19 / 24

19.ダンジョンリベンジ!?※R18描写なし

「はあ!?セナも一緒に行くだと!?」  クエスト受注の他に、今回はいくつかの回復アイテムが支給されるという事でクロエネダ+セナの急ごしらえパーティーも出立前にギルドへ立ち寄っていた。慌ただしくクエストの受注作業とアイテムの配給を行っている職員は、あちこちを駆け回っている。アイテム配給窓口には普段受付業務などをしないミルラも立っていて、ギルド総出でこの緊急事態に当たっているのだと伺わせた。  受付で人数分のアイテムをもらう際、5人と申請した所から事情を受付嬢に聞かれ、セナがダンジョンに同行すると聞いた途端奥へ走って行った。十数秒後、出てきたゼガイに開口一番怒鳴られたわけだ。 「ほらあ、やっぱり怒られたわよ」  ルーシャは予測済だったのか、両手で自分の耳を塞いでいる。発案者のウィルは怒鳴られてもどこ吹く風で、にこにこしながらゼガイを見ていた。 「ダンジョンの魔素濃度は上がっている。確認はされてないが、魔物の凶悪化だってあり得るんだぞ」 「あぁ。セーフルームまでだし、俺が強化されてるから大丈夫だよ」 「強化……」  敢えてぼかした表現をするウィルに、ゼガイもここが冒険者の行き交うギルドの受付カウンター前だと改めて思いだしたのだろう。しかも今は、緊急クエストを受注する冒険者が配給アイテムを求めていつもより多く集まっている。小さく唸って一瞬セナに視線をやってから声を潜めた。 「だがな、セーフルームだって安全とは言えんだろう。詳細の分からない魔人の討伐に連れて行くのは危険が多すぎる」 「そのよくわかんねえ魔人を倒すのに、セナの力が必要だって言ってんだよ」  一触即発の空気に、慌てたのはセナだけだ。ルーシャは我関せずと自分の爪の先を見ているし、ロコは配給されたアイテムを確認している。ゴルシュはそもそもここにおらず、外で食料の調達と荷物番をしていた。 「あ!あの!」 「セナだって納得して同行してくれるんだ。構わないだろ」 「ガイドとしては賛成できんな」 「俺だってガイドだ。問題ない」 「あの!あの!俺、ちゃんと納得してますんで!」  恐怖はもちろんある。これまでの人生で血腥い事に触れてこなかったセナは、命を懸けて戦った事はない。クエストだって、魔物の討伐はまだ受注したことはなかったし、クエストの最中でも魔物との接触はできるだけ避けてきた。 「セナ……」 「緊急事態ですし、昨日ゼガイさんが言ってたちょっと信用できない人たちより、ウィルさんたちなら俺も安心ですし」 「それはそうだが……」 「俺はそのセーフエリアってとこで待ってますし、大丈夫ですよ」  わざわざ危険を冒して強くなろうと思うような向上心は、セナにはない。だがこれまで特に将来の夢もなく、ただひたすら日々の仕事を消化して過ごすだけだった人生の中でこうも人に求められることはなかった。例えスキルがあるからだと言えど、お前でなければ駄目だなんて、言われたことがなかったのだ。そんな風に言われたら、できるだけ協力してあげたいと思ってしまった。 「それに俺も、ダンジョンで確かめたいことがあるんです」 「ダンジョンで?」 「魔素濃度の高い空気の中で、俺のステータスが回復するかどうか、」 「何!?そうか、呼吸することで空気中の魔素を吸い込み体内で吸収変換できるかどうか、という事か?」  ロコが割り込んできて、セナは頷いた。魔素濃度の高い空間では魔素酔いが起きることがあるのだというなら、セナは魔力変換効率スキルのおかげで魔力を回復することができるはずだ。森や草原、町の中の空気にも魔素は混ざっているというが、ユレネの町周辺ではセナの魔力が回復することはなかった。ならばダンジョンであれば、と考えたのだ。どの程度の濃度で魔力が回復するのかが分かれば、今後はその場所へ行けば勝手に魔力が回復することになる。 「そうです。それが分かれば、俺は魔素濃度の高い場所へ行くだけで回復することになるので」 「…………」 「ランクの低い俺が、ダンジョンで足手まといになるのは確実です。緊急事態に何を呑気なと思われるかもしれませんが……」 「俺はそういう事を言ってるんじゃあない」  ゼガイが遮って、セナは二の句を告げなくなって口を閉ざす。ほぼ同じ視線の高さからじっと見つめられているのに、どうしたって威圧感に見下ろされているような心地になるのはセナが若干猫背気味なのも原因だろう。 「や、あの……」  どうしたものかと縮こまってしまったセナに、ゼガイは大きなため息を漏らしてから目を閉じて項垂れた。眼鏡の下から手を差し込んで眉間を揉み解している所を見ると、昨日はあまり眠れなかったのかもしれない。 「……わかった。気を付けて行ってこい」 「っありがとうございます!」  外泊を許可する父親のようだなと頭の隅で思わないわけではない。似たようなことをクロエネダのメンバーも考えたのか、隣でひそひそとやり始めた。 「いや、別にゼガイさんの許可いる?俺らがいればダンジョンに潜るランクも大丈夫だろ」 「冒険者は基本自己責任だし。過保護ねえ」 「心配なんだろうな」 「ぐちぐちとうるさいぞお前ら。おら、アイテム受け取ってさっさと出発しろ」  しっしっと虫でも追い払うように手で払われ、クロエネダのメンバーとセナはギルドを出てダンジョンへ向かう事にした。