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ふたりぼっち。

――朝は嫌いだった。 また今日も長い一日が始まるのかと憂鬱で、目を覚ましても部屋の中はどこか暗くて、タバコと酒の臭いが鼻をついた。 重い体を起こし、食事もせずに学校へ向かう。 家にいるよりずっとマシだし、友人と話せるのはすごくストレス発散になった。そのせいか毎日少しハイになっていたと思う。眼鏡をかけたクラスメイトが耳障りだと言わんばかりの視線を送ってきてもワザと気付かない振りをした。 そしてまたひとりぼっちの放課後がやってきて、長い夜が始まって、暗い朝を待つ。 それの繰り返し。 それの、繰り返し――。 目を開けた部屋は明るくてカーテンの隙間から朝日が差し込んでいた。 部屋にはベーコンの焼けるいい音と香りがする。 ぼんやりと見慣れない天井を仰ぐ。 「日晴鳥(ひばり)、起きた?飯食うか?」 ウエストからのエプロンを巻いた山女(やまめ)がベッドでウトウトしている志水に声をかける。 山女の顔にはサージカルテープで仮止めされた眼鏡が掛けられており、志水は思わず吹き出す。 「お前が壊したんだからな」 山女は不機嫌そうな顔を浮かべ、ベッドに近寄り目線を合わせるように手前でしゃがんだ。 「ごめん。バイトして弁償する」 「いいよ。それより体は?痛いとかないか?」 志水の前髪を搔き上げるように山女は手を伸ばし愛おしむように頭を優しく撫でた。 撫でられた猫のように志水はうっとりと目を細め、その優しさを噛み締める。 「うん、まだなんか挟まってる感が否めないけど、多分へーき。裂けてはなさそう」 色気のないその返事は、相手をわざと心配させないためだと今の山女にはわかっていた。 「そうか、見てやろうか?薬塗る?」 山女は意地悪く笑って布団を捲ろうとしたので志水は慌てて拒絶する。冗談だよ、と山女はケラケラ笑って自分を止めに来ていた志水の手を絡めとって握りしめた。 「お腹空いてないか?ここまで持ってくる?」 「優しくしすぎ!一周回って腹立って来た!」 「なんでだよ、理不尽だな」 「なあ、腹立って来たから抱っこしてよ、ぎゅーってして!」 志水はまるでこどもみたいに空いた方の手を広げ、せがんでみせた。 普段は誰にも甘えることを知らない志水が自分にはそれを見せるから山女の独占欲がじんわりと満たされる。 お望み通り志水の体をめいいっぱい抱き締めてやると、ため息のような吐息が志水から漏れて鼓膜が溶けそうだった。 「なあ、日晴鳥」 「なにー?」 「俺たち家族になろうよ」 こんな毎日を過ごせたら、どんなに幸せだろうかと山女は胸を高鳴らせる。 「え、やだ」 呆気ない一言で、山女の幸せな妄想未来は一瞬で打ち消された。涙が出るかと思った。ショックで志水の方を向くと真っ直ぐとこちらを見据えていた。 「俺ね、家族じゃなくて恋人がいい。惺厳の特別がいい。そいでもっと時間が経ったらその後は家族になろう?」 「へ……」山女は思わず間抜けな返事しかできなかった。 「嫌なのかよ!俺ともうえっちしたくないのかよ!」 「いえ、嫌じゃないです。したいです」 満足したのか志水はにんまり大きく笑うと小さな体をもう一度山女に預けた。 「惺厳がね、起きた時に俺もおはようって返事すんの。ばあちゃんの代わりにはなれないけどひとりぼっちじゃないよ。俺もね惺厳におはようって言ってもらうんだ。夜はおやすみって!あ!昨日言わなかった!勿体無いことしたっ」 本気でそう思っているらしく志水の顔は少し憂いていた。その鼻にキスしてやるとぼんやりと上目遣いでこちらを見た。 「今日も明日も、その次も、まだまだあるんだから焦らなくていいだろ?あと、二人で金貯めて少し大きいベッドにしなきゃな」 「ヤラシイ〜、惺厳の頭ベッドのことでいっぱいなんだろ?」 「ベッド(イコール)やらしいお前の方が問題な気もするが、割愛するよ。ほら、飯、冷める。おいで」 「俺マッパ()なんだけど!先に服!」 「あ、悪い、忘れてた」 履くパンツがない!と志水は嘆きながら山女のスウェットセットを着込む。明らかにサイズが大きくてケチをつけると面倒そうな顔で山女が見た。 ――嗚呼、うるさい。 山女は今まで体験したこともない騒々しい朝に疲弊しながらも悪くないなと新しく出来た恋人の体を抱き寄せた。
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