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おまけのふたりぼっち。(※)
「ねー惺厳 あれどこー?」
「爪切りなら化粧台の引き出し」
「ねー惺厳あれ切れたー」
「箱ティッシュの替えは押入れの下」
「ねー惺厳」
「おまえは!!おれの!!なんなんだ!!!!色んなものをすっ飛ばして最早息子か?!息子なのか?!?!そして、お茶だろ!!淹れたわ!!!!!」
「わあ。ありがとー!あと息子はひでーなぁ、せめて旦那さんとかあ〜、息子はこれひとつで十分だろー??」
「やかましいわ!!」
ヘラヘラと人の下半身を触ってくる恋人だったはずの男は、残念ながら自分の辞書に“ムード”という文字を記載漏れしてしまったようである。
はああー、と山女惺厳 は怒りの中に半ば諦めを含んだため息を大きくついた。
「理想的だと思うだろ?あれって言ったら通じてさ。阿吽の呼吸ってやつじゃん」
緑茶をズズーッと啜っては年寄りのように余韻のため息を漏らし、志水日晴鳥 は減らず口が止まらないようである。
何かを思いついたのか、惺厳は口の端を上げてニヤリと笑う。
「日晴鳥、あれしよう」
「なに?将棋?俺ルールわかんないって」
湯呑みに口をつけたまま日晴鳥は目線だけを惺厳に向けた。
「日晴鳥」
「はい」
惺厳はにっこり笑うと日晴鳥の手から湯呑みを取り上げテーブルに置き、細い足首を掴み自分の方に思い切り引き寄せた。自然と日晴鳥は背中と頭をついて倒れてしまう。
「痛い!なにすんだよ!」
「おまえ、わざとはぐらかしてるの、わかってんだからな」
じっと真顔で転んだ恋人を含みのある視線で見つめるとわかりやすいほどに頬が桜色に染まった。
惺厳にはお見通しなのだ。この恋人が鈍いふりをして能天気な男を演じていることも、本当は誰よりも繊細で人の機微に敏感なことも。それは自分に対しても例外でないことも。
先ほどまでよく回っていた口は途端に鈍くなったのか何も発さなくなった。惺厳は静かになった恋人の手を引いて身体を起こす。日晴鳥は俯いていた顔を上げ、上目遣いでこちらを見ると黙ったまま両手を広げてみせた。惺厳は目を細めて柔らかい笑みを作ると満足そうにその腕の間に身体を入れ、抱きとめ、そのまま身体を持ち上げた。バランスを取るために日晴鳥はぎゅうっと惺厳に全身でしがみつく。
そのまま簡単にベッドまで運ばれゆっくり日晴鳥は降ろされる。
最初は触れるだけのキスをして、日晴鳥が唇を薄く開けると惺厳はするりとその中に侵入した。
――クリスマスにお互いの怒りをぶつけて、いがみ合って、認め合って、馴れ合って、愛し合った。
あの日から日晴鳥は着替えを取りに行くだけで一度も家に帰っていない。
二人で年越しも正月も迎えたが、日晴鳥の母親から帰宅の催促も心配する電話も鳴ることはなかったし、それについて当たり前みたいに二人の話題に上ることはなかった。
惺厳の祖母が亡くなって以降、別の家庭で幸せに過ごす父からは餞別みたいに追加で生活費が送られ始め、それは高校生が一人生きていくには十分な金額ではあったが、惺厳は土日のバイトを辞めただけで平日は今まで通り休みなく働いた。土日のバイトを辞めたのは毎日ひとり、部屋で自分の帰りを待つ日晴鳥が可哀想になってきてしまったからだ。
先に寝てるから平気と笑っていても結局毎晩帰るまで起きているだけでなく夕飯すら食べていない。これを七日間休みなくやられてしまったら、自分の心臓が持たないと惺厳から根負けしてしまった。
日晴鳥は冬の寒い部屋にいても電気もストーブもつけずにベッドの中でぼんやり過ごしているようだった。気を遣わなくていいと言っても必要ないと返される。布団の中は十分暖かいし、惺厳のにおいがするから好きなんだと幸せそうに笑うからそれ以上何も言えなかった。お陰で惺厳は毎日職場から全速力で帰る癖がついてしまった。