同じように緊急クエストに出かける冒険者たちと共に、ぎゅうぎゅうの乗合馬車に揺られてダンジョンを目指す。  セナの装備は、朝迎えに来たウィルに渡された物だ。革の鎧は重たいが歩けないという程でもなく、どちらかと言えば獣臭が気になる。その他の物もクロエネダが用意してくれるという事で、セナはほぼ手ぶらでダンジョンに入る。一応、自分がクエストで稼いだ金で買った回復薬はポケットに入れているが。 「そういえばセナはあれからレベルは上がったか?」 「はい、いろいろクエストこなして……5から、今は8です」 「8か」 「8ねえ」 「8」  クロエネダ全員から生暖かいような、幼い子供を見る様な顔をされてしまった。レベルは主に魔物との戦闘で上がる。クエストで多少の経験は得られるが、そんなものは雀の涙ほどでしかない。普段は戦闘系のクエストを避け、接敵もなるべくしないようにしているのでレベルが上がっていないのは当たり前だった。  ケツが痛くなる乗合馬車に揺られること小一時間、懐かしささえ感じるユレネの洞窟前に到着した。そこでは既にいくつかのパーティーが焚火を起こして拠点を作っていたり、屋台もいくつか出ていた。 「何かお祭りみたい」 「似たようなもんだ。一攫千金のチャンスだしな」  ウィルに背中を叩かれ、セナもユレネの洞窟の入口へ足を進める。周りのパーティーがクロエネダを見ては声をかけ、セナに気づいて不思議そうな顔をする。中には新たなメンバーかと問う声もあったが、ルーシャに煙に巻かれていた。 「セナはロコの後ろ、基本的にはゴルシュの前を歩いてくれ」 「はい」 「魔物との戦闘時は俺の側から離れるなよ」 「わかりました」 「よし、行くぞ」  ダンジョンの入り口には人がたくさんいたが、それも中に入り奥へ進むにつれていなくなっていく。そもそも緊急クエストを受注していないパーティーや、準備中のパーティーも多いようだった。正体不明の魔人が潜むダンジョンでは、魔素濃度がどれだけ上がっているか、危険度がどこまで増しているかが不明だ。慎重にならざるを得ない。  ユレネの洞窟、と名前はついているが、土壁なのは地上部分のみで直線で下りの階段に到達する。地下1階からは石造りの廊下と部屋が広がるダンジョンとなる。元は古代遺跡らしい。大昔、トストアル国がユレネの辺りを統治する前にいた人々を統べていた一族の墓場兼宝物庫なのだという。元々の遺跡自体は地下3階ほどの単純な造りだったが、ダンジョン化して早数十年以上、今では地下12階の立派なダンジョンになっていた。  通路に設置されたランタンの灯と、先頭を行くウィルの持つ魔導ライトが石造りの通路を照らす。数メートル先を照らす程度の明かりだが、周囲を照らすランタンと違って前方に光が伸びる魔導ライトはダンジョンの攻略に必須のアイテムだ。  地下1階の廊下は幅が広い。クロエネダのメンバーが横に並んで両手を広げても手が当たるか当たらないかぐらいの広さだ。時々細い脇道が見えるが、道順を知っているのか曲がることもなくまっすぐに進んでいる。 「あれ、こっちじゃないんですか?」  セナが初めてクロエネダと出会いユレネの洞窟を脱出した時、細めの小道から出てきて今歩いている大きな通路に出た。その時、角に小さな赤い石が嵌め込まれていたを覚えていたからだ。今ではその石が魔石なのだと分かる。 「ああ、そっちは最下層のボス部屋からの脱出用通路。一方通行でこっちからは入れないんだ」 「へえ」 「元は昔の王族だか何だかの建物だから、攻め入られた時の事を考えて作ったんだろうな。だから行きは時間がかかるけど、最下層まで行けば帰りは楽なんだよな」  一見してこちらから入っても問題なさそうな小道だが、魔石が埋められているのであれば何らかの魔法が仕込まれているのだろう。薄暗い道の向こうを見ながら通り抜け、セナはクロエネダの後を追う。 「どうだ?セナ、回復しているか?」 「え、っと……今のところは別に」 「そうか」  ダンジョンに入って5分ほど経過したが、MPに変化はない。伝えるとロコは残念そうな顔をしたが、荷物から何か小ぶりのアイテムを取り出した。手のひらサイズの四角いそれは、真ん中に目盛りの刻まれた部分がある。そのすぐ側に透明な筒になっており、中には液体が少し入っていた。 「それは?」 「魔素濃度の計測器だ。この階は普段と変わりないな……」  魔素濃度が高い場所では、筒の中の液体が増えるのだという。近くで見せてもらった計測器は石の本体に不思議な文様が刻まれている。 「石に魔法陣が刻まれている」 「へえ……」 「通常、人のいる町や村では1~5、人里離れた集落でも10まではいかない。ユレネの洞窟でも上層階は15~30、最下層で50程度だな。セナ、魔力が回復し始めたらすぐに教えろ」 「わかりました」  ロコは研究熱心だった。セックスをしたのはあの時だけだったが、セナが自らの体質を把握するために書き始めたノートを度々覗きに自宅へ来ている。1日に何をしたらどれくらい魔力が減少するのか、何を食べてどれくらい魔力が回復するのか。明かりを付けたり消したり、トイレの回数まで記入しろと言われたがさすがに断った。