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21.社畜復活!?夢ならばどれほど良かったか ※R18描写なし

 けたたましい電子音が耳に突き刺さる。重たい瞼を押し上げたら、視界に入ってきたのは引っ越し当初に買った青いカーテン。そしてその向こうから透ける朝日だった。 「……夢」  手探りでスマホを操作し、アラームを止めて起き上がる。手足が泥に浸かったように重たくて、生ぬるい布団の感触に後ろ髪を引かれながら洗面台へ向かった。 「…………」  ユニットバスの中にある洗面台の鏡に映る自分は、頬が扱けた生気のない顔をしている。瞼の奥の目は明るいはずの風呂場の照明を反射せず淀んでいるし、髪は寝ぐせでボサボサだ。歯を磨きながら、目の前の自分と目を合わせる。機械のように澱みのない手つきで行われる歯磨き、頭の中では今日会社でこなさなければならない業務が目まぐるしく踊っている。 「…………」  妙な夢を見たものだと、セナは口を漱ぎながら思った。吐き出した水が排水溝に吸い込まれていくのを目で追いながら、ため息が一つ漏れた。 「溜まってんのかなぁ」  洗面を済ませて服を着替え、最短時間で自宅を出る。駅までの道を足早に進んで満員電車で消耗し、会社に辿り着けば難しい顔をした上司に朝から小言を飛ばされた。盛大にため息をつかれたが、すみませんと頭を下げて自分のデスクに戻る。 「浅羽さん」  自分の名字を呼ばれるのは随分と久しぶりな気がする。夢の中では、誰もが当たり前のようにセナと呼んだ。現実では家族以外でセナなんて親しげに呼んでくれる人は居なくなった。それを気にするほどの、余裕もなかった。 「はい、何でしょう」 「あの、今度の金曜日、親睦会ってことで飲み会しようって話になったんですけど」  8個下の後輩が、人懐っこく笑っている。優しそうな顔立ちの彼は入社当時から先輩に可愛がられ、新しく入ってきた後輩にも慕われる社員だった。こういった飲み会も、定期的に行われているらしいことはセナも知っている。彼らだって忙しく仕事をこなしてるのに、元気なことだなとそんな風に思っていた。 「あぁ……」 「浅羽さんいつも忙しそうですけど、もしよかったら……」 「浅羽ァ!ちょっと来い!」  大きな声で呼ぶのは、朝一番に小言をぶつけてきた上司だ。セナの生活に余裕がないのは、この上司が原因でもある。何が不満なのか、入社当初からセナを目の敵にして仕事を次々と積んでくるのだ。 「すみません、課長が呼んでるので」 「あ……あの、返事はぎりぎりでも大丈夫なので」 「いえ、ちょっと疲れが溜まってて……やめときます」 「あ……」  残念そうな顔をする後輩に背を向けて、セナは上司の所へ足を運んだ。背後で、後輩と仲のいい女性社員がなぜ浅羽に声をかけたのかと不満そうな声で聞いている。だから行きたくないんだ、そんな言葉は毎度胸の中に降り積もっていた。  上司から押し付けられた新しい仕事を横目に、今抱えている仕事に手を付ける。上司の巡回の度に嫌味を言われ、他の同僚と仕事の進み具合が遅いことを叱責される。ついでに更に新しい仕事を押し付けられた。精神をかき乱されながらも昼休み返上で仕事を続け、ひと段落ついたのは夕方。もう定時という頃だった。  周囲で口々にお疲れ様です、お先に失礼しますと言う声が飛び交う。帰り支度を始める彼らを横目に、セナはキーボードを叩き続ける。遠慮がちに自分へ声をかけてくる同僚には返事をし、視線はモニターから逸らさない。ふと影が差して、セナは一瞬気を取られた。声をかけてきたのは、飲み会に誘ってくれた後輩だ。 「浅羽さん、あの大丈夫ですか?」 「え?あぁ……はい……」  気遣わし気に声をかけてくる彼に、セナは気のない返事をする。