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第40話 ノクターンM45#7

「僕はそうやって沢山支えてくれて、沢山褒めてくれた君が居たから、ずっと頑張って来られた。りっちゃんが『今世紀で一番有名なピアニストになる』って言ってくれたから、きっとなれるんだって思ったし、なりたいって、なろうって思った。りっちゃんが言うところの世界一の基準はちょっとハードルが高すぎて、まだ達成出来てないけどさ……君、どんどんハードル吊り上げるんだもんなあ」  昴は眉を八の字にして困った顏をする。確かに、チャンネル登録者一千万人まではまだ遠い。 「りっちゃんに『世界的に有名になった時、僕のために一曲弾いて』って言われてから、りっちゃんのために曲を作ろうと思って……昔からずっと作ってたんだけど。イタリアに行ってる間にようやく納得いくものになったから、日本でのコンサートで披露しようと思って。それで、今日告白しようと思ってたんだ。なのに帰国早々、チャンネル登録者一千万人って言われてマジかぁ~って思ったよ」 「まあ、一千万人は冗談みたいなものだよ。昴なら本当にそこまで行けるだろうって僕は思ってるけど、もう昴って、本当に世界的に有名って言って良いと思うし。世界中飛び回ってコンサートしたり、オーケストラに参加したりしてるし、僕の部下も昴のこと知ってるし、数少ない友達も知ってるし、今日は満員の観客に囲まれてたし……」 「だよね? 今世紀で一番はまだかもしれないけど……とりあえず現状世界的に有名になったってことで、譲歩してください。君のために、今夜一曲弾かせてほしいから」  世界的に有名だと口にしたら、昴はパッと顔を明るくして笑顔を浮かべた。けれど、一曲弾かせてほしいとの言葉が疑問で首を傾げる。 「今日、何曲も聴いたよ? あれ、全部僕宛てなんだろ? それに、新曲もあったし。これ以上何弾くの?」 「コンサートでは言わなかったけど、実は新曲には対になる曲があるんだよね。最初は『Logos』もこの曲も一曲として作ってたんだけど、分けた方が綺麗かなと思って途中で分離させて作り始めて、二曲になったんだー。『Logos』の方は実はイタリア行くより前に完成させてた。イタリアで作り終えたのは、本当はもう一曲の方。だからもう一曲の方を、りっちゃんだけに全世界初公開」  そう言われて、ぽかんと目が丸くなる。まさか新曲がもう一曲あるとは思ってもみなかった。 「コンサート自体もりっちゃんのためだったけど、りっちゃんだけのためのスペシャルアンコールで、二人だけのコンサートだよ。今夜の僕は、りっちゃんのペール・ノエルだからね。という訳で、MC入ります」  ペール・ノエルはサンタを意味する仏語だ。ぽかんと目を丸くしたまま、口を噤んでただ続きを聞いた。 「タイトルは、ノクターンM45『Selene』。ノクターンとM45の解説はコンサートでしたから割愛。Seleneの意味は、古代ギリシャ語で『月』だよ。月の女神の名前でもあるね。りっちゃんは男だけど、プレアデスだって神話じゃ七姉妹だしその辺はまあ良いでしょ。Logosが『理』でSeleneが『月』で、合わせて理月。っていう、ふたつでひとつの曲です」  昴はいつものふにゃっとした笑顔で笑いかけてくる。 「Logosは僕から見たりっちゃん、一緒に観た風景、みたいなものをイメージして作ったんだけど……Seleneの方は、それとはまた違うイメージで作ったよ。それじゃ、早速弾いても良いかな?」 「……うん」  理月が頷くと、昴はピアノに向き直り鍵盤に視線を落とした。鍵盤に両手を翳して、ゴツゴツ骨張った細くて長い指を繊細に優しく動かして、美しい音を奏でていく。  Logosは賛美歌のような導入だったけれど、Seleneの導入はまた違う。クラシックを基調としているようだけれど、柔らかなコードで、どこかジャズの香りが漂っている。幻想的で、静かで穏やかで、月の光が水面で揺蕩うような音色。音に目一杯詰められた愛情が、鼓膜から身体に流れ込んでくる。  片思いの切ない想い、みたいな。どこか物憂げで寂しげだった。けれど段々と想いが昂るように音が昂って、恋い焦がれるような音がする。あの月が欲しい、と月に手を延ばすような、そういう音。  ピアノの上で踊る昴の手は軽やかに十本の指を動かしてそんな音を響かせる。鍵盤を見詰める目は熱っぽい。クレシェンドーリの広告で見た表情と同じだ。真っ直ぐ理月を見詰める、愛を伝える目。  十本の指で紡ぎ出す音色も、鍵盤を見詰める目も、全部が『愛してる』と伝えてくる。胸がぎゅっとして、燃えるように熱くなって、顏が熱くなる。 「……っく、……ッ」  目からぽろぽろと涙が溢れてきて、思わず嗚咽が漏れる。コンサートでもボロ泣きしたのに、また泣いてしまった。もしかしたら、明日は腫れぼったい目で出勤する羽目になるかもしれない。というか、もう休みにしてしまいたい。  最後は月が沈んで、朝を迎えるような――そんな明るい音が余韻を持たせて響く。  最後の一音を弾き終えた昴は理月の方に視線を向け、眉を八の字に下げてくしゃっと笑う。

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