あくまでノートは、セナが死なないためにやっていることだ。 「まあまだ地下1階だ。この先濃度が上がれば変化もあるだろうな」 「ほら、魔物が来たぞ」  ウィルの一言で、パーティー内に緊張が走る。魔導ライトに照らされた先で、小さな足音が聞こえる。複数の足音が、こちらに近づいてきた。先に言われた通り、セナはウィルの後ろに身を隠す。 「セナ、俺の後ろから出るなよ」 「っはい」  ウィルがセナの護衛を行うため、今回の前線はルーシャとなる。短剣を手に暗闇を睨むルーシャの眼前で、黒い影が躍り出た。鋭い牙でもって噛みつかんと飛びかかってきたのは、セナも見たことのあるブラックウルフだ。素早い動きだが一直線に向かってきたため、ルーシャに横っ面を思い切り蹴り飛ばされ壁に体をぶつけて床に落ちた。 「ッヒエ……っ!」  ジタバタと藻掻いたブラックウルフを見ていると、隣が明るく光る。振り返ればロコの手元に火の玉が三つ、セナが気付いた瞬間にはもう暗闇の先に放たれていた。セナのすぐ横を掠めて恐ろしい速さで向かって行ったそれは、残りのブラックウルフ2体に命中し1体は身を翻して回避した。当たったうちの1体は当たり所が悪かったのか、体が燃え上がり悲痛な声を上げて暴れまわっている。ちょうどそれが目印になり、居場所がばれた残りの2体も襲い掛かるタイミングを失ってこちらを警戒していた。 「ブラックウルフが4体。ゴルシュ!後ろは?」 「いないよ」  壁に叩きつけられた個体と残りの2体が左右に散った。ルーシャを挟み撃ちにするつもりだろう。だがルーシャは背後に飛んで躱し、ブラックウルフたちが体勢を立て直す前に踏み込んで短剣で一閃する。蹴り飛ばされ壁に叩きつけられたダメージのあった個体の動きは特に鈍く、ルーシャの一撃を回避できずに首元から大量の血を噴き出して床へと倒れ込んだ。  あの、最初に彼らに助けられた時のことを思い出し、セナの背筋がさぁっと冷たくなる。 「グルルルゥ……ッ!!」 「うわぁッ!!」  唸り声がしたと思った瞬間、先ほど毛皮が燃え上がった個体がこちらへ駆けてくるのが見える。死ぬ間際の悪あがきなのか、苦痛に耐えかねてなのか、恐ろしい形相でこちらに突っ込んでくる。ウィルの肩越しに、ブラックウルフの溶けかけた目と目が合った。 「ヒッ……!」  思わず息を呑んだセナの目の前で、ブラックウルフは片手剣を抜いたウィルに斬り落とされた。燃え盛る炎までも断ち切るような素早い一太刀だ。床に落ちて未だ燻ぶっているブラックウルフだったものは、首元から脇腹にかけて真っ二つに切り裂かれている。断末魔の声さえ上げられなかったようだ。 「ステータスアップの効果がちゃんと出ているようだな」 「おぉ……すげえな」  嬉しそうに声を上げたのはロコだ。ウィルもいつもより力が発揮できているようで、自分でも少し驚いているようだった。生き残った2体も、仲間が一瞬で真っ二つにされてしまって怯んでいるのか後退りしている。 「アンタたちまだ敵は残ってるんだからねっ」  短剣を鞘に納めたルーシャが投げナイフを4本取り出し、息つく間もなく腕を振るう。投げられたナイフは、1体は外したもののもう1体の眉間に1本命中して仕留めた。残った最後の1体が向かってくるのを横に飛んで躱すと、くるりと回ってその背中目掛けてナイフを投げつける。 「ギャン!」  ブラックウルフは余り知能が高くないのか、背中に刺さったナイフをどうにかしようと暴れまわってぐるぐるとその場で回っている。その横っ腹に容赦なく蹴りを叩き込み、吹き飛んだブラックウルフに短刀でとどめを刺したルーシャは大きく息を吐きながら振り返った。 「…………」  気が付けば4体のブラックウルフは皆床に伏していた。それほど長い時間ではなかったのに、セナは緊張してガチガチに固まっていた。 「お、終わり……ですか」 「あぁ」  言いながら、ウィルが真っ二つになったブラックウルフの死骸を持ち上げる。何をするのかと見ていると、何もない所に光の円が広がる。そこに、死骸が無造作に放り込まれた。 「え!?」 「マジックボックス。魔法の収納箱みたいなものだ。ウィルのマジックボックスは大きくてな」 「へ、へえ……」 「死骸を持ち帰れば素材に分けて買い取ってくれる。重要な資金源だ」  ロコが解説する目の前で、ウィルは顔色一つ変えずに死骸をマジックボックスの中に放り込んだ。あとに残るのは大きな血の跡と焦げた床の色だけだ。  自分がこなしていたクエストなど、子供の遊びのようなものだとセナは思った。町の外で会う魔物は、セナを積極的に攻撃はしてこなかったし、襲い掛かってきてもそれほど強い力ではなかった。実際、魔物を殺したのは1回か2回で、大抵は数度の攻撃で魔物が逃走していた。  けれど今のクロエネダの戦闘は、正しく戦闘だった。ブラックウルフはこちらの命を狙って襲い掛かってきたし、クロエネダのメンバーもブラックウルフを殺すつもりで攻撃を仕掛けていた。力量がこちらの方が上で、危なげなく倒すことができたと言えども命のやり取りと言っても過言ではなかった。 「さあて、行くぞ」  血と煤に塗れた手を拭きながらウィルが言い、セナとクロエネダ一行は再びダンジョンの奥へと歩き出す。血溜まりの上を通り過ぎながら、少しだけ早まったことをしたかもしれないと考えた。  