ほとんどの意識をパソコン画面に集中させているせいで、なぜ後輩が立ち去らないのか疑問にも思わなかった。 「あの……手伝いましょうか、」 「浅羽ぁ!頼んだ仕事、明日朝一にはできるよなァ?」  割り込んできた上司に両手を肩に置かれ、押さえつけるように圧をかけられる。いつもの事だ。問いかけるような口調ではあるが、終わらせろ、という命令だ。セナには頷くしか選択肢はない。 「はい……」 「ほら、浅羽はできるってさ。お前ら今日は飲み会だろ?俺からも餞別やるよ」 「えっ……」 「いいんですかぁ?ありがとうございまぁす。ほらぁ、早く行きましょー」  セナには最悪な上司であるが、他の同僚には良い上司である。あっさりと上司から現金を受け取った女子社員が、後輩に腕を絡めて連れて行く。気まずそうにこちらを振り帰った後輩は、それでも最後には立ち去って行った。 「じゃ、あとよろしくな」  最後に力を込めて握り締められた肩が痛んだが、それに気を払っていては仕事が終わらない。ニヤついた顔でこちらを覗き込んでから帰っていく上司を横目で見ながら、セナはため息をついた。気が付けば、フロアには誰もいない。照明を消していった上司のせいで、明かりすらパソコンのモニターの光しかない。 「いつものこと……いつものことだ……」  毎日、飽きもせずに繰り返していた日常だ。ほんの少し胸が軋むのは、今日の夢見が良かったせいか。資料から必要な情報を拾い上げながら、そんなことを考える。 「……良かったか?夢見」  淀みなくキーボードを叩いていた手が、ふと止まる。訳の分からない世界に突然飛ばされたかと思ったら、魔物から凌辱を受けた。セナの知っている漫画や小説の異世界転移であれば、有利な条件で生きていけるスキルがもらえるはずだ。なのに、そのスキルが原因で入れ代わり立ち代わり男に尻を掘られる羽目になった。だが、それでも。 「ふふ……」  つい笑ってしまうぐらいには、彼らは優しかった。まだ顔も名前も、あまり言いたくはないが触れ合った感触も思い出せるぐらいには夢の内容は鮮明に残っていた。  ゼガイやミルラ、ロコ、ウィルも、だ。ステータスアップを目的としていたからだとしても、皆セナに触れる時には気遣いと優しさがあった。だからこそ拒み切れず、セナは流されたのだと思う。人との触れ合いに、それほど飢えていたと気づいたのは起きてからだったが。 「っ……」  思い出していたせいか、ゾク♡と背筋を駆け上がる甘い感触にセナは息を詰めた。腹の奥が疼くような気さえして、膝を擦り合わせて気を散らす。 「ぁ……ぇ?」  だが気のせいでなく、乳首を何かに突かれた。勃起した乳頭を押すように力がかけられ、グリグリと捏ねられて滑り落ちた快感に腰が跳ねる。 「な、んでぇ……♡ぁあ゛ッ♡」  訳も分からず伸ばした手は、冷たい机に触れる前に何かが絡みついてきた。同時に座っていた椅子がぐにゅりとセナの体の形に歪んでいく。 「……――ナ!セナ!起きろセナ!」 「え……!?」  一瞬にして視界が晴れた。晴れたというよりは、セナが目を開けたのだ。目の前には逆さまになったウィル達クロエネダのメンバーがいて、各々武器を構えている。ウィルは右のこめかみから流血しており、ルーシャは脇腹を押さえて立っていた。ゴルシュもロコもダメージを受けており、戦況は良くないようだった。だが、誰と戦っているのか。 「ぁえ゛…?」 「セナ!」 「生きてたのね!」 「今助ける!」  状況の把握ができないセナは、どうにか逆さまになった視界を戻そうと藻掻くが何かに縛られているのか全く動かない。どうにか首を曲げて自分の体を見下ろした先に、緑色の蔦が巻き付いていた。 