惺厳は子供時代の歪んだ環境のお陰で人の愛情をむやみに信用するようにはならなかったし、自分自身祖母に対しての肉親への愛情以外は全て欠けているのだと常々思って生きていた。
中学時代告白されて付き合った彼女にも愛情は湧かなかったし、ただの年齢に従って付いてくる排出欲を満たしたいだけの関係だった。高校にあがってもバイト先の何人かの大学生と関係を持っても愛情に変わることはなかった。男とも寝れるとわかったのは高校生になってからだ。
抱き合うと暖かいだとか、幸せだとか、日晴鳥に言われるまでは考えたこともなくて、かつての自分は無意識に他人の体温を求めていたのかもしれないと初めて考えが辿り着いた。
それでも相手の愛情が欲しかったわけではないことは同じだ。他人も自分も信用できない、薄情で哀れな男だと自分自身を嘲笑う。
耳朶をぎゅっと引っ張られ少し考えごとに気がとられていた意識が引き戻される。痛いと漏らし、視線をやると拗ねた顔をした日晴鳥がこちらを睨んでいた。
自分からしたいと言っておきながら放置してしまっていたせいで恋人はすっかり臍を曲げていた。
「ごめん」と機嫌を取るように抱き締めて顔中にキスをしても腹の虫が治らないらしく、唇に触れさせてくれない。
「日晴鳥、ごめん」
「許さん。だって絶対他の人のこと考えてた」
そう言われて心臓をぎゅっと掴まれたような気がして眼を見張る。
本当に日晴鳥は自分の思考を読む力があるのではないかと、非科学的な事を思ってしまいそうだ。思わず笑みをこぼすと日晴鳥は更に難色を示した。
「なに笑ってんだ!俺は怒ってんの!なんもいい事言ってねーからな!」
「言ったよ。すごくいい事。日晴鳥は今ヤキモチ妬いた。すごく嬉しい」
日晴鳥の表情とは真反対にこれ以上はないくらいの満足気な笑顔で惺厳は言ってのける。怒りを通り越したのか日晴鳥の顔は最早呆れ顔だ。
「日晴鳥」
「なんだよッ!」
「俺の相手が日晴鳥で良かった」
「ッ……」
思わぬ言葉に日晴鳥は言葉を失い、かわりに顔を一気に赤く染めた。これは怒りでなく恥ずかしい時の顔だと惺厳は至極満足そうだ。
「日晴鳥」
「次なんか恥ずかしいこと言ったら殴るからな!」
謎の方向への逆ギレに惺厳は思わず声をあげて爆笑する。笑うなよと必死に日晴鳥は惺厳の胸をベシベシと叩いていた。
――可愛くて、愛しくて、本当に不思議な生き物だ。
嫌いだと思っていたし、自分とは正反対の人間で交わるところなど何一つないと思っていたのに、本当の日晴鳥は純粋で純情だ。口寂しいだけでやっていたタバコも今はすっかり辞めてしまった。口付けた場所からはいつも甘い味がした。
「あっ、ああ、んっ……」
下から細い身体を突き上げると全身を赤く染めた日晴鳥が恥ずかしそうに鳴いた。
堪らなくなって唇を寄せると絡ませた舌を必死に受け入れようと淫猥な鳴き声が喉から漏れている。
日晴鳥はそこまでセックスをしたがる方ではない。手を繋いだり、抱き合ったり、キスをするのが好きなようだと最近わかってきた。
誘えば嫌だとは言わないけれど何度抱き合っても日晴鳥は恥ずかしいみたいで、いつも顔を隠したり声を抑えようと抵抗していたいみたいだった。なぜ憶測かと言うと、未だかつて成功しているのを見たことが無いからだ。
セックスをしたがらないからと言っても嫌いなわけでも快感に強いわけでもない。
激しく揺らせば怖いくらいに感じて、鳴いて何度でも欲しがる。
――本人には自覚はないだろうが。
「惺厳ッ……、あっ、おなか……、あ!だめっだめっ、そこ、強くしないで……」
向かい合って座って抱き合う、惺厳はこうして日晴鳥の事を攻めるのが堪らなく好きだった。一番奥深くまで中に入り込め、その細い腰を掻き抱くと一層に繋がった場所はぎゅうぎゅうと惺厳自身を締め付け奥がビクビクと震える。細い首筋に甘く噛み付いて舌を這わす。耐えられなくなった日晴鳥が助けを求めるように惺厳の首にしがみつく。