何度かユレネの洞窟を制覇しているクロエネダとの行動は、それなりにスムーズに進んだ。最下層までの最短ルートを知っており、寄り道などもしないためサクサクと深部へ降りていくことができた。今のところは魔人の出現前と出現後で、ダンジョンの構造が変わっているという事はないようだった。ダンジョンらしく罠や仕掛けもあったのだが、こちらも以前と変わりないらしく順調に躱していた。  道中は最初のブラックウルフと同じように幾度も魔物が出現したが、ロコ曰く強化されていたり大量発生している気配はないらしい。言葉通り、戦闘は終始クロエネダが優勢でセナが危機を感じることもなかった。戦闘を繰り返している内に慣れてきたのもあってか、魔物が出現すればセナは魔物の目に留まらないよう回避に徹するようにしていた。 「ついたぞ、セナ。ここが地下8階。セーフルームだ。今日は早めに夕食にして休もう」  そんなこんなであっさり辿り着いたセーフルームは、体育館のようにだだっ広い部屋だった。ランタンやらランプが至る所に吊られており、ここまでのダンジョン内では一番明るくなっている。ダンジョンの入り口と同じように商人が店を開いていたり、冒険者たちが拠点を作って休んでいる。テントを張っているパーティーもいれば、焚火を囲んで雑魚寝していパーティーまで様々だ。  だが人で犇めき合う、というよりはポツリ、ポツリと点在している程度だった。やはり魔人の詳細が分からないままでは、ここまで下りてくる人間は少ないと見えた。 「よぉ。ウィル。魔人討伐かい?」  長い黒髪を後ろで縛った男が、セーフルームの入り口側の壁に座っていた。木箱のような物を自分の前に置いて、こちらを見上げている。口元に布を巻いているため顔は良く分からないが、一重で三白眼の目つきの悪い男だ。ウィルと知り合いなのか、親し気な口調だった。 「あぁ、これが成功すりゃ俺たちも晴れてBランクだ」 「へーえ、そりゃめでたいね。あの……なんて言ったかな、魔人に腹を裂かれた男。アイツ、助かったかい?」 「どうだろうな。死ぬ前にギルドには辿り着いてたけど。アンタなんか知ってんのか」 「あのパーティーがここに立ち寄っただけさ。連れの男がぎゃあぎゃあうるさかったから、きっとギルドに駆け込んだんだろうと思ってね」  薄汚れた外套に身を包んでいるが、セナよりは大分体格が良さそうに見える。露悪的な言葉にセナは少し不快な思いをするが、ウィルは特に引っ掛かりも感じていないのか顔色を変えることもなかった。 「景気づけになんか買ってってくれよ。いい薬が手に入ったんだ」 「また後でな」  どうやら彼は商人らしい。ウィルが話を終わらせてもそれ以上追いすがるわけでもなく、チラ、とセナの方に視線を寄越した。そのまま視線が上に移動し、下に落ちる。それから音もなく、その眼元が弓なりに撓んだ。笑われた、のは分かる。だがその笑みが、どうにも良くないものに思えた。背中をじっとりと生ぬるい濡れた手で触られたような、嫌な予感がした。 「行こうセナ」  ウィルに声をかけられて、セナは男に軽く頭を下げてからその場を離れた。少し行ってから振り返っても、男はこちらを見ていた。 「セナ、奥の泉は魔素濃度が高い。試しに行くぞ」 「泉?」 「そう、体洗ったり洗濯したりする場所だ。だが源泉から汲めば水も飲める」  ロコに腕を引かれ、セナは男から視線を外すしかなかった。  泉はセーフルームの奥、壁に走った大きな亀裂の奥にあった。壁の奥は土がむき出しの空間で、岩が積み重なった割れ目から清水が湧き出している。岩の下は水が溜まっており、吊り下げられたランタンの灯が反射していた。 「ここだ」 「へえ……」  湧き水のせいか、地下深くのダンジョンにしては空気が綺麗で息がしやすく感じた。源泉の方に近づいて手で掬って水を口に含むと、程よく冷たくて美味しい。 「どうだ?回復はしたか?」  前のめりに聞いてくるロコに苦笑しながらステータスを開く。しかし残念ながら大きな回復は見られなかった。喉が渇いていたセナが何度か水を飲んでも、ほとんど回復しない。 「駄目ですね」 「そうか。まあここの魔素濃度もそれほど高くはないからな……。しかし魔人がダンジョンマスターに据えられてるにもかかわらず魔素濃度に変化がないな……発生直後だからか」  セーフルームの方へ戻ると、ウィル達が拠点を作成していた。テントが一つと焚火が熾されている。場所は泉の近くではなく、セーフルームの入り口に近い場所だった。 「騒がしいけどこっちの方が安全だから」 「そうだな。今回はこっちの人目がある方がいいだろう」 「そうねえ」 「僕もそう思う」  クロエネダのメンバーが満場一致でそう言うので、セナも頷いておいた。割と近くにさっきの商人の男がいて、時々こっちを見ているのは気になるが、男はあの場所に座ったまま近寄ってくるわけでもない。 「ウィルさん、あのさっきの人なんですけど」 「ん?……あー、シルビオ?」 「あの人、どんな人ですか?」  マジックボックスから荷物を取り出してゴルシュに渡しているウィルに問いかけると、首を傾げて男の方を振り返ってからセナに視線を戻した。セナもつられるようにして振り返り、男が冒険者に何やら話しかけているのを見る。 