「あ……思い出した……」  セーフルームで冒険者二人に襲われ、シルビオに助けられた。戻ろうとしたところに地面から這い出してきたこの緑色の蔦に首を絞められて、意識を失っていたのだ。優しい夢だと思っていた異世界が現実で、さっきまで見ていた現実が悪い夢だった。 「せ、な……セナ」  強い力で引き上げられた先に、男がいた。筋骨隆々ムキムキマッチョの男だが、肌が緑色をしている。膝から下は蔓の束が解けるようにばらけてセナを拘束していた。地面には大木の根っこの様な物が張り巡らされ、それらも男の足元に繋がっていた。  これがダンジョンに発生した魔人だ。気づいたセナが拘束を解こうと身を捩っても、巻き付いた蔓はビクともしない。それどころか無防備に顔を近づけて、息もかかるような近さでこちらを凝視している。人間にない縦の瞳孔が糸のように細くなってから一気に広がった。ギラギラとした深い緑色の光彩に、興奮の色が混じっているのが分かる。 「な、なに……」 「セナ、セナ……また会えた」 「え?え?」  顔に頬擦りされ、抱き締められる。また、と感極まったように魔人は言うが、セナにはこの魔人に見覚えはない。 「セナ!?」 「セナが食われるぞ!ロコ!魔法を!」 「いや、セナに当たる」  魔人がセナの首元に顔を埋めたのを見て、クロエネダのメンバーが色めき立つ。セナが捕食されると思ったらしく、ウィルが切りかかってくるが魔人が指先から伸ばした蔓に弾かれる。追撃してくる鋭く尖らせた蔓の攻撃を避けて距離を取るしかなく、こちらには近づけないようだった。 「セナ、俺を覚えてない?」 「えっ……と、覚え……?」 「俺セナにもらった力で強くなった。強くなって、セナと同じ姿になれた」  口振りから、どこかでセナがステータスアップのスキルを使用した相手なのだろう。それが魔物であるというなら、対象は限られる。浮かんだのは、異世界転移して初めて遭遇したあの魔物だ。ルーシャも色んな条件で魔物が進化すると言っていた。 「あ、あの時の……植物の」  恐る恐る呟いてみれば、魔人は弾けるような笑顔を見せる。そうしながらもクロエネダのメンバーからの攻撃を受け流し、時には反撃しているのだからその強さが恐ろしい。 「覚えてた!俺の事!」 「いや、ちょ、え?」 「セナ!」  頭を抱え込むように抱きしめられると、濃い植物の匂いがする。森の中、というよりは草むらに顔を突っ込んだような青臭い匂いにこの男が元が植物なのだと強く実感した。 「セナ、邪魔な奴ら今殺す」 「は?いや、待って待って!」 「さっきからチクチク痛い。殺せば終わる」 「ウィルさーん!攻撃止めてー!いったん休憩してくださーい!」  声を振り絞って張り上げ、自由になる両手を思い切り振ってアピールする。振り返ると、クロエネダが恐る恐る武器を下ろしている所だった。 「セナ?」 「き、君も!攻撃しない!」 「でもチクチク……」 「チクチクしないように言ったから!ほら!もう痛くないだろ?」  クロエネダの実力を疑っているわけではない。魔人の実力もセナは正確には推し量れない。それでも戦闘を止めたのは、4人が総攻撃を繰り返しているのに魔人はほぼ無傷でセナと話をする余裕まである魔人が攻撃を本格化させるなら、クロエネダに相当不利な状況となるのではないかと思ったからだ。 「痛くない」 「な?痛くないから、ちょっとだけ離して」 「いやだ」  未だセナを抱き締めている太い腕を軽く叩き開放してもらおうと腕を突っ張っても、それ以上の力で抑えられセナの胸元に額を押し付けられる。魔人であるのには変わりないのだが、駄々を捏ねる子供を相手にしているような気になる。 「じゃあ、一緒に話しに行こう。痛い事はしないから」 「…………」  下唇を突き出して拗ねた顔をしているが拒否はしないようだった。