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第7話①
個室の居酒屋で打ち合わせた旅行にやってきたのは、予定通り11月初旬の連休だった。気温は低いが天気も良く、絶好の温泉日和となった。
ターミナル駅から出ている高速バスに揺られてやってきた温泉街。チェックイン前に旅館に荷物を預けてさぁ温泉街で食べ歩きだ、と手始めに温泉卵を買ったら店を出たところで女の子に声をかけられた。惇嗣ではない、喜勇が、だ。
「あのぉ……写真撮ってもらえますか?」
「え、……、」
「俺持っててやるから」
喜勇はカップに入った温泉卵を片手にちょっとだけ嫌そうな顔をしたが、断りの言葉が出ないみたいなのでカップは惇嗣が持ってやる。すぐさまスマホを差し出した女の子が、地名の書かれた看板と温泉街が良く見渡せる場所に移動した。
嫌なら嫌でさっさと断ればいいのに、とまどうのは喜勇の人の善さからだ。本当に写真を撮ってほしいだけなのかもしれない、でも……。そんな風に躊躇っているのは手に取るように分かるが、悩めば悩むだけどんどん断りにくくなるだけなのに。
「ありがとうございます!じゃあ、こっち向きで」
「撮ります……3、2、1、はい」
ちなみに、ありがとうございます、は撮ってくれる喜勇に向けて、だ。喜勇が撮影を断らないように仕向けてあげた惇嗣には、女の子の視線は一度も振られない。理由は言わずもがな。自撮りの技術が発達した昨今に、人に写真を撮ってもらうという選択をした理由も、また同じだ。
「これでいいっすか」
「えーと……」
スマホの持ち主の女の子が、喜勇の手首を握って覗き込む。喜勇を挟んで立った反対側の女の子もスマホを覗き込むために喜勇の肩を掴んで体を密着させた。観光地での逆ナンは非常に露骨だ。狙いを隠そうともしない。両手に花。待っている惇嗣は両手に温泉卵だ。
黒髪のロングヘアにリボンを編み込んでまとめた女の子と、金髪に近い明るい茶髪のボブヘアの女の子。二人ともヘアセットも化粧もばっちりで、自分に自信があるのだろう。
こういう逆ナンじみたことは、以前から何度もあった。それこそ、喜勇と仲良くなった高校生の頃からだ。何度か一緒にお茶したり、その繋がりで合コンを開いたりしたこともあったが、逆ナンしてくる女の子はほとんど全員喜勇狙いだから、それ以上に発展したことは少ない。
「すみません、もう一枚だけいいですか?」
「え……」
「ごめんなさい、お願いします。あ、お連れさんもすみません」
我儘を言うのも手の内の一つ。はっきりと嫌そうな顔をした喜勇にもめげずに、彼女たちはもう一枚写真を撮らせる。ポーズも顔も、普段から写真を撮り慣れているんだろうなと思うようなそれだ。そうしてまた、下駄に慣れていなさそうなたどたどしい歩き方で喜勇の両サイドを陣取る。下駄に慣れていないのは、本当だろう。
惇嗣はもうガードレールに座って待っていた。彼女たちが決して喜勇の手からスマホを受け取ろうとしないから、背の高い喜勇は少し屈んで彼女たちにスマホの画面を見せる。体や顔を近づける常套手段だ。男はボディタッチに弱い。よく知っている。
「ありがとうございます!写真撮るの上手なんですね」
「いや別に。それじゃ、」
「あの、二枚も撮ってもらって申し訳ないので、お茶でも奢らせてください。ね?」
「うんうん」
これだ。別に写真の一枚や二枚どうってことないし、大した時間でもない。そもそも観光に来ているのだから、時間に余裕のない人間なんてほとんどいないだろう。それでも、だ。彼女たちは最初からそれが目的で、喜勇に声をかけている。逆ナンをするような軽い女に思われないように、予防線を張っただけだ。
他の男なら恩恵とでも言うだろう逆ナンも、今は邪魔だなぁと惇嗣は思う。喜勇もさっさと断ればいいのに、何をだらだらと相手をしているのかとさえ考える。何だかなー、とモヤモヤしたモノが胸に去来して、手に持った温泉卵を意味なく睨みつけた。