「どんなって、別に普通の商人……だと思うけど。あぁ、でも、ずっと色んなダンジョン内で商売してるって言ってたな」 「ダンジョンで?」 「あぁ、ダンジョン内で食料やら回復アイテムが底をつく、何てことは良くあるんだ。町から遠く離れたダンジョンなら、ダンジョンに辿り着いた時点で、とかもな。だからダンジョンの入り口や、腕に覚えのある商人はセーフルームで商売をする。ついでにダンジョンで素材の仕入れをしてく奴もいるな。でもセーフルーム中心に動いてるのはあの人ぐらいじゃないか?」  ゴルシュが受け取った包みを開いてパンを取り出す。ナイフで器用に切り分けて、焚火の火の上で炙り始めた。その隣では、鉄板の上に並べられた加工肉の薄切りと、吊るされた薬缶がある。 「どんなダンジョンでもセーフルームに一人で来られるものなんですか?」 「そりゃ強けりゃな。でも商人は大体誰かにくっついてくるんだよ。で、出て行くときも帰りのパーティーに声をかけて一緒に出て行く。俺たちもここまで来る商人は有難いから、一緒に下りたり上がったりするんだ。護衛代をもらったりもするしな」 「へえ」  ここから商人の手元は見えないが、木箱から何かを取り出して冒険者に手渡している。代わりに冒険者からは金を受け取っているようで、それを革の袋に入れていた。 「割高ではあるけど、重宝するんだよやっぱり。ここはそれほど儲からないかすぐ移動するとか言ってたけど」 「セナさん、お茶入ったよ。熱いから気を付けてね」 「ありがとうございます」  ゴルシュに片手で温かい茶の入った木のカップを渡され、赤みがかったそれを見下ろす。そおっと口を付けて啜ると、熱い茶が口内からじんわりと体に染み渡っていった。 「ところでセナ」 「はい」  同じようにゴルシュからカップを受け取ったウィルが、一口啜って顔を顰めてからカップを床に置く。どうやら熱くて飲めなかったらしい。 「俺たちは明日の早朝にここから最下層へ向かう。道のりは分かってるから大きなトラブルが無ければ昼過ぎには最下層に到達すると思う」 「はい……」 「魔人との戦闘がどうなるかはわかんねえけど、危なくなったら引くつもりでいるから長くても2日ぐらいあれば帰ってこれると思う。その間セナにはここで待っててもらう予定なんだけどさ」  ステータスアップの体液の効果時間を考えても、強化された状態でダンジョンの最下層で魔人と対峙できる時間は少ないだろう。セナはその間、一人で彼らを待っていなければならない。ダンジョンの奥地で、一人になる。 「テントはこのまま残していくから、この辺りにいて欲しい。人の出入りも多いし、商人たちも近い。何かあっても誰かがいる」 「何かって……」 「冒険者ってね、いろんなヤツがいるの。ほんとにいろーんな。パーティーに非戦闘員を連れてるヤツも普通にいるわ。荷物持ちだったり雑用だったり。特に今回みたいな魔物討伐のクエストの場合は、セーフルームで待ってるのも珍しくないの。だけど、それに目を付ける馬鹿もいるのよ」  木のカップを両手で包み込むようにして飲んでいたルーシャが、心なしか嫌悪感を滲ませながら言う。血腥い話になるのではないかとセナが身構えていると、気が付いたのかパッと顔を明るくして続けた。 「まあ、この辺はまだ治安がいい方だから、あんまり心配しなくてもいいと思うんだけど一応ね、いちおう」 「いちおう……」  宣言通り、クロエネダは朝一番にセーフルームから出発していった。当初はウィルだけが出発前にセナのザーメンを飲む手はずだったが、昨日の戦闘での露骨な快調ぶりを見ていたロコの強い希望で二人に与えることになった。  幸運にもセナのMPにはまだ余裕があるため、朝から一発、という状況にはならずに済んで、人知れず胸を撫で下ろしていた。 「回復ポーション3つ」 「あい、いらっしゃい。回復ポーションね、……毎度あり」  問題は、隣に商人の男・シルビオがいることだ。いや、男は昨日と同じ場所に壁に凭れて座っている。セナが、隣に座らされているのだ。  発端はシルビオの方からだった。出発のために出口へ向かうクロエネダと、それを見送ろうとついて言ったセナに声をかけてきた。置いて行くのか、と問われ頷いたウィルに自分が一緒にいた方が良いのではないかと申し出たのだ。理由を問う前にウィルが承諾してクロエネダのテントは畳まれてしまい、セナは隣に座らされた。 「セナさんはおいくつ?」 「今年で32歳です」 「オレより2つ年上じゃないか。若く見えるねえ」 「そうでしょうか……」  色々話しかけてくれるが、昨日のウィルとの会話やあの目を思い出してどうにも馴染めない。だがシルビオの方は、反応の鈍いセナに気を悪くすることもなく、時々通りかかる冒険者相手に商売をしている。 「シルビオさんは、セーフルームを中心に回る商人と聞きましたが」 「人の多くいる場所では行商は余り儲けがないんで」  昨日は分からなかったが、シルビオの前に置いてある木箱は小さな引き出しがたくさんある薬箪笥のような物だ。その引き出しの中から、彼はいろいろな薬を取り出している。粉薬、水薬、丸薬、中には植物そのものもあり、シルビオ本人に抵抗が無ければセナは興味津々で質問を繰り返していただろう。 