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第54話 ひとつの時代#4

「前来た時、あっちにプールとかジムがあるって言ってたよねー」 「そうだよ、よく覚えてるな。向こうはプールとかトレーニングルームがあるエリア。水泳とかスポーツとか、コーチが家に来て教えてくれてたんだ」  昴は物覚えが良いな、と思いながら歩いていくうち階段に差し掛かり、並んで階段を上っていく。エレベーターもあるけれど、自室は階段から行った方が近い。   「僕の自室は二階で……それも覚えてるか。ここが僕の部屋」  部屋の前に辿り着き、扉を開ける。高三の時から部屋は変わっておらず、シンプルなものだ。部屋への出入口の扉とは別に左右の壁にも扉が付いていて、広々としたウォークインクローゼットと、大量の本が整然と並ぶ理月専用の図書室に繋がっている。部屋の中はベッドとデスクが置いてある程度だ。久々に来てもきちんと掃除が行き届いている。 「いつもより断然マシだったけど、やっぱり新年会は気が疲れるな……昴、付き合わせちゃってごめんね」 「全然。新年会、一緒に来られて良かったよ。それに、この後が本番だしね。はぁー、緊張する」  自室のドアを閉め、溜息を吐いて肩を落とす。昴の方は緊張するなどと口にしながらも軽い調子だ。   「それよりさ、りっちゃん、クローゼットの中見ても良い?」 「良いけど、面白いものなんて入ってないよ?」 「制服残ってないかなーって――あったあった。うわー、懐かしい」  昴はクリーニングのタグが付いたままハンガーで吊り下げられている学ランを取り出して笑顔を浮かべ、理月の身体に制服をぴたりと合わせて一層破顔した。 「りっちゃん、昔と全然変わんないね。体形も全然変わってないし、これ着れば高校生になれるよ」 「そんなわけがあるか。流石にもう高校生では通らないよ。卒業してから十年以上経ってるんだから、それなりに老けただろ」 「僕が出逢った時には殆ど今と同じ顔だったよ。僕、最初にりっちゃんのこと見た時、学ランじゃなくて、神父服でも着てるみたいに見えたなぁ」 「ああ、キャソックね……まあ、黒だし詰襟だし、似てると言えなくもないか」  隣り合ってぽすんとベッドに腰掛け、うきうきと楽しげな調子の昴に呆れつつ小首を傾げる。   「持ち帰っても良い? 帰ったら久々に着てみてほしい」 「まあ、別に良いけど……昴も制服残ってたっけ? 僕だけ着るのは恥ずかしいし、あれば昴も一緒に着てよ」 「やった。制服、引っ越しの時に持ってきた覚えあるから、クローゼット探せばあると思う。りっちゃんとの高校生活、一年だけだったから嬉しいな~」  ちゅっ、と昴から軽く頬にキスを落とされ、擽ったさに理月は少し身じろぐ。 「こーら、昴。ここじゃダメだよ。緊張してるとか言うくせ、調子良いな」 「ごめんごめん、つい浮かれちゃって。でも、リラックスして挑もうよ。きっと、ちゃんと話せば分かってくれるって」 「そうだったら良いけどね」  顔を綻ばせた柔和な笑顔を向けられ、口角が少し上がった。駄目だったとしてもその時はその時だと受け容れた上で此処に来たけれど、緊張するものは緊張する。いくつになったって父は畏敬の念を抱く存在だ。隣に座る昴の肩にこてんと頭を凭れ、きゅっと昴の手を握る。   「……ここじゃダメって、僕が言ったのにな。僕の方こそ、緊張してるらしい」 「りっちゃんは昔っから人に頼るの苦手だよね。全部自分で頑張ろうって背負いこんじゃうタイプじゃん。だからさ、こうして甘えてくれるの、すっごく嬉しい」  繋いだ方と反対の手が頬に添えられて、横からひょいと顔を覗き込まれた。はにかんだ笑顔を浮かべた昴の顔が近付いて、ちゅ、と啄むように軽くキスされる。 「りっちゃんはなーんも悪くないから大丈夫。捕まった相手が悪かったね。躱され続けてもめげないで、しつこくて諦めが悪い僕のせい。ずっと辛い思いをさせてきちゃったよね。ごめんね」 「昴は悪くないよ。誰かを好きになるのは、悪いことなんかじゃない。好きを言い訳にすれば何しても良いってわけじゃないけどさ、昴はずーっと気持ちを押し付けないで、僕の傍に居てくれただろ。昴の気持ちを分かった上で、それに甘えてはっきりさせなかった僕の方こそ悪かった。まあ、最後はちょっと押し売りセールスっぽかったけど」  昴が申し訳無さそうな顔をするものだから真面目な顔で返したら、ふはっと噴き出して可笑しそうに笑われた。   「僕、何か面白いこと言った?」 「うーん、なんていうか……りっちゃんのそういう大真面目でちょっと天然っぽいところ、好きだなあって。僕もりっちゃんのこと、大好き」 「思ったこと言っただけなのに」  片眉を上げて小首を傾げると、目を細めた柔らかい笑顔を向けられる。ちゅ、ちゅ、と続けて口づけられ、擽ったい啄むだけのキスを繰り返した。  それから暫く経って、コンコン、コンコン、と軽く扉をノックする音が部屋に響く。 「理月坊ちゃま、日向様、失礼いたします。旦那様がお呼びでいらっしゃいます」 「ああ、今行く。ありがとう」 「いえ、とんでもございません。では、失礼いたします」  山岡から扉越しに声を掛けられ、緩んだ頬と気が少し強張る。先にベッドから立ち上がった昴が、目の前に右手を差し出してきた。   「大丈夫だよ。どうなったって、僕はずっと君の傍に居るし、月の裏側までだってお供するから。じゃあ、行こっか?」 「それは心強いな。昴と一緒なら、どこまでだって行ける気がする」  昴の言葉にふっと笑い、差し伸べられた手を取った。

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