42 / 62

第42話 ノクターンM45#9

「りっちゃん、あのさ……もう一回、キスしても良い?」 「そんなの、いちいち聞かなくたって良いよ」 「りっちゃんが『いっつも事後承諾だ』って言ったんじゃん」  お伺いを立ててくる昴を見て理月がくすっと笑うと、昴は口をツンと尖らせた。けれどすぐにくしゃっと破顔する。 「これからはいつでも、何度でもして良いよ。家の中でならね」 「いつでも、何度でも?」 「うん。だって、僕も昴とキスしたいから」  昴の頭を撫でながら理月がふっと笑うと、昴はまた眉を八の字にして、今にも泣き出しそうな笑顔を浮かべた。合わせた視線の中、昴の目には理月が、理月の目には昴が映っていて、見詰め合ったままにそっと顔が近付く。  ちゅ、と口唇が重なった。数秒の後、口唇は離れたけれど、視線はまだ絡めたままに。離れてはまた引き合い重ねて口づけて――幾度と口唇を優しく触れ合わせる。 「りっちゃんは、やっぱりお月様だね。引力があるみたい。ずっとキスしていたくなる。離れられない」 「引力か。確かに、僕と昴の間にも引力が発生してるよね。ええと、僕の体重が六十六キロで、昴の体重が七十六キロで、僕たちの距離が五センチくらいで……」 「……りっちゃん、公式に当て嵌めて引力の強さ求めようとしてる? あと、七十六キロじゃなくて、今七十八キロです……帰国してから速攻で二キロ太った」  理月が万有引力の法則に当て嵌めて頭の中で計算を始めると、昴は少し顔に呆れを浮かべた後、ばつが悪そうに眉を八の字にした。 「昴って無駄な脂肪付いてないし、二キロ増えて丁度良いくらいだと思うけど。実際の引力の強さを計算してみると、ほんの僅かな力だよね……ん……」  互いの間に生じている引力は微々たるものだ。けれど頭の中で計算した数値とは比べ物にならない見えない力で引っ張られているように、自然と口唇が引き合ってはまた触れる。   「単純な質量で出した数値なんてアテになんないよ。りっちゃんは単なる六十六キロの質量じゃないもん。りっちゃんは僕の神様で、僕の理で、世界で一番大好きな、僕の――」  昴は少し不安げに理月を見詰め、こつんと理月の額に額を当てた。 「――これからは『恋人』ってことで……良いんだよね?」  理月は未だ自信無さげな昴の頭を撫でて、目を細めた。ちゅっ、と軽く昴の口唇にキスを落とす。   「勿論。それに当たって、ひとつ決めたことがあるんだけど……昴と付き合ってるって、父さんに言おうと思う」 「えっ……それ、言っちゃって良いの?」 「うん。昴を選ぶ以上、僕は結婚も出来ないし跡継ぎも望めないだろ。跡継ぎとして認めてもらえないかもしれないし、きちんと言っておかなくちゃね。隠すのはもう、やめにする」  驚く昴に、さらりと返した。理月自身、話そうと決めた自分に驚いている。父に話した結果、縁を切られるようなことになるかもしれない。だけど、もし理解が得られないとしても、話したかった。自分の責任を放棄したくないから。 「それじゃあ……言いに行く時、僕も着いて行っちゃダメかな? りっちゃんのお父さんに、僕からも挨拶したい」 「昴に不快な思いをさせる可能性があるから気が引けるけど……昴が世界で一番最高の男だってことは父にも紹介したいな。話し合いは僕と父だけでして、その間昴には広間のピアノでも弾いて待ってもらう……とかなら、良いかも。昴のピアノ聴いてれば、僕も落ち着いて話せるだろうから」 「話し合いには僕も同席したいけど、得意分野でアピールする時間も取りたいなあ。りっちゃんのお父さん、どういう曲が好き?」  昴はいつものようなへにゃっとした笑顔を向けて、理月もくすっと小さく笑った。 「何の曲が好きか、だなんて、父さんと話したことないから、分からないけど……オペラとか、交響曲が好き、なのかな。遠い昔に、何度か連れて行ってもらった。小学生の頃に、チャイコフスキーの『悲愴』を一緒に鑑賞したのが最後だったな」 「悲愴かぁ~……独奏出来なくもないと思うけど、BGMにするにはうるさいし不吉っぽいなぁ」 「僕は昴らしい、楽しい曲を弾いてほしいな。父さんの趣味に合わせるより、生き生きした昴の明るいピアノが聴きたい。きらきら星とか」 「りっちゃんセレクトはきらきら星? 僕も好きだけどさ……今日の新曲は?」 「それはほら、僕が泣いちゃうかもしれないし」  冗談めかして口唇を尖らす昴に向けて、理月も悪戯っぽい笑顔で返す。顔を見合わせて笑い、また引き合うように幾度と口づけて抱き締め合った。 『返事は……僕も、昴が好きだよ。ずっと昔から、愛してる。恋愛的にね。僕は昴だけ居れば良い。藤原の家とか、どうでも良いし。責任とかぜーんぶ投げ出して、僕は昴と一緒に居たい。愛してるよ』  口唇を触れ合わせるだけのキスの最中、夢の中でそんな返事をしたことをふっと思い出す。夢の中ではそう言ったけれど――出来ることなら、両方得たい。昴を選んだ理月の感情を、もしも否定しないでもらえるのなら。    勿論上手く行くことなんて期待しないし、理解を得られるとも思わない。無理だろうと頭で思っても、もう恐れは感じなかった。

ともだちにシェアしよう!