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第5章 襲撃 第2話(3)
状況が、理解できなかった。
なんだ? いったいなにが起こった? なにが起ころうとしている?
自分はいま、部屋の中から廊下へ出ようとしていた。先程まではたしかにトレーニングルームで顔馴染みとなったサンダーたちがいたが、彼らは全員退室して、部屋にはだれも残っていなかった。それなのになぜ、部屋の中から腕を引っ張られて羽交い締めにされているのか。なにより、いま聞いた声はサンダーらのものではない。まるで聞きおぼえが――ないと思いかけて、すぐさまそうではないことに気がついた。
知っている。自分はたしかに、この声を。
素早く記憶をたどって行き着いたのは、テオル空港でのひと幕だった。
【――見つけた……!】
そう、脳内で響いた不気味な声。
あれはたしかに、この声だった。そして声が響く瞬間、反射的に敵の気配を本能が感知したように、無意識のうちに身体が反応していた。いまとおなじように。
あのとき視界にとらえることができなかった『声』の主が、この場にいる。自分はただひとつしかない出入り口を塞ぐように立っていて、部屋の中は無人だったにもかかわらず、である。
いったいこの男は、どこから現れたのか。あのとき脳内で『声』が響いたのは、どういう仕掛けだったというのだろう。
背後から動きを封じられた状態で、思考がめまぐるしく頭の中を駆けめぐる。クリスはこの時点で、さらに重大な事実に気がついていた。自分はこの声の主を、知っていたのだ。
最初に脳内で響いたときはわからなかった。だが、生の声をじかに聞いたことで、ようやく気がついた。それが、自分のよく知る者の声であったことを。
混乱は、それによってなおのこと深まった。
これは、思っていた以上に事態が混迷を極めている。
反撃に出るつもりでいたクリスは、いったん鉾を収めた。相手の意図と出かたを見定めなければ、状況を把握できない。抵抗する振りをつづけながらも、様子を窺った。
男はクリスを室内に引きこむと、出入り口の扉が完全に閉まってからふたたび耳もとで告げた。
「さあ、殿下、ともに参りましょう」
途端に視界がゆらりと揺らぎ、なんとも言えない浮遊感に全身を包まれた。瞬きはほとんどしていない。にもかかわらず、浮遊感が消えたと認識したときにはすでに、クリアになった視界が直前までとまったく異なる景色をとらえていた。
「……っ!?」
クリスは愕然とする。
いま、自分は一歩も動いていない。アウジリアスに捕らわれて以降、専用にあてがわれていた船室の中にいた。意識もはっきりしていたし、当然ながら記憶をなくしたわけでもなかった。それなのに、ほんの瞬きの間に、目の前の様相が一変してしまった。
屋内にいることは変わらない。そしておそらくは、航行中の宇宙船の中の一室であろうことも。だが眼前にひろがるのは、あきらかに見知らぬ部屋だった。
部屋の大半をベッドが占領していた狭い船室はふたまわりほどひろくなり、家具も調度も質の高い、特等クラスのものへと変化していた。
こんなバカげたことがあるだろうか。いや、そうではない。この感覚には間違いなく馴染みがあった。ゲートを通過して、物理的な距離を圧縮させて跳躍する際のものだ。
だがそれは、あくまで宇宙船の跳躍時のことであり、生身の人間がなにもないところで瞬間移動するというようなことではなかった。その現象が、実際に起こったということが信じがたかった。しかも自分の身で、じかに体験したのだ。
なんだこれは。
クリスは混乱した。
目の前にひろがる部屋はただのまやかしで、実際にはなにも変化していない、もとの船室のままということだろうか。ならば男は、いったいどこから現れた? クリスがいたのは狭い船室で、たったいままでアウジリアスの男たちも窮屈そうにたむろしていた。そこに、もうひとりが入りこむ余地はなかったし、ましてや隠れるスペースなどどこにもなかった。
男は別の空間から現れ、おなじ手法によって自分たちも移動した。そう考えるほうが納得がいく。けれども現時点で、そんなふうに瞬時に時空を移動できる手段は確立されていなかった。ただひとつの可能性を除いては――
移動が完了したことをもって、背後の人物はクリスの拘束を解いた。その相手に、クリスはゆっくりと向きなおる。
「……これはいったい、どういうことだ。ボイド」
振り返った先で正面に佇んでいたのは、かつて、アウレリア皇国で近衛連隊第一師団長を務めた男、グレン・ボイドだった。
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