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第18話 Crescendori#7

「――あれから二センチ伸びて止まったな」  いつかの思い出を想起してふっと笑い、シャワーを止めた。髪と身体を乾かして簡単に身支度を整える。シャワールームから廊下に出て、スマートフォンを取り出した。 『シャワー終わったよ』とだけメッセージを打ち昴に送る。すぐさま既読が付いて、電話がかかってきた。 「もしもし?」 『りっちゃん、おかえりー。駐車場の三階で待ってるね』 「うん、ただいま。すぐ向かう」  一言会話して電話を切り、駐車場へと足を向ける。普段の出張時は行きも帰りもハイヤーを使っているけれど、今回は昴が『帰国早々りっちゃんが出張で寂しいから、お迎えは僕が行きたいな』と言うもので、少し悩んだ後に頷いてしまった。  昴は目立つやつだから、会社の人間に昴と並んでいるところは見られたくない。だからシャワールームで少しばかり時間を潰して、部下とは時間をズラして帰ることにした。  これまでずっとそうやって昴との関係が周りに漏れないように気を付けていたのに、少し気が緩んでしまっている。先ほども、部下相手に昔話をしてしまったし。そう内心自省しながら、駐車場に繋がる連絡通路を歩き進めていく。  理月は一応車を持っているものの、さほど車にも運転にも興味がない。都内ではよく見かける普通の車だから、という理由で、ベーシックな黒塗りのドイツ製高級セダンがマイカーだ。理月の車だけれど、どちらかと言えば昴が運転している。  連絡通路を抜けて駐車場に入ると、少し先にパッと黒のセダンが目に付いた。ナンバーを確認するより早く、ガラス越しに昴を見付ける。  そちらに近付いていくと昴も理月に気付いたらしく、ふにゃっとした笑みを浮かべて車を降りた。 「おかえり、りっちゃん。助手席にどうぞ」 「そんな運転手みたいなことしなくて良いのに。でも、出迎えありがとう。昴、ただいま」  助手席側に回り込み恭しくドアを開ける昴の調子に、呆れた口調で返事する。くすっと笑って口角を上げれば、昴もくしゃっと破顔した。昴に促されるまま助手席に座り、続けて昴も運転席に乗り込んだ。 「はあ、一ヶ月が一年みたいに感じた。一日千秋だったよ。りっちゃん、会いたかったー」 「大袈裟だな。毎日電話してただろ」 「電話じゃ足りないよ。りっちゃんは僕に会いたくなかったの?」 「まあ、僕も会いたかったけど……」  シートベルトを着けながら昴が言った言葉に、理月は少し気恥ずかしげに口を尖らせた。それでも昴はニコニコと上機嫌だ。理月だって、一ヶ月ぶりに昴の顔が見られて内心はすこぶる機嫌良い。  昴はハンドルを両手で持ち、車を静かに発進させる。しばらく昴の『理月と離れている間どれだけ自分が寂しかったか』という話が続き、理月がうんうんと聞き流しているうち、車が首都高に乗り入れた。  ガラス越し、空高くに黄色く光る満月が見える。結局あのオペラの月は試作品だけが金箔で、メニューに追加されてからは三日月形の黄色いチョコレートを乗せていたな、と思い返して目を細めた。月を見て思い浮かべるのは、今や昴のことばかりだ。 「――そうだ、クレシェンドーリの広告見たよ。びっくりした」  遠くの月から隣の昴に視線を移し、話を変える。運転中の昴はまっすぐ前を向いているから、それにかこつけて昴の横顔をじっと見つめた。 「あ、気付いてくれた? 驚かせたくて黙ってたんだ。モデルの仕事って初めてだから、ちょっと恥ずかしい。今日が情報解禁だったから、ジャストタイミングで良かったよ」 「気付くも何も、到着ロビー入ってすぐデカデカ目に飛び込んできた。あんなの見ようとしなくたって目に入るよ。ていうか、なんでクレシェンドーリなんて老舗ハイブランドの広告塔に選ばれたの? 昴の見た目がそんじょそこらのモデル顔負けで良いことくらい知ってるから、選んだ奴は見る目あるなとは思ったけど」  昴の横顔を眺めつつ、小首を傾げて問い掛けた。  ふわふわの犬みたいな髪を揺らして笑みを浮かべる横顔は、高一の頃のまだ理月より小さくて可愛かった昴の面影を残している。  けれど、昴は本当にカッコよくなった。大きくなっただけじゃない。大人になったし、成長したな、と思う。表情は相変わらずふにゃっと柔らかいが、顔立ちはぐっと大人びた。老舗のハイブランドの高級ジュエリーウォッチを身に着けたってよく似合う。昴が格好良い大人の男になったことなんて、ずっと前から知っている。 「ああ、イタリアのバーで飛び入り演奏したんだけど、その時僕の演奏を気に入ってくれたおばあちゃんが居て――それがクレシェンドーリの会長だったんだよね」 「昴、ホントそういうことよくあるよな……」  なんてことないような調子で笑って話す昴に、若干呆れ交じりに感心する。  昴は本当に人から好かれる男だ。昴という名前がよく似合う。昴を見れば誰しも惹かれて、仲間に取り込まれてしまう。どこかでピアノを弾いたことをきっかけに何らかの業界の大物から気に入られて仕事が回ってくる、なんてことはこれまでも幾度とあった。一番最初に昴を見出したのは理月だという自負があるから妬きはしないが。 「うん。あなたの演奏素敵だったわ~って話し掛けられて一緒に飲んで、その時にちょっと僕弱気になってたから、おばあちゃん相手に悩み相談したんだけど……そうしたら会長が、ブランド名が僕にぴったりだからうちの広告に出てみないかーって誘ってくれて。で、イタリアで撮影した」 「悩み相談? 君、イタリアに居る時も僕と毎日電話してたじゃないか。悩みなんて、僕には何も言ってくれなかったのに」 「りっちゃん相手に悩み相談なんて出来ないよー。カッコ悪いし恥ずかしいじゃん」  理月がぶすっと口を尖らせて文句を付けると、昴は進行方向を向いたまま照れ臭そうに笑った。

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