「お連れさんも一緒でも全然いいん、」
「悪いけど」
「え」
「俺ら二人で旅行に来てるから」
「あ、そう…ですか」
興覚めした感じの女の子を置いて、喜勇は戻ってきた。ん、と差し出したカップを受け取り、惇嗣の隣に腰かける。残された女の子の方を見向きもしない。惇嗣がスプーンを手に取りながらチラッと視線を上げた先では、気まずそうにこちらを振り返りつつも歩いていく二人が見えた。
「相変わらずですなぁ喜勇くんは」
「さっさと断ればよかった。時間の無駄だった。……ん、これうまぁ!」
未練なくそういう喜勇は、小さなスプーンですくった温泉卵の味に顔を輝かせている。隣で惇嗣も温泉卵をすくって口に運んだ。半熟卵のトロトロ感にタレの濃い味が混ざって美味い。
温泉卵に舌鼓を打ちながら、可愛らしい女の子二人からの誘いを時間の無駄と言い切った喜勇の横顔を眺める。未練の欠片もなさそうな顔に、着飾った女の子より自分との時間を選んだのかと思うとくすぐったいような気持になった。
「惇嗣はさ」
「ん?」
「女の子とお茶したかった?」
声を掛けられたのも狙われてたのもお前だけで、それに喜んでついて行きたいなんて考えてたらそれは情けないだろ、と言い訳が先に頭に浮かぶ。浮かんだけれども、本当の本音を言わせてもらえば、興味がない、だった。それこそ喜勇とセックスするような仲になる前なら、僻みながらもチャンスだと喜んでいたかもしれない。やるなお前、友達紹介してもらえよ、なんて言っていたはずだ。なのに今では、これっぽっちも興味は持てなかった。邪魔だとすら思っていたぐらいだ。
けれどこちらの反応を伺うような、何だかちょっとだけ期待するような顔をしている喜勇を眺めていたら正直に言うのは何となく悔しかった。
「べぇっつにー。寒いから次行こうぜ」
11月初旬の温泉街はもう大分寒い。惇嗣はダブルのライダースジャケットでは足りず黒いスヌードを巻いているし、喜勇はグレーのモッズコートに身を包んでいる。それを理由にして、惇嗣は喜勇の腕を引いて立ち上がった。
温泉卵を買った店先のゴミ箱にカップやらスプーンを捨て、予約していた昼飯の店の場所をスマホで確認する。
「ちょっとぐらいヤキモチ妬いてくれてもいいのになぁ」
「何言ってんだよ……」
さっきの女の子みたいに肩を寄せてスマホを覗き込んで喜勇が言う。この間ホテルに行ったぐらいから、こういう発言が増えた。こういうとは、恋愛的な感情を露わにするような言動だ。喜勇が自分を好きだと言うのはだいぶ前から知っていたから今さらと言えば今さらなのに、悪い気もしないから茶化してうやむやにもできない。毎回受け止め損ねて、もにょもにょと言葉を濁していた。
「そりゃお前そんな格好してりゃ女の子も寄ってくるわい」
「何でよ」
グレーのモッズコートの下はネイビーのスウェットに黒いスキニーパンツ、黒のスニーカー。黒革のメッセンジャーバッグを肩から掛けている。いつもの格好ではある。モッズコートもスニーカーもバッグも、去年以前から持っているものだ。
「お前さ、身長いくつだっけ」
「187」
「まー、大きく育っちゃって」
「母さんにも言われる」
モッズコートもスキニーも、喜勇のスタイルの良さを引き立てている。香水でもつけているのか妙に良い匂いがするし、髪の毛もちゃんとセットしているときた。旅行だから、遠出だからという理由を抜きにしても、気合が入っているのがよくわかる。ときどき、日の光のせいかキラキラしているような気さえするから、見た目がいいというのはすごいなと思う。
「気合入ってんじゃん」
「……、そりゃそうでしょ」
つん、と唇を尖らせた喜勇が、前髪を触りながら惇嗣を覗き込んできた。背が高いのに、なぜか上目遣いで見てくる。
「え」
「惇嗣との旅行じゃん。気合いだって入るでしょ」
「あー……、そう、そうね。お、予約してた店ここからすぐだってよ」
分かっててやっているのが惇嗣を苛立たせるが、同時に自分との旅行だから気合いを入れて着飾ってきたというのに心が湧き立つ。嬉しいと素直に認めるのは面映ゆく、まだ抵抗があった。