「動けないよ、日晴鳥」
「んー、んん……」もう無理と言わんばかりに眼を瞑った日晴鳥はかぶりを振っている。
意地悪するように一気に日晴鳥の中から惺厳は抜け出し日晴鳥の背中をベッドに倒す。いきなりのことに日晴鳥の濡れた場所はひくひくと震え、熱くなった中心は我慢できなさ気にその腹に付きそうだ。
困惑した表情の日晴鳥に対し惺厳はお構い無しにその両手を取り、日晴鳥自身に太ももを持たせ開いた。ヤダヤダと日晴鳥は暴れたが、だめと叱りじっとするように言う。日晴鳥は恥ずかしさで泣いてしまいそうな顔をしたまま惺厳を眺めた。少し震えているのがわかった。
惺厳は今すぐにでも日晴鳥の中に戻りたいのを必死に堪え隠し、さっきも散々そこを味わった中指をわざとゆっくり忍ばせた。馴染んでいた筈の場所が獲物を捕らえるように中指をぎゅうぎゅうと締め付ける。惺厳はたまらず舌舐めずりした。
「ここ、柔らかいな。初めての時と全然違う」
「馬鹿!変なこと言うな!!もうっ、抜っ……」
指を二本に増やすと、途端日晴鳥は声を失った。やわやわと二本指で腹のそばを撫でるように動かすとビクビクと太ももを揺らした。日晴鳥の先端からはぬるぬると雫が漏れてくる。
「あっ、あ――っ、だめ、イッちゃ……、やだ、やだっ」
自分の太ももを抑える指が力 んだせいで強くなったのか、細い指先が柔らかい部分に食い込みピンク色になっていた。短い呼吸をしながら日晴鳥は涙を浮かべ快感に耐えていた。
自分にあるサディスティックな部分が日晴鳥とのセックスには必ず顔を出してくる。今までそんな感情が自分にあったのかと驚くほどだ。暴力的な事をしたいとは全く思わないが、恥ずかしそうに照れる姿も感じ過ぎて涙を浮かべて鳴く姿もどれも惺厳には堪らなくて、頭も自分の雄にも血液が集中して毎回おかしくなりそうだった。
日晴鳥から溢れた雫が流れ、ぬるぬると中心を伝う。根元の近くを大きな舌で惺厳が舐め上げると想定外だったらしく日晴鳥は腰を浮かせて驚いた。そのまま濡れた舌は指で開かれた縁 を舐め回し指のかわりに中に入る。
「嘘っ、しないでっ、やだ、やだあ!」
惺厳自身いつも不思議だった。なぜか日晴鳥には何の抵抗もなくなんでもしてしまうのだ。というよりもしたくなる。その身体の全てを啜って食べ尽くしてやりたいと毎回獣のような欲求に襲われる。自分しか知らない日晴鳥の場所をひたすらに暴いては印を付けたい。なんとも狭量で情けないとは思うものの本能のようなその衝動はどうすることもできなかった。
「せいが……っ、だめ、だめ」
日晴鳥の震えに倣って揺れる中心を手でしごいてやると壊れそうに嬌声が上がり、日晴鳥の限界が近いのがわかった。最後まで追い詰めると足を抑えていた両手は必死にシーツを掴んで攻め上がる快感に耐えていた。一際大きな声を出すと日晴鳥は全身を痙攣させて全てを吐き出していた。薄い腹にいやらしく出されたものが伝う。
全身で息を切らして日晴鳥は呼吸をなんとか整えようと必死だった。瞑った両目からは涙が滲んでいる。惺厳は手でその頰をゆっくりさすり、涙を拭うと薄っすら開かれた日晴鳥の潤んだ瞳を見つめた。
「大丈夫?」
ぶんぶんとかぶりを振り「惺厳の馬鹿」と羞恥からくる怒りで日晴鳥の顔は真っ赤だった。
ごめん、と謝り優しく口付けると日晴鳥もそれに応えた。
「惺厳……」
湿った吐息でそう呼ばれたのは名前だけじゃない、その中に含まれた意味を惺厳は理解してもう一度口付ける。
先ほどよりさらに硬くなった惺厳のそれをもう一度日晴鳥の中に押し入れると、先端を挿れた途端ぬるぬると惺厳を飲み込んだ。
「惺厳、入……って、も、と」
腰を揺らされ思わずこちら側が声を出してしまいそうだった。いつから日晴鳥の身体はこんなにいやらしく変化してしまったのだろうか。
「苦しくない?平気?」