これがあの時襲ってきた植物型の魔物だというなら、なぜここまで懐かれているのか。理由は分からないものの、今自分を抱きしめている腕と体に絡まった蔓に力を籠められれば全身の骨が砕けることは分かる。 「行こう」 「……うん、ちょっと待って」  分かるから、宥め賺してどうにか了承してもらう。地響きのような音が響いて、部屋に張り巡らされていた木の根が動き始めた。それは自分が捕まった時と同じ音で、あれは地面の中で木の根が動いていた音なのだと気づく。木の根がすべて魔人の所へ戻ってくると、魔人はセナを抱きかかえたままクロエネダの方へ歩き出した。 「セナ!大丈夫か!」 「一応、俺は大丈夫です。あのこちらの魔人は……その、俺がこの世界に来た時、一番最初に襲ってきた魔物で……」 「一番最初って……ブラックウルフじゃなくて?」 「あれは二番目でして……その、ステータスアップのおかげでこうした姿になれたそうです」  クロエネダのメンバーが顔を見合わせるのを、セナは首に巻き付く太い腕を宥めるため軽く叩きながら眺めていた。  彼らが戸惑うのも無理はない。ゼガイには軽く話したが、クロエネダにブラックウルフの他に魔物に犯されたことは話していなかった。しかもその魔物がステータスアップ後に上位の魔物へ進化、更には魔人へ変貌を遂げているとなれば、にわかには信じられないだろう。 「セナ、……鑑定を行ってもいいか」 「え?今?」 「今、だ」 「カンテイ?何?セナ痛い?」  ぐう、と首に巻き付く腕に力が入る。セナを抱え込むように魔人が身を捩って彼らから庇うような体勢になった。制止しようと上げた声は、情けなくへしゃげている。 「だ、大丈夫、大丈夫だから、苦しいよ」 「ほんと?」 「本当。大丈夫。ロコさんも、鑑定してください」 「……、わかった」  一拍。間が空いてロコが盛大にため息をつく。それを見てセナも自分のステータスを開いて確認してみた。 「……テイム……?植物魔人……?」  スキルの部分に、今までは確認できなかった文字が白く浮かんでいる。スキルが開花したようだ。そして名前や身長などの基礎ステータスの一番下、開花スキル一覧との間に使役魔物:植物魔人(未契約)との表示がある。 「これはどういう?」 「セナは魔物を使役するスキルを会得した。今はこの魔人がセナに従う事を了承、あるいは希望している状態だな。あとはセナがそれを受け入れて、魔法契約となる。魔力を消費するから、慎重に」  つまり、この魔人はセナに使役されたいと思っているらしい。  自分を囲い込んで離さない魔人の顔を見ると、彼もこちらを見つめてくる。きゅっと目じりのつり上がった目には白目が無く、薄い緑色をしている。虹彩が濃い緑色で、瞳孔は縦に割れている。薄く開かれた唇の奥には尖った歯が並んでいて、人成らざる者であることを主張していた。 「セナ?」  軽く首を傾げて見せる様は、表情もあってかどことなく幼く見える。見た目はムキムキマッチョの成人男性であるはずなのに、だ。魔人は魔物よりも知能が高く、ずる賢くて悪辣だと教えられていたが、そうでもないのか。 「えっと、使役すればこの子は悪い事しませんか?」 「……セナが本気で命じれば、魔力を媒介に使役した魔物の抑制は可能だ」 「まさか連れて行く気じゃないでしょうね!?」  尖らせた声を上げたルーシャにつられたか、魔人が警戒心を露にする。セナの体を自分の後ろに隠したかと思えば石の床を割りながら地面を進んだ根が杭のように飛び出してルーシャを襲った。咄嗟に飛び退いて事なきを得たルーシャは、短剣を構えて声を張り上げる。 「セナ!そいつに動くなって言いなさい!その間にアタシが仕留めてあげるから!」 「ルーシャさんやめてください!君も!攻撃しない!」 