覗き込んでくる喜勇から顔を逸らして、スマホのマップが指し示す場所を目指して歩き出す。機嫌良さそうに微笑みながら、喜勇は隣をついてきた。
「惇嗣は?」
「何が」
「身長」
「172だよ。これでも平均身長だからな、っ?!」
スヌードの下から手を滑り込ませた喜勇の手にうなじを撫でられ、冷たさに思わず身を竦める。湧き上がる怒りと羞恥に任せて睨むが、喜勇はどこ吹く風だ。
「つめてぇって」
「ちょうどいいよな」
「は?」
首筋を掴まれるような感じでグイッと引き寄せてくるから、よろけて喜勇の胸元に肩が当たる。すれ違う人間には男二人の旅行客がふざけ合って肩を組んでいるように見えるだろうが、スヌードの下でうなじを撫でる手は友人がする動きではなかった。
「身長差。惇嗣ぐらいがちょうどいい」
「あのな……っ、ん」
耳の裏を撫でていく感触につい喉が鳴る。ざわつくのを押さえて喜勇の肩を押して離れ、耳元に残る微弱な熱を振り払うように自分で擦った。
「お前なあ外だぞここ」
「外じゃなかったらいい?」
「まぁ……それは」
「じゃあ楽しみにしとく」
断る理由は何もない。惇嗣が喜勇とのセックスを気に入っているのは分かっているはずなのに、やはり最近の喜勇はこうして惇嗣に聞きたがる。意識させようとしているのは分かるが、どうにもむず痒い。んふふ、と笑う喜勇になぜか負けた気持ちになりながら、予約している店へ向かった。
予約していた蕎麦屋は大変美味だった。付け合わせの天ぷらも含めてボリュームが十分あって、男二人の腹を十分満たしてくれた。奥まったテーブル席で湯呑に入った暖かいお茶を啜りながら、惇嗣は満足げにため息をついた。
「はー、食った食った」
「美味かったなぁ」
身長と体格とは関係ないのかもしれないが、喜勇は和食を好んで食べる。二人で定食屋に入っても、唐揚げやらチキン南蛮やらの重ための揚げ物を選びがちな惇嗣と違って、焼き魚定食や刺身定食を選んでいることが多かった。
「ここの近くに足湯があるから寄ってこう」
「ああ、いいな」
会計を済ませて店を出た二人はスマホでマップを確認しながら歩き出した。温泉街の道は広くはないが舗装されていて歩きやすい。道沿いには土産物屋が並び、名物らしい食べ物の屋台もちらほら見えた。
街の中心にある湯畑の周りには、いくつか足湯がある。人の少なそうな場所を選び、靴を脱いで浸すと暖かい湯が冷えた足をじんわりと温めてくれる。足先から少しずつ温められる感覚は、寒さに縮こまった体をほぐされるようだった。
「うわ~~……」
「ヤバい」
「気持ちいい」
「気持ちいい」
二人で同時に感嘆のため息をついて、言葉が被って笑い合う。真似すんな、お前がな、とひとしきりじゃれ合って、道路の向こうでもうもうと湯気を上げる湯畑を眺めた。整備された歩道を行けば、湯畑にはもう少し近づける。湯滝と呼ばれる温泉の滝のすぐ側まで行けるらしく、人が多く行き交っていた。
温泉街はこの湯畑を中心に店や宿が広がっている。さっきの女の子たちは、今いる足湯とは湯畑を挟んでちょうど反対側にある温泉卵の店の前で声をかけられた。
「温泉饅頭とプリン買って帰ろ、ここ美味いんだって」
「土産は明日でいいんじゃねえの」
SNSに投稿された短い動画を見せる。この温泉街を紹介した動画で、主にグルメやスイーツに焦点を当てた内容だ。湯畑を背景にプリンが二つ、乾杯するようにガラスの瓶をぶつけ合っている。次のカットでスプーンが掬うプリンはツヤツヤプルプルで美味そうだった。
「ホテルで食べんの」
「あー」
「喜勇も食う?」
「いや、俺は良いかな」
甘いものがそれほど好きでない喜勇は興味なさそうに動画を見て、自分のスマホを弄りこちらに見せてくる。覗き込むと、同じような短い動画の中でいくつかの店が紹介されている。
「これ、ぬれおかき食いたい」
「おー、美味そう」
「そろそろ行こ。俺汗かいてきた」
