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第32話 甘いもの、苦いもの、唯一自分で選べるもの#6

 笑顔を浮かべた昴の横顔を助手席から眺め、理月は口をきゅっと結んだ。    先ほど、ごめんね、と口にした。心の中でも、心底そう思ってる。昴は溢れんばかりの愛情をずっと注いでくれているのに、理月からは何も返せていないから。   『ずっとは一緒に居られないって言われてるみたいで嫌だ』なんて昴の言葉を頭の中で反芻する。  駐在の件は今夜言う。そう決めた。それと同時に、同居の解消についても切り出すつもりだ。マンションは売らずに三年寝かせておいて戻ってくることだって出来るけど、こういう機会でもなければ解消しようと言い出す機会も無いし、解消しようとも思わないから。  ドリンクホルダーからコーヒーカップを手に取り、温かいチャイラテを啜る。ほっとする甘味が咥内に拡がった。蜂蜜がたっぷり入っているのか、結構甘ったるい。  苦いのは、あまり好きじゃない。甘い方が好きだ。わざわざ苦いものなんて、選びたくない。昴は甘いものが好きそうな顔をしているくせに案外苦いものが好きで、コーヒーやビールが好きだけど。    昴と一緒に居ると、甘ったるい気持ちになれて、ホッと落ち着く。本当は自分だって、カフェで甘いチャイラテを選ぶくらいの気分で昴の手を取ってしまいたい。だけどもしこの手を取ってしまえば――きっと、ダメになる。    跡継ぎとして頑張ることを決めたのは、結局は自分の意思だ。たとえそう思うように育てられたのだとしても、藤原の名に恥じない自分でありたい。  なら、昴への想いは諦めなければいけない。なのに気持ちが大きく育ちすぎた。きっと止められずに隠れて弾いたピアノみたいに、生涯未練たらしく恋心を大事にしまっておくのだろう。    そう考えているうち、車がマンションの駐車場に辿り着く。自宅に戻り、キッチンのシンクで手を洗った。   「もう少ししたら、ご飯作るね」と言って、リビングのソファに腰を下ろす。 「なんかりっちゃん顔色悪いし、僕が作るよ。何か食べたいものある?」 「んー……まだ、あんまりお腹空いてないな。チャイラテ甘ったるかったから、お腹に溜まったのかも」  手を洗いながら昴が訊ねてきて、すぐに気付かれてしまうなと思う。昴は昔っから勘が良い。  だとしたら、自分の気持ちも分かられているんじゃないか、なんて思わないこともないけれど、どうもそれには気付いていないように見えるから不思議なものだ。 「じゃあ、軽くにしよ。おにぎりと味噌汁と卵焼きって感じでどう?」 「良いね、美味しそう」 「オッケー。今のうちに、炊飯だけセットしておくね」  ありがとうと礼を口にして、もう少し考える。炊飯をセットし終えた昴がソファに近付き、少し間を空けて隣に座った。 「あのさ、昴に話さないといけないことがあるんだけど……少し、聞いてもらってもいい?」 「うん。どうしたの?」  理月がちらりと視線を向けると昴は笑みを浮かべた。けれど少し緊張したように顔が強張っている。理月の緊張が伝わったのかもしれない。   「先日、僕に駐在の打診があったんだ」  重たい口を開けて、そう切り出す。昴は反芻するように「……駐在?」と繰り返した。昴の目を見て、小さく頷く。 「いつもの出張とは違って、長期になる。期間は春から三年。だから、同居は解消しよう」  感情を殺して、淡々と言った。一気に言わないと言えなくなるから。昴は目を見開き、時が止まったかのように固まった。突然こんな話をすれば驚くだろうとは思ったけれど――昴がぽかんとした顔を大真面目な顔に変えて「分かった」と返してきたから、物分かりの良さにこっちの方が驚いた。 「それじゃあ、年が明けたら春までに引っ越し――」 「じゃあ、この部屋僕が買うから。僕に売って。二億くらいあれば足りる?」 「え……はぁ……?」  一体何を言い出すのかと、今度は理月がぽかんとさせられた。呆気に取られている間に昴が言葉を続ける。

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