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第43話 初めての人#1

「――あ、そうだ。はい、これ楽譜。なんと二曲セットでプレゼント」  抱き締め合って、ただ触れ合うだけのキスを暫く続けた後。昴からファイルごとポンと楽譜を渡されて、理月はファイルをぱらりと捲った。   「ありがとう。すっごく、大事にする」  演奏を聴いただけで気持ちはよく伝わってきたけれど、楽譜を見ると昴がどんな意図で作曲したのかが一層理解出来た。譜面に視線を這わせるだけでもまたじわりと涙が滲んできてしまい、目端を人差し指で軽く拭う。   「僕もプレゼント用意してあるから、持ってくるね」と言って自室にプレゼントを取りに行き、ブランドのショッパーごと昴に渡した。肩を寄せ合いぎゅっと詰め、ピアノ椅子にふたり並んで座る。 「開けても良い?」 「どうぞ」  少し赤くなった目をニコニコ細めて昴に言われ、昴は袋の中に入っていた包みを破き、中からプレゼントを取り出した。   「わ、手帳カバーと来年用のリフィルかな?」 「そうだよ。手帳カバー、そろそろへたれてきてたなと思ったから。沢山貰っちゃったのにこれだけで申し訳ないし、今度埋め合わせをさせて」  昴がまだ大学生の頃にも手帳カバーをプレゼントをしたことがある。大学生の頃には昴も忙しくなり始めてスケジュールが詰まっていたから、良い手帳でもプレゼントしてやろうと思ってあげたものだ。以降昴はずっとその手帳を使っていたから、そろそろ変え時だろうと思いこれにした。  腰に手を回されて、元々くっついていたのに余計ぎゅっと抱き寄せられる。 「そんなの、ぜーんぜん気にしなくて良いのに。すっごく嬉しい。ありがとう。来年は、いつも通り仕事も頑張るけど……りっちゃんとの予定もいっぱい書き込みたいな」 「そうだね。僕もそう思う。昴と色んなところに出掛けられたら嬉しいな」 「あっ、でも埋め合わせしてくれるって言うなら、早速スケジュールにデートの予定書き込みたい。デートしよ、デート」 「そんなのじゃ埋め合わせにならないだろ。ちょうどすぐに昴の誕生日だし、欲しいものがあったらなんでも言って」 「なるよ? 忙しいりっちゃんの時間を独占する権利って、超贅沢なプライスレス。それに一番欲しかったものは今この腕の中にあるから、人生最高のクリスマスだよ。誕生日はもう旅行行くって決まってるし、これ以上望んだらバチが当たっちゃう」 「昴は謙虚だね。もっと欲しがって良いのに」  話の最中、ちゅ、ちゅ、とあちこちにキスが降ってくる。理月からもちゅ、とキスを返してみると、昴は心底嬉しそうな顔でくしゃっと笑った。それに釣られて笑みを零す。 「じゃあもっと欲しがっちゃおうかな。りっちゃん、一緒に寝てくれる? 緊張が解けたらホッとしてなんだか眠くなってきた」 「勿論。一緒に寝よう。それじゃ、シャワー浴びておいで。僕も歯磨きしに行こうかな」  理月は椅子から立ち上がり、昴に手を差し出した。昴はふにゃっと笑い、理月の手を取る。くつくつ笑い合いながら、寄り添って洗面所に足を向けた。隣に並んでお互い歯磨きを済ませる。昴はシャツのボタンをぷちぷちと外していき、ドラム式洗濯機の上に脱いだシャツをひょいと置く。   「昴、どっちのベッドで寝る? 僕の部屋の方? それとも昴の?」 「僕のベッドが良いな。ぎゅーって、くっついて寝たいから」 「分かった。今日は昴の部屋で寝よう。それと……くっついて寝るだけで良いの?」  理月がそう訊くと、昴はきょとんと目を丸くした。意図を察したのか頬を赤らめて、眉を八の字の形にする。 「その……無理にとは、言わないけど。もし、しても良いなら……ちょっとだけ、キスよりエッチなこととか、してみたい……です」 「して良いよ。さっき、もっと欲しがって良いって言っただろ。ていうか、僕も……昴と、そういうこと、してみたいし」  昴の顔を見上げると、視線がぱちっと交差する。金魚のように口をパクパクさせて顔を赤らめた昴が茹蛸みたいで、くすっと笑った。きゅっと背に腕が回されて、肩に顔が埋められる。背に腕を回してぎゅっと抱き締め返した。 「……どうしよう、血行良くなりすぎて、鼻血とか、色々出そう。はあ、童貞すぎて恥ずかしー……」 「あははっ! 大丈夫だよ。童貞って、別に恥ずかしいことじゃない。ほら、聖書にも『神は不品行を行う者と姦淫を行う者を裁かれる』って書いてあるだろ。僕が昴の初めてになれて、僕の初めてが昴になるって、凄く嬉しい」  昴の血行が頗る良くなっているらしいことは、真っ赤な顏からも、下腹辺りに当たる硬い感触からもよく分かった。最初の告白から数えれば、大体十年は待たせてる。よくもまあその期間大人しく待っていてくれたものだと思う。きゅっと軽く抱き締め返されて、理月も身体がぽかぽかと温まる。 「授業で習ったの昔すぎてあんまり覚えてないけど、そもそも婚前交渉禁止じゃない? それに『女と寝るように男と寝てはならない』みたいなこと書いてなかったっけ。同性間の性行為は死刑でーすみたいなさあ」 「そんなの、都合の良いところだけ信じておけば良いんだよ。なんて言ったら、敬虔な教徒には糾弾されそうだけどね。僕は神様より、自分が出した結論と昴を信じたいな」  理月の返事に昴は喉をくつくつ鳴らして笑った。 「そうだね。僕も神様より、自分とりっちゃんを信じてる。それに僕の神様は、りっちゃんに出逢ってからりっちゃんだけだし」 「だから、僕は神様じゃないって。昴が思うほど、僕は清廉潔白じゃないよ。そんな風に思ってたら、理想と違ってがっかりされる」 「がっかりなんてするわけないじゃん。片思い歴十二年を舐めないでほしい。僕にとってりっちゃんは神様くらい絶対的で唯一の存在だからね」  神様に祀り上げるなって言ったのに、と思い片眉を顰める。けれど、ふにゃっとした笑顔でそう返されて肩を竦めた。 「分かった分かった。じゃあ、部屋で待ってるね」  ちゅ、と昴にキスを落とし、昴を抱き締めた腕を名残惜しく離した。洗面所から出て自室でホテルライクな黒のパジャマに着替え、準備を済ませて昴の部屋へと移動する。

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