浸かっているのは足だけなのに全身が温まってきたせいか、背中の辺りまでポカポカしている。喜勇の方が温まったのは早かったらしく、そそくさとタオルで足を拭いていた。身長のせいかバレー部にいたからか、喜勇の手足は大きい。
「でっけぇなぁいつ見ても」
「足?」
「足も手も」
「なかなかサイズなくて困る」
惇嗣も自分の足を拭き、靴下とスニーカーを履く。高速バスに揺られた疲労が抜けたような気がして、ぐぅ、と伸びをする。隣の喜勇も同じように感じたのか、足首をぐるぐる回していた。
「あー、温まった」
「意外と足だけでも疲れが取れるな」
「なー。あ、どの店が一番近い?」
「えーと……」
二人でスマホを覗き込み、すぐ脇の通りに全部の店があるのを知る。中心地から西に伸びる通りで、飲食店や宿が多く並んでいるらしい。
「ぐるっと回って戻ってくりゃちょうどいいんじゃん?」
「ちょうどいい時間になりそうだな」
「土産も選んどこ。目星つけてさ、明日買って帰ろ」
「それいいな」
スマホから目を離して歩き出す。連休中の観光地は人が多いが、差し迫った用事もないので特に気にならない。観光地は通る人々が路肩に並ぶ店や景色に視線をやっていることが多いため、歩調が遅かったり突然立ち止まられたりと人混みを歩くのは大変だ。けれど背の高い喜勇は目立つようで、一緒に歩いていると大抵は前からくる人間が自然と避けてくれる。
結局、食べ歩きと土産選びを繰り返し、往復kmもない道のりを2時間以上かけてだらだらと歩いた。目的だったプリンと温泉饅頭を購入できたし、喜勇もぬれおかきを食べ歩き分だけでなく土産分も先に購入し満足げだった。
「あの……昼間写真撮ってくれた人のお連れさんですよね」
旅館で再び声をかけられたのは、大浴場へ行く前のことだった。チェックインを終えて部屋に案内された惇嗣と喜勇は、大浴場へ向かうべく二人で部屋を出た。その途中、喜勇が忘れ物をしたとかで部屋に戻り、惇嗣は一人で売店を冷かしながら待っていた。
和風の美しい柄の手ぬぐいをぼーっと眺めていた惇嗣が顔を上げると、昼間声をかけてきた女の子が二人並んでこちらを見ている。昼間に見た浴衣ではなく私服を着ていた。これからどこかへ出かける予定なのか、化粧もしっかりされていた。
「あぁ、昼間の」
「やっぱり。同じ旅館だったんですねー」
「すごい偶然。あの、写真撮ってくれた人はどこに?」
ロングヘアの女の子の方が、売店の中を見渡している。背の高い喜勇は目立つが今はいない。それに気づいて、少し肩を落としていた。
「今部屋に戻ってるよ」
「私たちこれからお酒飲みに出かけるんですけど、一緒にどうですか?」
「あー……」
ボブヘアの女の子が首を傾げると、薄い茶髪がさらりと揺れる。束感のある長いまつ毛も涙袋も、それが天然なのかメイクによる視覚効果なのか惇嗣に判断はつかないが、彼女たちなりの努力だと言うのは知っていた。それを可愛らしいと思う時期も、以前はあった。
「悪いけど、俺たち晩飯は部屋食なんで」
「そうなんですかぁ、残念。あ、でも、連絡先渡しておくのでもしよかったら」
二人とも、そんな風に言えば断られることはめったにないだろう可愛い子だ。言いながら既にスマホを操作している所を見ても、惇嗣が断るなんて微塵も思っていないらしい。
断って食い下がられると、その間に喜勇が戻ってくる可能性もある。彼女らと喜勇を接触させたくなかった。天秤にかけて、最短時間で彼女たちがいなくなる方を選択する。
「それじゃ、連絡待ってます」
手早くSNSの連絡先を交換して、彼女たちは立ち去って行った。その細い背中を見送っていたら、売店を眺める気分でもなくなって自分も店を出た。
売店の側にあるベンチに腰かけて、交換した連絡先を眺めた。ボブヘアの女の子の方のSNSアカウントだ。よほど仲がいいのか、ロングヘアの子との写真が数多く投稿されている。今回のような旅行の写真から、普段出かける些細なことまで画像に納めてはその心情を短い文章や絵文字で表していた。アカウント登録こそしているものの、一つの投稿すらない自分のアカウントとは大違いだ。