「危なくないですか」 「危ないさ」 「……、じゃあ何で」 「単純に儲かるからさ。多少吹っ掛けても売れるしね。ボロ儲けだよ」 「不当に価格を釣り上げてるってことですか?」  言い方を選べば良かったと思ったのは言い放った後だ。す、とシルビオの目が細められて不快に思ったのだと分かる。案の定僅かに声が低くなって言葉尻に棘が含まれた。 「アンタこそ、どうしてこんなところまで?ただでさえ魔人が発生してダンジョンが不安定になってるってのに、戦えないアンタがここまでくるなんて理由があるんじゃないかい?」  細い目が、もうセナからの質問に答える気がないと言っている。同時に、セナが答えに困ると分かっていて質問をしてきていた。 「それは……荷物番で」 「クロエネダはマジックボックスだかマジックバックだか持ってるでしょ。何せいつも手ぶらだ」 「あ……」 「別に答えは聞いちゃいないさ。アンタだって踏み込まれて困ることはあるんだろう」  昨日シルビオに抱いた印象通り、彼は自分にいい感情を持っていないのかもしれない。ならばなぜ一緒にいるなどと申し出たのかは不思議だが、時間が昼を過ぎ冒険者が多くセーフルームに来る頃になると何となく事情も理解した。 「騒がしいねえ」 「そ、そうですね……」  魔人の討伐に乗り出した冒険者が、セーフルームのあちこちで場所取りで揉めている。もう少し詰めろだとか、場所を多く取り過ぎるな、というのであればまだ平和的で、中には俺たちの方が強いのだから場所を譲れなんて言う理不尽なものもある。 「これって、誰かがこう、仲裁したりとかは」 「仲裁?こんなダンジョンの奥まで来て自分の面倒も自分で見られない奴は死んでも文句言えないんだよ」 「っでも、これからの冒険を考えれば余計な争いはお互い避けた方が……」 「だったら場所を譲ればいいだけの話さ」  使い勝手のいい場所や広いスペースはどんどんガラの悪い連中に占拠され、むやみな争いを好まない、あるいは戦力的に頼りないパーティーは隅に追いやられる。 「これがいつもの事ですか?」 「緊急クエストのせいだろうね。いつもはもう少し治安がいいもんさ。実際に魔人討伐できなくても、情報を持ち帰ればそれなりの報酬はもらえるだろうし、後は単純なやじ馬たち」 「人が死にかけてるのに……」  つい口をついて出た言葉に、シルビオは笑った。鼻先で、だ。ふん、とバカにするように。けれどもセナがイラッとする前にシルビオの片手が上がって、殴られるのかと思わず身を竦めた。だが片手はセナの頭の上に置かれた。 「やっぱり、甘ちゃんだねえアンタ」 「やっぱり?」 「あぁ、いや、こっちの話さ。冒険者は死ぬも生きるも自己責任。自分の力量を正確に把握するのも大事なことさね。それで高額な報酬をもらってんだ、文句はないだろう」  撫でられた?と思うか思わないかで手は下ろされ、シルビオの態度にも変化がないため聞くこともできなかった。 「っシルビオさん!これ!これ!米じゃないですか?」 「あー……、そうそう、コメ」  ダンジョンにはもちろん窓がないため、朝夜は正確には分からない。シルビオが持っていた時計の様なものを見下ろし、昼飯にしようと言うので調理を手伝う事にしたが、彼が袋の中身を鍋に出しているのを見て思わず声を張り上げた。シルビオは薬缶に残った水を鍋注ぎながら答えると、それを焚火にかける。 「こっちにはあまりないからね」 「そうなんですよ」 「オレはこれが好きでね。補充するために地上に戻ってると言ってもいい」  ユレネの町には米は売っていなかった。パンか、ナンのような物、あるいはパスタのような麺類だった。仕方ないと思いつつ、日本では毎日のように口にしていた米が恋しいと思う事は多かった。 「どこに売ってるんですか!?」 「……、ユンインには比較的広まってるね」 「へえ、ユンインに……」 「機会があれば行ってみればいい。悪い所じゃないさ」  焚火にかけられた鍋を眺めていると、トントン、と肩を叩かれる。振り返った途端に何かを口に突っ込まれ、そのあまりの酸っぱさに顔が歪んだ。 「んん゛ぅう゛~~っ!!」 「アンタこれも好きだろうと思ってさ。種があるから気を付けな」  酸っぱさの奥から湧き出るほのかな甘みに、梅干しだと気づく。長らく味わえていなかった日本の味に、後から後から溢れる唾液を飲み下してシルビオを見上げた。 「何でこれ……」 「プランの実の塩漬け。アンタ好きだろう多分」 「好きですけど……」  ユンインという国は、日本と似ているのだろうか。なら一度は足を運んでみたいと思う。食事情が似ているなら、もう食べられないと思っていたものが食べられるかもしれない。  酸味の残る種を口の中でガリ、と嚙み砕いたらシルビオが驚いた顔でこっちを見た。 「アンタも中身を食べるのかい?」 「食べますけど……あんまり食べないんですか」 「青い内は毒があるから、皆怖がって食べないね」  殻を吐き出して焚火に放り込んだセナは、シルビオが荷物の中を探っているのを見て次は何が出てくるのかワクワクして眺める。けれども出てきたのはセナも見たことがある加工肉で、少し落胆する。その様子に気づいていたらしいシルビオが、からの薬缶をセナに突き出した。 「暇なら水汲んできてくれるかい。