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第5章 襲撃 第2話(2)
「お、おい、おまえらやめろってっ。こんなとこで騒ぎを起こすんじゃねえよ。殿下のご迷惑になるだろが」
徐々にヒートアップしてくる言い合いに、さすがにこれ以上はまずいと思ったのだろう。カードゲームに参加していたひとりが、立ち上がってあいだに割って入った。剣呑 になりつつあった空気がそれで霧消する。男たちが気まずそうにこちらの様子を窺う気配に気づいたが、クリスは我関せずの姿勢を貫いた。
アウジリアスは完全な男所帯で構成されている。ただでさえ気性の荒い連中が集まっているうえに女っ気皆無ともなれば、ちょっとしたことで揉めごとになるのは日常茶飯事だった。だが、いまのは違う。思ったところで、クリスはうんざりした気分になった。
いまの諍 いの原因は、間違いなく自分にある。休憩云々がただのこじつけにすぎないことは明白だった。おなじ卓についていたサンダーは、クリスの微妙な変化に気づいて配慮したのだろう。
たしかに身体を動かすようになって以降、必要以上に精神が蝕まれることはなくなった。けれど、だからといって救いも目的も見いだせない現状に希望が持てるはずもない。いまのこの状況を打破するには、どうすればいいのか……。
「え~と、殿下、お騒がせしてすいませんでしたね。オレら、そろそろお暇 しますんで」
気まずさを誤魔化すような愛想笑いを浮かべて、男たちが立ち上がり、ゾロゾロと退室していく。クリスは憂鬱な気分でそれを見送った。だが、食べかけのトレイを手にしたサンダーが最後に部屋を出ようとしたタイミングで、突如船内全体に緊急警報のアラームが鳴り響いた。
『緊急事態発生。緊急事態発生。レベル5 。総員、第一種戦闘配置。繰り返し告げる。緊急事態発生。緊急事態発生――』
流れたアナウンスに、サンダーの筋肉質な背中が目に見えて緊張した。しかしすぐさまその緊張を解くと、落ち着いた様子でクリスを振り返った。
「なんか不穏な感じになってますけど、航行中は余計な波風が立つまえに煙が立ちそうな段階で沈静化させる、がうちのモットーなんですわ。こんなん日常茶飯事なんで、殿下は気にせず昼寝でもしててください」
ほら、うちって世間から雲隠れしてる後ろ暗い集団なんで、目立つのは御法度 なんですよ、などと悪びれもせず笑う。言うほど逼迫した事態ではないことを強調して、サンダーは部屋を出て行った。
独り残されたクリスは、なおも繰り返されるアナウンスと警報に耳を傾けながら、外の様子を窺った。
トレーニングルームを利用するようになってから、部屋の出入りは比較的自由にできるようになった。だが、クリスが船内で往き来できる範囲はごくかぎられており、おそらくはその行動すら監視されている。その監視の目が、いまならば緩んでいるのではないか。
思うと同時にクリスは席を立った。
サンダーの言う「なんでもない」は偽りだろう。アナウンスが流れた瞬間の背中がすべてを物語っていた。なにより、『第一種戦闘配置』は臨戦態勢につくことを意味する。そして警戒レベルは最高段階。事態は、間違いなく危急を要しているのだ。
宇宙に出れば、仮に認可された正規ルートを航行していても匪賊 と遭遇し、襲撃を受けることは稀にある。航路の途中に認知されていない闇ルートの出口 が出現し、あわや衝突の危機に見舞われる、などという事例も天文学的確率でありながら皆無ではない。
敵襲か偶発的事故か、いずれにせよ予期せぬ事態に陥ったことはたしかなようだった。
ひょっとしたら非常時のどさくさで、なにかしらの情報を得る好機が訪れたのではないか。
出入り口の扉越しに外の気配を探ったクリスは、静かにロックを解除した。
クリスにあてがわれている船室の区域は、アウジリアスの他の乗組員の居住区とは隔てられている。それゆえ日頃から、人の往来は少なかった。だがいまは、とりわけその気配が希薄になっている。おそらく全員出払って、緊急事態の対応に追われているのだろう。それでも用心のため、廊下の様子を慎重に窺った。
万一だれかと出くわして見咎められた場合は、相手と状況にもよるが、余計な波風は立てないにかぎる。戦闘モードになっているところを刺激すれば、必要以上の騒ぎになりかねないからだ。それによってふたたび自由を制限される事態だけは避けたかった。
あらためて肝に銘じて廊下へ踏み出そうとしたクリスは、だが次の瞬間、全身が総毛立つ感覚に襲われた。
「…………――――っ!?」
身構える間もなく背後から腕を摑まれ、室内に引き戻される。そのまま、ガッチリと羽交 い締めにされた。
「やはり、こちらに捕らわれておいででしたか」
耳もとで囁かれた声に、怖気 が走った。
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