落ち着く曲だ。即興だからこれと言った曲名はない。
理月が読書しやすいよう、鍵盤にそっと指を乗せるような優しい手付きで音量控えめに弾いてくれている。昴はかつてバイト先でジャズばかり弾かされていたから、こういうジャズもお手の物だ。
「こういうジャズを聴いてると、なんだか昴がノットゥルノでバイトしてた頃を思い出す」
「でも、あの頃よりずっと上手くなったでしょ? あの頃は結構見様見真似って感じで、ジャズの本質的な理解は出来てなかった気がするなあ。今もまだ理解の過程って感じ」
理月が読書を続けながら話し掛けると、昴はピアノの音量を少し下げてそう返す。
「そうだね。当時から上手かったけど、今はもっと上手になった。昴はずーっと成長してて、終わらない最盛期だ。今が一番上手い、を毎日更新してる」
「あははっ、褒め殺し。成長したって言ってもらえるの、凄く嬉しいよ。ピアノ以外でも、そういう風に思ってほしいなぁ」
「見た目だって成長したよ。スクスク大きく育ったもんだなぁって思うし」
「ええー、中身は?」
「中身は……多分成長してるんだろうけど、あんまり変わらないような気もするな」
時折そんな風にぽつぽつと会話しては、くつくつ喉を鳴らして笑い合う。
昴の演奏に耳を澄ませながら理月は静かに読書を続け、キリが良い章まで読み進めたところで本を閉じた。最後にふたりで、名前のないジャズを即興で連弾する。
「じゃあ、僕はそろそろ寝るよ。昴も早く寝るようにね」
「りっちゃん、そのままここで寝てったら? 寝るまで弾いててあげるからさぁ」
自室に向かおうとして理月がピアノの椅子から腰を上げると、昴はパッと理月の腕を掴んでそう返した。
「僕がここで寝たら、昴はどこで寝るんだよ」
「りっちゃんが寝たら僕も隣に潜り込む」
「どう考えても狭いだろ……」
「ヘーキヘーキ、同居した最初の頃はセミダブルで一緒に寝てたじゃん。ほらほら、横になってー。ぐっすり眠れる曲、静かに弾いてあげるから」
昴も立ち上がり、理月の背中を押して自分のベッドへと向かわせる。昴の部屋のベッドはセミダブルだ。男ふたりでセミダブルは狭苦しい。
理月が「しょうがないな」と言って昴のベッドに寝転がると、ベッドから昴の匂いがした。どうも擽ったく感じる。
昴は部屋の明かりを消し、グランドピアノの傍のスタンドライトの明かりを点けてピアノ椅子に腰掛けた。
「りっちゃん、おやすみ。良い夢を。良い夢見られるように、優しい曲弾くね」
「ありがと。おやすみ、昴」
目を閉じて、静かに、そうっと優しく弾かれるピアノの音色に耳を澄ませる。心地よく穏やかで、眠りに誘うような耳障りの良い曲。これも即興ジャズだ。
心地良いな、と思っているうち、閉じた瞼が重くなってきてうとうとしてくる。
いつの間にか眠っていて、どれくらい時間が経ったか分からないけれど、ベッドにもう一人入ってきたことを感じ取った。昴は体温が高いから、一緒に寝ると心地良い。狭苦しくて寝苦しいはずだけれど、温かくてホッとして、心が落ち着く。
だから本音を言えば――本当は毎日だって、昴と一緒に眠りたい。
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