米を炊いたらなくなっちまったよ」 「わかりました」 「何か言われても誰にもついて行かずに寄り道しないで帰ってくるんだよ」  母親のような言葉に頷いて、セナは空の薬缶と水筒を手に立ち上がった。昨日クロエネダのメンバーとともに辿り着いた時よりも大分人が増えたため、敷布や焚火を避けながら奥へ進むため結構回り道を繰り返す。その内、大人数のパーティーが荷物を拡げている所に出くわし、壁際まで来たときに壁に布が張り付けているのに気付いた。薄汚れて同じような色をしていたために、離れてみているとなかなか気づきにくかったようだ。  歩きながら眺めていると、布が裏側から捲られて人が出てくる。驚いたが、どうやら壁に穴が開いていてその奥にスペースがあるようだ。だだっ広いだけのセーフルームでは、テントと同じく人の目を避ける個室扱いになっているようだった。 「あ゛?何見てんだお前」 「す、すみません!ごめんなさい!」  出てきた人間と運悪く目が合って睨まれてしまったが、慌てて頭を下げて歩調を早める。それ以上追いかけてこなかったことに大きくため息をついて、冒険者は荒くれ者が多いという言葉をもう一度思い出した。思い出しながら周りを見渡してみると、武器も持っていないセナを不思議そうな、あるいは不穏な目で見る輩が意外といることに気づいた。そそくさと泉のある場所へ辿り着くと、同じように水を汲みに来た連中が並んでいた。気配を殺して後ろに並ぶと、世間話が聞こえてくる。 「なあ知ってるか、あのBランクパーティー、クエスト受けなかったんだと」 「はあ?魔人討伐はBランク相当だろ。つかどうやって断ったんだよ。緊急クエストだろ」 「ユレネのギルドマスターは強制しねえだろ。今回は勝算があるみたいで特別引き留めなかったらしいけど」 「へーえ、勝算ねえ」  結局、ゼガイがセナを引き合わせようと思っていたBランクパーティーはクエストを受けなかったようだ。話を蹴ってダンジョンに潜ってしまったから少しは気になっていたが、そういう事なら問題はない。 「まあ俺はアイツラがいなくて有難いけどな」 「あーのー……」 「え?」 「そのBランクパーティーの人たちって、どんな感じなんですか?」  つい気になって、セナは問いかけてしまった。振り返った二人は明らかに非戦闘員のセナを見て驚いていたが、何か察したのか特に追及はせず答えてくれた。 「ベルスキドナって名前のパーティで、6……8人編成だったか?普段は魔物相手のクエストはやってないらしいぜ」 「リーダーのエドラスってのが性悪でな。アイツに肉盾にされたヤツは数知れず、だ」 「肉盾……」 「エドラスは魔法使いだからな、詠唱の間はどうしても隙ができる。それを守るための肉盾だよ。ろくに戦えもしないような新人を勧誘して引っ張ってくんだ。エドラスの右腕つってな」  言葉巧みに煽てて、Eランク冒険者の若者を自分の右腕だと誉めそやしてパーティーに引き込む。他のメンバーたちも心得たもので、Eランク冒険者には文句も言わない。そうやってクエストに連れて行き、エドラスの護衛をさせるのだとか。 「え、でもEランクですよね。護衛って言っても」 「まあよっぽどの窮地でもなければエドラスだってその新人の事は普通に扱うさ。問題はその窮地に陥った時だな。エドラスの魔法で文字通り盾にされるんだよ」 「魔法で……?」 「そう。魔法で。生き残ってパーティーを抜けた男が触れ回ってるらしいから、真偽は確かなはずだぜ。エドラスも否定しないしな。あそこは金持ってんのか、荷物持ちと雑用がいつも2人いてなんやかんやメインメンバーの世話してるらしいしな」  ゼガイが言っていた通り、素行は良くないようだった。慣れない初心者を盾にするためにパーティーに引き入れる、というのがセナには受け入れられそうになかった。  話しているうちに自分の番になったため、セナは教えてくれた冒険者に礼を言い薬缶と水筒にたっぷりと水を汲んでシルビオの待つ場所へ戻った。また人混みを避け、回り道をしながら辿り着くと、じっとりしたシルビオの目がこちらを見上げている。 「遅い。寄り道かい?」 「いやいや、まっすぐは行けなくて」 「敷布さえ踏まなけりゃ誰も怒らんさ」 「団欒を邪魔するのも悪いかと思いまして……」  呆れているシルビオに薬缶を手渡し、セナはまたシルビオの隣に座った。米を炊いている鍋は、カタカタと蓋を揺らしながら沸騰していた。  昼食の米と梅干は美味しかった。酸っぱさの中に塩気と甘みの混じる梅干しも、加工肉を炙った物も肉の油と塩気がしっかりあって米によく合い、大満足だった。  その後はまたシルビオの隣で時間を潰し、シルビオは割と頻繁に立ち寄る冒険者の相手をしていた。それを眺めながら、そろそろクロエネダが最下層に到達する頃だなと考える。彼らが魔物と接触する時、ウィルとロコはセナのステータスアップの体液で様々なステータスがアップしている。すぐに死んでしまうとは考えたくないが、長時間の戦闘になればいつかはステータスアップの効果も切れてしまう。 「怪我しないといいけどなぁ……」 「そうだねえ」  やる気のない返事だ。冒険者は怪我なんて日常茶飯事なのだろうが、ギルドに担ぎ込まれていた二人の冒険者の状態を見たセナはどうしても彼らが無傷で戻ってくることを祈らずにはいられなかった。  