「何を絆されてるのか知らないけど、そいつは魔人なのよ!?」  不満そうにルーシャを睨みつけた魔人は、渋々と言った様子ではあるが攻撃の手を止める。ルーシャの眼前でぴたりと止まった蔓の先端は、植物であるというのが嘘のように鋭く先から滲む液体は滴り落ちた先から床の石を溶かして穴を開けた。毒液まで持っているのかとゾッとしたのを隠しながら、セナは魔人に話しかける。 「ねえ、君は俺の言う事を聞ける?」 「セナの言う事?」 「そう。俺が言うまでは、誰も攻撃しない。痛いことはしない」 「……セナが言うなら」 「ルーシャさん聞きましたか?この子は攻撃しません。だから武器を下ろしてください」 「アンタねえ……!本気でそう思ってんの?!後ろからぶち殺されたって文句言えないのよ!」  激高して怒鳴り散らすルーシャには悪いが、セナは従いたいと頭を垂れている者の首を刎ねるような真似はできない。命じれば従うしか道のない者に、殺すために動くなと命じることもだ。  そんな事をすれば、日本にいた上司と何が違うのか、分からなくなる。 「いい?絶対に人に攻撃しないこと。何があっても」 「わかった。そしたら、セナと一緒にいられる?」 「……、うん。一緒にいられる」 「あ!」 「バカ!」  頷いた途端、魔人と触れ合っている場所から魔力が抜けていく感覚に襲われる。力の強い魔人との魔法契約でどれほどの魔力が消費されるのか、考えなしに頷いてしまったのを少しばかり後悔した。 「契約は成立した。……してしまった」  幸い、セナが意識を失う程の消費はせず、重い疲労感が体にのしかかってくる程度だった。ロコが鑑定をしながら苦々しく呟き、それでセナは魔人を使役する契約が終了したのだと知る。 「あー……そしたら、何だ?一応、クエストは終了か」 「達成とは言い難いが、ギルドに判断を任せよう」 「…………」  ウィルとロコが苦笑交じりに言い、ルーシャが舌打ちをして短剣を鞘に納める。  ダンジョンマスターの魔人が使役されたことで、討伐、という扱いになるのか奥の宝物庫が音を立てて開いた。中を覗くと、セナがいた頃と同じように、いやそれよりも多くの金銀財宝が煌めいている。クロエネダのメンバーがあの時ある程度持って帰ったはずだが。 「ダンジョンマスターが変われば、中の財宝も増えたり減ったりする。ダンジョン内で死んだ人間を取り込んだ時の装備品とか、魔物からドロップするアイテムとかな」 「ああ……」 「まあいい、今回もいくつか持って帰ろう」  各々散らばって財宝を集めるのをセナが眺めていると、同じようにそれを見ていた魔人がするすると蔓を伸ばしてごっそりと金貨を掬い上げる。ご丁寧にも、蔓の先端が葉のように広がってスコップの役目を果たしていた。 「セナもキラキラほしい?」 「あぁ、ありがとう……君が持っててくれる?」 「うん」  ぎゅ、と大事そうに握り込まれる葉は音もなく魔人の体に収納されていく。これでしばらく生活費には困らないなと現実的なことを考えながら、セナは未だ自分を拘束する蔓の束を突いた。 「離してくれる?」 「置いて行かない?」 「置いて行かない」 「わかった」  一つ一つ確認をしなければ不安があるのだろう。無理矢理に言う事を聞かせれば暴走するのは子供じみた反発心だ。お願いすれば、素直に開放してくれる。だが。 「おわっ……!」 「危ない!」  地面に足がついた瞬間、力が入らずによろけた。無様に転がりかけたところで魔人の蔓に掬い取られ、再び拘束されてしまう。だが今度は、体に蔓が巻き付くことはなく幼子のように体を抱き上げられた状態だ。 「セナ、危ない」 「ごめん……」 「セナこのまま連れてく」  それぞれに財宝を回収し、帰り支度を始める。