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第50話 初めての人#8

「ん……」  薄っすらと瞼を開けると、見慣れた昴の部屋の白い天井が目に入った。カーテンを開けたトリプルガラスの窓から差し込む日差しが眩しくて、理月は右腕で目元を覆いながら光に目を慣らしていく。  昨晩一緒に眠ったはずの昴は既にベッドから居なくなっていた。道理で冷えるわけだと思う。昴はぽかぽかに温かいから、一緒に眠ると暖房要らずだ。一緒に眠る時は昴より早く起きて寝顔を眺め見るのが好きだから、起きた時に隣に昴が居ないと少しばかり残念に思う。  眠る前に昴が身体をタオルで拭いてくれて着替えさせてくれたから、服はきちんと着ているし身体がべとつくこともない。腰は少し重ったるいけれど、まあ問題ないだろう。ただ、昨晩じっくりとセックスに耽ったことで、まだ中に入っているような変な感覚がする。眩しさに細めていた目を擦りながら上体を起き上げ、理月はベッドから足を下ろした。立ち上がったら奥の方から精液がどろっと垂れてきて、思わず「ひゃっ」と声を上げる。ガチャッと重たい扉が開き、昴が顔を覗かせた。 「りっちゃん、おはよー。ごはん炊けたよ。どうかしたの? 変な顔して」  ケロッとしたいつもの調子で昴に話し掛けられて、昨夜のことは夢だったんじゃないかとふと思う。けれど腰も重たいし、腹の内側にも違和感があるし、何より尻から出て下着を濡らした精液が現実の証だろう。気恥ずかしくなってきて顔が熱くなる。 「ああ、おはよう、昴……。大したことじゃないんだけど、立ち上がったら、その……昨夜の精液が、奥から垂れてきて……」  理月がもごもごと返事すると、昴はかあっと顔を赤らめて目を丸くした。 「ごめん、奥に残っちゃってたんだね。抱っこで運ぶよ」 「抱っこは大袈裟……ちょっ、うわっ!」  昴は理月の隣に移動すると膝を曲げて屈み、理月の腕を自身の肩から背中に回させると、横から理月の腰と膝に腕を回した。ひょいと横に抱き上げられて、理月は眉を八の字に下げる。 「お風呂場行き、りっちゃん専用昴タクシーだよ。身体も洗ってあげよっか?」 「だーめだ、僕はこの後仕事だから。でも、今夜はお風呂溜めて一緒に湯船浸かろっか?」  少し悪戯っぽくはにかんで笑う昴に、理月もくすっと笑って悪戯に返す。昴は眉を下げて目を細めた。 「……やっぱり、りっちゃんには敵わないなぁ~」 「何それ? すぐシャワー浴びてくるね。朝ごはん食べるの、少し待ってて。一緒に食べよう」  横抱きのままドアまで連れられて、理月は重たいドアノブに手を掛けドアを開ける。二人一緒に廊下に出て、そのまま浴室まで連れられた。シャワーを浴びて精液を掻き出し、さっぱりして着替えを済ます。  理月がダイニングに向かうと、昴がちょうど朝食を並べているところだった。本日の朝食は白米、大根と柚子の味噌汁、鰺の塩焼き、キウイだ。 「昴が朝食用意してくれる時って大体パンなのに、今日は和食にしたんだね。美味しそう」 「なんか、疲れたはずなのに朝早く起きすぎちゃって。ハッとして飛び起きて、隣でりっちゃんが寝てて、夢じゃなかったって安心して……たっぷり時間あったから、鼻歌歌いつつご飯炊いてた」 「あははっ! どうやら夢じゃなかったみたいだよ。ありがとう、いただきます」  いつも通りお互いの席に着き「いただきます」と口にして、朝食に箸を進めていく。  顔を向かい合わせてくだらない話をしながら食事を取る、いつもと変わらない朝の風景。けれど関係性は昨日までとは変化している。少し気恥ずかしくむず痒いけれど、ただ幸せだった。けれど朝の時間というのは経つのが早いもので、あっという間に理月の出勤時間となる。 「――昴、お昼食べるの忘れないようにね。ちゃんと昼食取るんだよ」 「大丈夫だって、分かってるよー。ちゃんと食べるって」  玄関の土間で革靴を履きながら理月が心配性の小言を言うと、昴は少し口を尖らせた。理月は「昴、すぐ食べるの忘れるから心配なんだよ」と言って口を尖らせる。 「夕飯用意しておくね。それと、お風呂溜めておくから一緒に浸かろう」 「うん、ありがと。行ってきます」  理月は振り向いて昴を見上げ、柔らかく微笑んだ。昴はポーチに立っているから、一段低い土間に立つ理月とは二十センチほど目線が変わる。昴は背を丸めて理月の肩を両手で掴み、ちゅっ、と口唇を軽く啄んだ。 「りっちゃん、行ってらっしゃい。帰ってくるの、待ってるね」  昴はいつものふにゃっとした柔らかい笑顔を理月に向ける。照れ臭さに理月もはにかんで笑い、ちゅっ、とキスをひとつ返して踵を返した。 「もう本当に行くからね。また夜に」  後ろ髪を引かれる思いの中、理月はひらひらと手を振りドアを開ける。ちらりと尻目で昴を見遣ると、笑顔で理月に向けて手を振っていた。理月はくすっと笑い、ドアを閉めて外に出る。  いつもとそれほど変わらない朝。だけど気持ちは晴れやかで清々しい。足取り軽く浮足立って、鼻歌交じりに職場へと足を向けた。

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