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第1話
「お前なんでそんな切り方雑なんだ!」
包丁でクリスマスケーキ入刀中の志水 に向かって山女 は険しい声を出す。
「はあ?別にいいじゃん、誰に見せるもんでもなし!」
「信じられん、本当に嫌いだ、無理、こういう奴本当無理」
「悪口聞こえてますよ~!オラ!皿寄越せ!」
嫌悪感で皿をカチャカチャ震わせている山女の手から洋食皿を奪い取り、生クリームが所々剥げたケーキを乱暴に取り分ける。
「山女くんにはサンタさんもあげよう~」とメレンゲで出来たサンタを無理矢理ケーキに埋め込む。山女は静かに「殺意しかわかんな」とだけ告げた。
晩御飯はカレーをテイクアウトして食べた。
安いチェーン店特有の辛い味ばかりするものだったけれど、誰かと取る食事が二人にとってとても久しぶりで、食べながら静かに上げる湯気や、そこにある人の気配はとても温かく感じられた。
特に会話らしい会話はなかったけれど、二人にとってそれは大切な時間だった。
「うう、おいひぃ」
志水は幸せそうにケーキを頬張っている。相変わらず間抜けな顔だなと山女は内心思いながらケーキを口に運ぶ。
ケーキはすごく甘かったけれど嫌な甘さじゃなかった。ワンホールなんていうから贅沢な値段のものは買えなかったが、十分おいしく感じた。
「おいしい」と思わず声に出ていた。しまったと思ったが志水は聞き逃していなかったらしく、こちらをシメシメと言わんばかりの表情で眺めている。山女は誤魔化すように話題を振る。
「こんなの買って、二人で食べ切れるのか」
「なんでえ?すぐだよ、すぐ!おかわり~」
山女がぎょっとするよりも早くに志水はワンピースを食べ終わっており、すぐ皿に次を入れていた。見ているこちらが胸焼けしそうだ。
「お前の胃の中はどうなってるんだ」
「だって~!ワンホールのケーキなんてすっげえ久しぶりなんだもんよお!誕生日もクリスマスも最後にケーキ出たのいつだあ?ってカンジだし。高校入ったら皆彼女とデートだしい!毎年家にはいられないしさあ~」
明るい声で何を話しているのかわかっているのだろうかと山女は表情を曇らせた。
いつからこいつはこんな寂しいことをへらへらと言ってのける癖がついてしまったんだろうと、胸が痛い。
「お前にやるよ、サンタ」
山女は誤魔化すように笑うと無理矢理志水のケーキにそれを刺し込んだ。
「ぎゃあ!潰れたっ!ケーキ!勿体無い!山女のバカ!!」と耳元で大声を出され、山女は顔をしかめる。
本当にうるさくて、騒がしくて、ガキみたいで、苦手なタイプだ――
なのに――
「お前がそばにいると寂しくなくていいな」
山女は微笑み、素直に本音を吐露した。うるさかった志水がきょとんとした顔でこちらを見ていた。何か言いたげに口をパクパクさせているが、そこからは何の音も出てこなかった。頬と耳は真っ赤だ。
突然おとなしくなるものだから面白くなって志水の耳朶を触ると体がビクリと反応した。「怖いか?」と聞くと小さく「ううん」と答えた。
「なあ、志水。今、擬似カップルなんだろ、俺たち」
「ソ、ソーデシタネ」
志水はすっかり固まって、右手でフォークをこれでもかというくらい強く握り締めていた。それを引っ張って奪い取ってやると力なく右手を畳に落とした。
「志水」
「あいっ!」
もうすでに返事が怪しい。
「――キスしていい?」
「キ!!キ、キスと言うのはあれでしょうか、あの、口と口をあれする……接吻的な例のアレでしょうか……」
志水の緊張はどうやら限界のようだった。
「今更だろ、イラマチオまでしたのに」
「イッ!!アレはお前が勝手にやったんだろう!俺の口に無理矢理ッ!あんな、あんなのッ!」
志水の過剰な反応を見て山女はある結論に辿りついた。
「お前まさか、はじ……」
「わああああ!!!うるさい!!黙れ!!黙れ!!」
「痛い痛い」
山女の口を黙らせようと志水は両手を使って阻止してくる。細い指が頬に刺さって痛い。逆に口を開けてその指を唇で捕まえてやると変な悲鳴が志水から上がった。小さく笑って手を伸ばし、志水の頭を後ろから包みそのまま優しく口付けた。驚きで瞬きを何度もしているのか志水の長い睫毛が山女の顔に触れている。短く何度も繰り返すとようやく志水の瞬きは止まり、思わず力が抜けてしまいそうになるのを山女にしがみつく事で耐えていた。長い腕を回し痩せたその体を強く抱きしめる。他人の体温をこんな近くに感じたことのない志水はそれだけでなぜか涙が出そうになる。
「これ以上はイヤ?本当にイヤならしない」
肩に顎を乗せた山女の低い声が自分の体を伝って響く、不思議な感覚だった。
「痛い……のは、怖い……」
「じゃあ、痛かったり怖かったりしたら……手を挙げる」
「歯医者かっ!」
くくく、と山女は笑っていた。自分をリラックスさせるためについた冗談なんだと志水は気付いた。答えるかわりに思い切り山女に抱きついた。
耳にキスされてなんだかくすぐったかった。
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