不意に、セーフルームの入り口が騒然とする。数人の冒険者が縺れ合うようにして飛び込んできた。ボロボロの、血塗れだ。驚いて立ち上がろうとしたセナの腕を、シルビオが引いて止めた。 「行ってどうすんのさ」 「っでも」 「何かできんのかい?治癒魔法?アイテム?応急手当の方法なら冒険者の方がよほど慣れてるよ。資源も魔力も限られてるここでは、要請があるまで手は出さない方がいい」 「……そうですね」  ソワつく体を押さえて座り込むと、彼らは仲間内で治療を始めたようだった。周囲の冒険者も手を出そうとはしなかった。回復の手段が限られているセーフルーム内では、ギルドの時のように積極的にスキルの提供はしない。安全な街に戻るにも、ダンジョン内を通らなければならないからだ。 「10階から急に魔物が多くなった。ありゃあ強化もされてるな。魔人の影響が出始めたんだろう。やられちまったよ」 「命に別状は?」 「大丈夫だ。やたらと木が茂ってる。植物系なのは確実だ」 「焼き払っちまうか」 「それでこっちに火がつきゃあおしまいだぜ」  実際に下層へ降りて行った冒険者からの状況報告に、周りが思案顔で黙り込む。ますますクロエネダのメンバーが危険にさらされているのでは、と冒険者の話に耳を傾けた。 「ちょっと道も変わってるみたいだったな。根っこのせいで足元が悪い」 「ああ……」  彼らは大きな怪我をしたわけではないが、一人が足を引きずって歩くような事態になってしまったため11階に辿り着く前に引き返してきたようだった。 「…………」 「おれは、ここに来る前はコグニボって場所にいてね」  不意にシルビオが話し始めて、セナはそちらを振り返った。腹が膨れて、しかも今日の売り上げが上々で機嫌がいいのだろうか。シルビオの表情は特に変わりないが、その黒々とした小さい瞳には焚火が揺らめいていた。 「西側に小さな島があって、そこは島ごとダンジョンになってる」 「……島ごと?」 「そう、だけどもともとそこには村もあって、ダンジョンにのみ込まれたまま生きてる」  ダンジョンにのみ込まれた村は、定期的に村に攻め込む魔物と闘いながら暮らしているという。その村に住むのは人間でなく身体能力の高い獣人というのだから、それなりに上手く順応しているらしい。  その他にも、シルビオの話は多岐にわたって続いた。立ち寄ったダンジョンで見つけた珍しい植物や鉱石、魔石の話、植物は往々にして貴重な回復ポーションの材料になるためとても高値で売れるらしい。鉱石や魔石を使ったアクセサリーを見せてもらったりもした。 「これは魔力を溜めておく腕輪。魔法使いが装着して溜めておけば、魔力切れに対応できる。魔素酔いを起こした人間に装着して症状を弱めたりもできるんだよ」 「おぉ……」 「こっちは一度だけ身を守ってくれる指輪。とはいえ、自分以外の周囲の物全てを爆発させる危険な指輪さ。だから非売品」 「絶対誰にも売らないでください」  それから、一夜にして英雄になり上がった冒険者の話、あるいは惨たらしい最期を迎えた話。今回のような緊急クエストや、魔物の大量発生で危機に陥った時、立役者が必ずいる。身を挺して防いだ者や、これまで培ってきた強さで薙ぎ倒した者。 「冒険者だってただの命知らずじゃない。それぞれ目的があって誇りがあってやってる。それしかできない荒くれ者もいるけどね、そんな奴にだってプライドはあるもんさ」 「…………」 「ユレネの、ゼガイの旦那だって元々は冒険者だったらしいよ。ギルドマスターは大抵大きな功績を上げた冒険者が就任するって慣例があってね。いつだったかのドラゴン討伐で功績を上げたって話さ」  確かに、ゼガイの風貌を見ていれば元冒険者と言われても頷ける。年齢を重ねてはいるが、まだ現役と言われても遜色ない体つきをしていた。その体が自分にどうこうしていたのまで思い出しそうになり、セナは話を変える。 「ドラゴンってそんな頻繁に出没するんですか」 「今はもう数も少なくなったらしいからねえ。なかなかお目にかかる機会はないけど、魔物としての形態を保ちながら魔人と同等の知力を持つだとか、人に擬態することもできるだとか言われてるね。時たま人に混じって村や町に顔を出す変わり者もいるとか」 「へえ」 「ドラゴンから取れる魔石は膨大な価値がついててね。国だって買い取れるレベルさ」 「ほお……」 「見たいかい?」  ごそ、と意味ありげに自分の外套の中を探るシルビオに、まさか持っているのかとセナは慌てて辺りを見渡す。誰かにこの話を聞かれていたら、強盗や盗みにあってしまうかもしれないと考えたからだ。周囲は騒がしく、運良くセナとシルビオに注意を払っている人間はいないようだった。視線をシルビオに戻すと、真剣な顔でこちらを見ている。 「み、見せてもらえるんですか……?」 「…………」 「……っふ」 「ふ?」 「持ってるわけないじゃないか。俺は只の行商だよ」  笑いながらひらりと両手を振られ、担がれたのだと分かって気が抜けた。肩を落としたセナに、シルビオは肩を震わせて笑っている。セナの真剣な顔がよほど面白かったのか、笑いはしばらく引かなかった。セナの気分転換にと話を振ってくれていたのだと気づいたのは、随分後になってからだった。

ともだちにシェアしよう!