魔人のいたボス部屋の入り口がいつの間にか閉じ、別の道が開けていた。セナも見覚えのある、ダンジョンマスターを倒したパーティーだけが通ることのできる近道だ。 「これから外に出るよ。あの人たちの後ろについて歩いて」 「わかった」  クロエネダが先に通路へ向かう。ダンジョンマスターとなってしまった魔人が部屋から出られるのか少しだけ不安だったが、セナとの契約が済んだ今魔人は既にダンジョンマスターから外れているようだった。何の障害もなく通路へと歩み出て、そのまま歩を進めることができる。 「この後はまた魔人がダンジョンマスターになるんですか?」 「いや、恐らくはまたゴブリンキングだろう。魔人っていうのはダンジョン内でも自然発生しない」  背後で音を立てて石の壁が床からせり上がる。退路は閉ざされて、セナ達はダンジョンの出口へ向かって歩き出した。  この後、しばらくは正規ルートからボス部屋に繋がる入口も閉ざされたまま開かないそうだ。魔素が蓄積され濃度が上がり、ゴブリンキングが発生すれば扉は外部からの侵入者を招き入れるために開くようになる。入ってきた者がゴブリンキングに倒されれば、死体はダンジョンにのみ込まれ一部となる。そうやって、ダンジョンは少しずつ成長していく。 「君は、どうやってあの部屋に行ったの?」 「セナと会った後、食べ物取りに行った。途中で他の魔物に会った。いつもは逃げる。でも俺強くなったから戦って殺した。セナのいる所に戻ったけど、セナは居なくて……、探しに出ようとしたときに隣の部屋に大きいヤツがいたからそれも戦って殺した。そしたら、この姿になれた。なれたけど、部屋から出られなくなった」  ならあの時あの場に留まっていれば、当時はまだ魔物だった魔人が戻ってきたというのか。食べ物を持って。魔物とは、そこまで心がある物なのか。 「ゴブリンキングの討伐を魔物が行ったせいで、ダンジョン内の序列が書き換わったんだろう。お前、ゴブリンキングを喰ったな?」 「うん」 「ならゴブリンキングを吸収したことで魔物から魔人に変化したんだ。ダンジョンはゴブリンより上位の魔人をダンジョンマスターと認めたわけだ」 「迷惑。俺はセナを探したかった。部屋から出られないから、いちいち根っこで探すしかなかった」  むすっと頬を膨らませる魔人が言い、セナはダンジョンに張り巡らされていた木の根を思い出す。あれは全てこの魔人の一部で、セナを探していたという。 「なんで俺だってわかるの?」 「何で分からない?もらった魔力を覚えてる。あと、ソイツとソイツ、セナの魔力ちょっとだけ持ってた」  ウィルとロコを指さして、魔人は彼らを睨みつけた。ステータスアップする時間はもう過ぎてしまったが、魔人のいるボス部屋に辿り着いた時にはまだ効果があったようだ。  もし魔人がボス部屋に拘束されることなくダンジョンを動き回っていたら、遅かれ早かれ街に出てきていただろう。セナに辿り着くまでの道中にどれほどの人が犠牲になったかと考えると背筋が寒くなる。 「ねえ、誰か殺したりしてないか?してないよな?」 「人間?どうだったかな、多分死んでないと思う。俺を見るとみんな逃げて行ったから」  自分のせいで誰かが死ぬなんて言う事になったら、セナは耐えられない。魔力を奪われた女も横っ腹を抉られていた男も、セナがダンジョンに潜る前はまだ死んでいなかった。 「頼むよ、もう絶対人は殺しちゃだめだからな」 「わかった。セナが言うなら」  この口約束にどれほどの拘束力があるかなど、セナは知らなかった。あまり口を挟まないクロエネダが、互いに目配せをしながらこの話を聞いている事にも気づいていなかった。

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