心の中は狼でも惺厳は決して日晴鳥には牙を剥かない。日晴鳥もそれを知っている。だからきちんと日晴鳥は自分の思いを伝えるようにしている。
「平気。なぁ、惺厳が気持ち良くなること、いっぱい、して?」
「おまえ死んじゃうよ?」
「知ってるよ、惺厳はそんなこと出来ないじゃん。俺のこと大事にしか出来ないじゃん」
先ほどまで泣いていたくせに日晴鳥は強い眼差しで惺厳にさらりと言ってのけた。そしてゆっくり微笑む。
本当に他人のくせして志水日晴鳥という人間は良く出来ている。
山女惺厳という男にぴたりとはまる、パズルのピースみたいに自分とは違う形だからこそしっくりとぴったりと寄り添える。
――こんな相手に巡り会えることを奇跡以外の言葉でどう形容出来るのか惺厳にはわからなかった。
「惺厳、惺厳っ」
惺厳が中で激しく動くたび日晴鳥はその名前を呼んだ。自分の腹の中で男の屹立したものが深いところまで進み、貪られる。不意に壁を擦られつま先が痺れる。自分の中心が熱を持ち、重なった惺厳が揺れる度に自然と腹で擦られ背中が浮いた。ゆっくりだった律動が次第にエスカレートしていき、日晴鳥は四肢を絡ませ惺厳の全てを飲み込んだ。
深く貫かれ、ギリギリまで抜き何度もまた貫かれると日晴鳥はおかしくなってしまいそうで悲しくもないのにボロボロと涙が出た。
「ああっ、あっ、惺厳……っ」
離れ惜しむように日晴鳥は惺厳を無意識に締め付ける。小さく惺厳が呻いた。
日晴鳥の細い腰を一気に引き寄せ全てを飲み込ませると、ビクビクとした痙攣と共に惺厳はその熱い身体の中に全てを吐き出した。
声にならない声を喉から掠らせ日晴鳥も達した。自分の腹に生暖かいものが伝う。
惺厳を離そうとしないその場所からゆっくり抜け出すと、日晴鳥は腰を痙攣させ、ひくひくと繋がっていた場所からいやらしく蜜を垂らした。
惺厳は日晴鳥を優しく抱き寄せお互いの汚れも関係なしに足を絡めあい、額や頬に口付けた。自然と唇同士が触れ合う。
涙と汗で濡れた日晴鳥の髪をかきあげ、何度も口付けると日晴鳥は両腕を惺厳に回しぴったりとその胸に寄り添った。
「惺厳……」
「ん?」
日晴鳥はとても眠たげだ。
「幸せ……」
「うん」
「惺、厳」
「ん?」
「もっと……、一緒に……い、た……い」
その言葉に惺厳は眼を見開き、腕の中の日晴鳥を見るがすでに寝息を立てて眠ってしまっていた。
子供のように安心しきって眠る日晴鳥の頭にキスを落とす。
わかっていたはずなのに。日晴鳥は甘えることが苦手で、自分にまだまだ気を遣っていることくらい。
自分はずっとわかった気になっていた――。
初めて出来た恋人を、帰れる場所を、日晴鳥がどんなにも大切にしているか――。
わかったふりでしかなかった。
疾 うに離れた父親に対する妙なプライドが邪魔して、目の前の大切な人をちゃんと見れていなかった。そんな自分が情けなかった。
いつもただいまを言うのは自分の方で、一度もまだ日晴鳥におかえりと言えていないことも、それが帰る家を手に入れた日晴鳥にとってどれだけ待ち望んだであろう大切な言葉だったことか。
日晴鳥はこの家でひとりぼっちのままだった――。
惺厳はバイトを減らして日晴鳥を驚かしてやろうと目論んだ。
自分がバイトの日は殆ど寄り道しているらしい日晴鳥の先回りをして家で待ち伏せ、ドアを開けたら電気もストーブも着いた暖かい部屋にしておいて、玄関でおかえりと言ってあげるんだと。
想像するだけで惺厳の顔は緩み、にやけていた。
「おまえはきっと泣くな、感動屋だからな」
囁くような甘い声で幸せそうに眠る恋人に呟く。
もっと、一緒にいよう――。
おまえの望むように、ふたりの望むように――。
将来、家族になって、最期の日が来るその日まで――。
◇END◇
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