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プロローグ

 薄暗い空間に、大勢の人々がひしめいていた。  高価なスーツやドレスに身を包んだ貴顕淑女(きけんしゅくじょ)からバイヤーらしき者たちまで、居並ぶ顔触れはさまざまだった。しかし、彼らの大半はその素顔を隠すように、目もとにマスクを装着していた。 「つづきまして、ロットナンバー七十九『皇国の白薔薇』。本日最後の出品作となります」  競売人(オークショニア)が告げるとともに、壇上の奥に掛けられていた幕が取り払われる。途端に、場内にどよめきが沸き起こった。  現れたのは、煌びやかな装飾が施された巨大な黄金の鳥籠(とりかご)。その中に、宝飾と見まごう豪奢な(かせ)を嵌められ、鎖に繋がれた人間がひとり、閉じこめられていた。  黄金の髪。白皙の肌。高価な装身具で全身を飾り立てられ、出品者側の趣向なのか、たっぷりとドレープを利かせた薄絹の衣装を身につけている。天人のような神々(こうごう)しさを誇る美貌のその人物は、しかし女性ではなく、年若い青年だった。成人に至るか否かといったところか。 「いまは亡き、惑星イリアのアウレリア皇国、アレクサンドロス皇帝が遺子、シャノン・クリスティアン皇太子殿下。『イリアの真珠』と謳われし、かのマルグリット皇妃生き写しの美貌を誇る悲劇の皇子であります。その真贋(しんがん)や、いかに」  競売人の紹介とともに()りがスタートする。本日の目玉商品として、会場にひしめく客の中から次々に参加を表明する(パドル)が上がった。  非人道の人身売買。だが場内は、かつてない熱気を漂わせていた。 「七番、十三番、五十一番、二百七十四番、八十五番、百九十二番、六十八番……」  競売人が軽快に参加者たちのパドル番号を読み上げていく。やがて、札が上がりきったところで最初に提示された最低落札価格からの競り上げが開始した。 「十五万国際金貨(エレクトラム)、二十万、三十万……七十五万……九十五万………………百五十……三百!」  間断なく示されるビッドを、演台の競売人が慣れた様子で取っていく。補佐役として傍らに控えたアンダービッターらの目線や手もとの動きも、場内の活気に応じて(せわ)しなかった。  軍閥組織の巻き起こしたクーデターにより滅ぼされた大皇国アウレリア。カリスト星系随一の豊かさを誇る惑星イリアは、帝都シュベールを中心に、これにより壊滅状態に陥った。建国以来四百年の栄華を極めたアウレリア王朝の終焉(しゅうえん)である。クーデター勃発からわずか半月。皇帝アレクサンドロス二世は失脚に追いこまれ、皇妃マルグリットとともに自刃に追いやられた。  凄惨にして苛烈を極めた内乱の後、囚われた王族と尊皇派の者たちは、クーデターの首謀者であるタカ派の一味に身柄を拘束された。しかし、彼らの身柄が首謀者側の拠点に搬送される途中、皇太子ただひとりが忽然と姿を消す。その行方はいまだ、(よう)として知れないままだった。いまからおよそ、半年まえの出来事である。 「七百五十万……一千万エレクトラム、三千五百……五千!」  異様な熱気の中、籠に囚われた人物がくだんの皇太子本人であるかも判然としないまま、金額は瞬く間に跳ね上がっていく。その額が七千七百万エレクトラムまで上がったところで、札の動きが止まった。見るからに富豪の代理人といった風情のスーツ姿の男と、いずれの惑星の王族か貴族を思わせる身なりの、恰幅のいい男。最後は、この二者の一騎打ちとなった。だが競り合いの流れは、王族然とした民族衣装の男のほうに、やや有利な運びとなっていた。七千七百万で入札(ビッド)したのも、この男である。アイマスクで素顔を隠した男の髭に覆われた口許に、下心が透けて見える下卑た笑みがひろがっていった。  数奇な運命に翻弄された悲劇の貴人、という肩書の商品を競り落とすことで、愛玩用のコレクションとしてハーレムにでも加えるつもりなのだろう。  男の目線の先にいる美貌の青年は、壇上に現れたときから身じろぎひとつしない。煌びやかな象嵌(ぞうがん)が施された黄金の椅子に座したまま、場内の熱気と欲望に満ちた無数の眼差しを拒むように、会場から背けた顔を(うつむ)けていた。  熾烈な競り合いも、これで頭打ちかと思われたそのとき。 「五億」  突如後方からあがった(しず)かな声に、ハンマーを打ち鳴らしかけた競売人の動きが止まった。  場内の熱気が一瞬のうちに冷却する。  己が落札者となることを確信した紳士のやにさがった様相もまた一転、眉を跳ね上げるようにして顔色を変え、後背を顧みた。  居合わせた者たちの視線がいっせいに後方へと集まる。そこに、ひとりの男の姿があった。他の参加者のようにアイマスクを装着せず、素顔を晒した人物。ダーク・ブラウンの頭髪に青灰色の瞳。集団の中にあって、ひときわ背の高いその男は、精悍な造りの貌立(かおだ)ちに見合った引き締まった体躯を、鍛え抜かれた筋肉で(よろ)っていた。  場内の淫靡(いんび)で退廃的な雰囲気におよそ似つかわしくない、異端の空気を身に纏った鋭角的な存在感。年齢は三十前後。  他の参加者の上質な装いに反し、正装からはほど遠いラフなジャケット姿がかえって人目を引いた。  見るからに属す階層の異なる出で立ち。しかし、その男が提示したビッドは、これまで取り引きされた金額の中で桁ひとつ飛び抜けていた。下手をすれば、大型宇宙船一隻分にも相当する額か。  ざわめく会場の中、無数の視線を一身に浴びながら男は悠然と札を上げる。その男を、射貫く強さで視つめる者があった。壇上の豪華な鳥籠の中にあって、つい先程まで諦念とも拒絶ともつかぬ無関心で全身を塗り固め、俯いていた人物。  あざやかなエメラルドの双眸(そうぼう)が男を凝視する。その眼差しの奥に、不意に苛烈な激情が弾けた。  衆目の中、ふたつの視線が絡まり合う。  どちらも、ひと言も発することはなかった。

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