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第31話 甘いもの、苦いもの、唯一自分で選べるもの#5
「とにかく、早いところ帰ろうよ。僕はやっぱり、家が一番落ち着く」
「まあ、僕も家が落ち着くけどさあ」
そうこう話しているうち駐車場に辿り着き、理月の愛車の運転席へと乗り込んだ。理月は助手席だ。
「りっちゃんにとって、僕との関係ってそんなに隠したいもの? 別に、疚しいことなんてないのにさ」
コーヒーカップをドリンクホルダーに置き、互いにシートベルトを着用してエンジンをつける前。自分の方は疚しい思いを抱えていることは確かだけれど、神に誓って『何も無い』のに。内心自嘲しながら理月に顔を向け、伊達眼鏡越しに視線を合わせて聞いた。理月は視線をふっと逸らす。
「疚しいことなんてなくても。他人からの捉え方の話だよ。他人っていうか……」
口ごもった最後まで言わなかった言葉の続きは言われなくたって分かる。家のことだ。
「ただ一緒に住んでるってだけで、そう過敏にならなくたっていいのに。いつまで隠すの? 僕は生涯ずーっとりっちゃんと一緒に住みたいと思ってるんだけど」
出逢ったばかりの頃から、理月は昴との付き合いを家に隠そうとしていた。それは多分、父に『ピアノをやめろ』と言われたからだ。そして、それからもずっと隠し続けているのは、理月の家に言わせれば良い歳した大人の男二人で同居なんて世間体が悪いからだろう。
昨夜父親に期待してもらえたと嬉しげに言う理月を見てから、小さなトゲが胸に刺さっている。もっと一緒に手放しで喜んであげるべきなのかもしれないけれど――ちょっと苦しい。
「僕だって、気持ちとしては昴とずっと一緒に住んでいたいよ」
「その言い方、ずっとは一緒に居られないって言われてるみたいで嫌だな。ずっと昴の傍に居る、って、この間言ってくれたじゃん」
こんなことが言いたいわけじゃなかった。理月は視線を逸らしたままだ。険のある言い方をしてしまい、自省する。
『気持ちは嬉しいけど、僕は藤原の男だから』
なんて幻聴が耳を擽る。
理月が、後を継ぎたくないわけじゃないことくらい分かる。自由に生きればいいのに、と思ってしまうのも、勝手な押し付けなのだろう。選ばされた道だとしても、とっくに折り合いを付けて理月が選んだ道だ。理月がその道を進む上で、昴の恋心は実っちゃいけない。理月のことを思うなら身を引いて、このまま一番の友達で居てやるべきなのかもしれない。だけど、だとしても、せめてきちんと伝えたい――なんて、これも勝手な押し付けかもしれないけれど。
「ごめん。嫌な言い方した」
「……いや、僕が悪い。ごめんね、昴」
「りっちゃんが謝ることじゃないよ。帰ろっか」
謝って顔に笑みを張り付けて、理月の髪を右手でさらりと撫でた。性別問わず、髪を撫でられたら普通疑問に思うんじゃないかと思うけれど、いつもなんの疑問もなく普通に受け入れられている。ひと口コーヒーを啜ると咥内に苦味が拡がり、失敗したなあと思う。苦いコーヒーは好きだけれど、たまには甘いドリンクでも選べば良かった。
そう思いながらコーヒーをドリンクホルダーに戻して車を発進させる。現在時刻は十七時半だ。既に辺りは真っ暗く、きらきらとイルミネーションが光っている。
「――なんか、もう街がクリスマス一色だよねー。今年もちゃーんとクリスマスプレゼント用意したから、楽しみにしてて」
楽しい話に変えようと思い、イルミネーションを眺め見ながらそう口にする。
「イルミネーションがきらきらで綺麗だよね。僕もプレゼント用意してあるよ。イヴはコンサートだろ? ケーキとご馳走、イヴと当日どっちに食べたい?」
今年はイヴが日曜日で、イヴの夕方から大きな会場でコンサートの予定だ。チケットを渡したから、理月も聴きに来てくれる。
「イヴが良い。イヴは絶対りっちゃんと過ごすって決めてるからコンサートの後はお腹空かせて直帰の予定」
「じゃあ、イヴにしよっか。昼間のうちにあらかた準備しておく。何が食べたいか、リクエストがあれば聞くよ」
「絶対サーモンのパイ包み焼き。あれ大好き。りっちゃんが作ってくれる料理何でも好きだから、あとは何でも」
「今年もそれ? 良いけどさ」
まだ理月が大学生だった頃のクリスマスにサーモンのパイ包み焼きを昴に振舞ってくれて以来、昴の中ではサーモンのパイ包み焼きがローストチキンを超えるクリスマスの定番料理となっている。クリスマスの時期に会えなかった場合はクリスマス関係無く次に会えた時に昴がサーモンのパイ包み焼きをリクエストするため、なんだかんだ毎年作ってもらっている料理だ。
「やった。クリスマスパーティ楽しみだなー」
「お互い年の瀬で忙しいけど、クリスマスを楽しみにして頑張ろう。クリスマスが終わればすぐに年末年始の休みに入るしね」
「うん。年明けは旅行もあるし、すっごく嬉しい」
「僕も嬉しいよ。早く今年の仕事納めたいな」
クリスマスに旅行にと、先の楽しい予定を考えて頬が緩む。まっすぐ前を向いて運転する昴には、理月の表情は見えなかった。
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