「あー……」
堪え切れなくなってとうとう呻いてしまった。このキラキラした可愛らしい女の子の連絡先を、なぜ喜べない。もう少しうまくやれば、一緒に遊ぶことだってできそうな雰囲気なのに、なぜそうしようと思わない。心のどこかで、もう一人の自分がそんな風に嘆いていた。
「いやだってさぁ……楽しいんだもんなぁ二人の方が」
答えが言い訳のように小さく口をつく。もやつく気持ちをどうにかしたくて髪の毛に両手を差し込んで掻き回し、セットした髪が崩れる。あ、と一瞬思ったが、これから風呂に入るしまあいいかと思い直した。ベンチの背もたれに体を預けて、大きく息を吐き出す。
可愛い女の子との旅路より、喜勇と一緒の方が断然楽しい。ノリが合うとか、長年の友人だからとか、気を遣わなくていいとか、理由は挙げればきりがない。二人の間に逆ナンしてきた女の子を入れるのは、惇嗣が嫌だった。
「惇嗣」
「おー」
ちょうど喜勇が廊下を歩いてきていて、惇嗣に声をかけてくる。まだ入浴前なのに、肩からタオルを下げてご機嫌そうに歩いてきた。何となくほっとして、スマホをジーンズのポケットにしまいながら惇嗣も立ち上がった。
無料で入れる貸切風呂が空いているらしく、喜勇の強い希望でそちらから入ることになった。岩を積み重ねて浴槽にした露天風呂は温度が高めで、外気温が低いためちょうど良い。肩まで浸かっていると二度と出たくないと思うほどに心地よく、惇嗣はのぼせる寸前まで出られないでいた。
「あっちー……」
さすがにずっとは浸かっていられないと体を起こし、足だけを湯の中に残して岩に腰かける。喜勇の方はまだ肩までしっかり浸かって、気の抜けた笑みを浮かべてこちらを見ていた。
「惇嗣」
「ん?」
「お前体中から湯気出てる。おもろ」
「逆上せてんのよこっちは」
「お客さんオーラありますねえ」
ふはは、と喜勇は笑っているが、惇嗣にはよくわからない。自分の体を見下ろしても、近すぎるのか湯気は見えなかった。ただ、キン、と引き締まるような冷気が今はちょうど涼しく感じる程度だから、自分が相当ゆだっているのは分かる。
「はー……あちぃ。お前はのぼせてないの」
「まだ大丈夫。広い風呂っていいよなあ。俺ん家も実家も狭くてさぁ、いっつもちっちゃくなってた」
「そりゃアンタがでかいのよ」
長い手足をだらりと伸ばして湯船の縁の岩に頭をもたれさせた喜勇は、両手でゆらゆら湯を掻いて遊んでいる。ほんのり赤い頬で緩んだ顔から、運動を辞めて年数が経っているのに引き締まったままの体を眺めた。最近ちょっと腹が出たような気がする惇嗣は、運動と節制という言葉が頭に浮かぶ。
「どこもかしこもデカく育ったねえ」
「え、やーだ。えっち」
「いやどんだけ見てると思ってんだよ」
視線が下半身に落ちたのに気付かれて、喜勇が手でチンポを覆い隠してしまった。身を捩って背中まで向けられて、つい言ってしまってから他人のチンポを見慣れたと思うほど頻繁に見ているのだと気づいてしまう。
「……そ、そうですね……」
「いや照れんなし」
体を起こした喜勇があからさまに照れるので、自分まで恥ずかしくなってくる。全裸を晒していることにも羞恥を感じてもう一度湯に浸かってしまいたいが、まだ体は火照っていてどうにもできない。
「なあ惇嗣」
「あ?」
多少雑な反応という自覚はあったものの、喜勇は気にせず湯の中を泳ぐようにして移動してくる。チャプン、と湯の跳ねる音を立てて喜勇の手が惇嗣のふくらはぎに触れた。湯で温まった熱い手が、そのまま膝まで這い上がってくる。見上げてくる目が、露骨にギラついていた。
「そろそろ部屋帰ろっか」
「……、お前、そういう雰囲気出してるけど、これから飯だからな」
「あッ!!そーだった……」
落胆して湯の中に倒れ込む喜勇に背を向けて、惇嗣はもう上がってしまうことにした。
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