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第8話 恋人を優先できない理由、納得できかねます!
成瀬は沈んでいた。外の商店街では、クリスマスソングが鳴り響き煌びやかな装飾で、楽しそうなカップルたちが腕を組んで歩いている。
半月のカウンターに突っ伏して、ルルにグリューワインを出してもらっていた。しかし、口をつける気にはなかなかなれない。
「ワイン、冷めちゃうわよ?」
「だって……」
「シンシアがいないのはしょうがないでしょ?」
「そうですけど……俺、言われたの昨日ですよ?ひどくないですか?」
「それは、シンシアが悪いわね」
高瀬とクリスマスを一緒に過ごせない。
理由は、父親の命日だから、実家へ帰る。
その事実を知ったのは、12月22日だった。
仕事終わりに、明日の夜は何をしますかと言ったら、実家に帰ると言われたのだ。
浮かれていた成瀬の心は一気に地に落とされ、現在バーで一人、カウンターに突っ伏している。
「シンさん、いつ帰ってくるのかな。クリスマスが終わったら満月なのに……」
「あ、そうだったわね。大丈夫かしら」
「え?」
「あ、ううん。大丈夫よね。ケンちゃんがいるもんね」
「帰ってきてくれればですけどね。神谷さんが言うには場合によってはこのまま冬休みだって言うんです。場合って何?」
「そうね、何かしらね~」
ルルは困ったように笑いながら何かを誤魔化している。しかし、成瀬はその様子には気づかない。
何度目かのため息を吐いて、成瀬はグリューワインに口をつけた。シナモンの香りと、甘さが鼻に抜けて、飲みやすい。
ここに高瀬がいたら、ケンが好きな味だなって笑ってくれていたのにと、成瀬は誰もいない隣の椅子を見つめる。
コトリと、小皿に盛られたチョコが出された。
ルルかと思って顔を上げたら、無表情なメガネの男がカウンターの中にいた。
「あ、えっと……龍樹さんですよね。俺、成瀬です」
「知ってる。ケンちゃんだろ」
「あ、はい」
龍樹とは、ルルとの濃厚なキスシーンを見せつけられて以来初めてちゃんと話す。高瀬以上に口数が少なくて、無言と無表情の圧が強い。ジッとカウンターに座る成瀬を上から見下ろし続け、成瀬はどんどんと萎縮していく。
「チョコ、食べるか?」
「え、あ、ありがとうございます」
「ケンちゃん、怖がんないであげて。今、ケンちゃんのこと観察し終わったから、もう普通に話せるわよ」
龍樹は、カウンターから出てくると、成瀬の横に座った。観察ってなんだろうと、成瀬は警戒を解けないまま、龍樹の動きを目で追ってしまう。
「臣の恋人なんだってな。君の手は特別なのか?」
「と、特別かどうかは……どうなんでしょうか?」
「僕が聞いているんだ。君はどこかで獣人と暮らしたりしてきたのか?」
「い、いや。今まで獣人には会ったことがないです。シンさんが初めてでした」
成瀬の返事を聞いて、龍樹はフンと顎に手を当てて考え始めた。
「ちょっと、触っても良いかい?」
「え……」
急に成瀬の手を持ち、指を絡め出した龍樹に、成瀬は固まった。龍樹は、成瀬の指を一本一本確かめるように指先で触れ、握り込んでは手のひらをそっと撫でてくる。
「あ、の……」
ゾクリとした感覚に、成瀬は手を引こうとするが叶わない。
「く、くすぐったいです……」
「たっちゃん、落ち着いて」
ルルの声にはすぐ反応した龍樹は、チラリとルルを見て、浮気じゃないと呟いた。
「わかってるわよ。ケンちゃんが困ってたから」
成瀬に向けられた視線は、メガネが反射して表情が見えなかった。
成瀬は大丈夫ですよと軽く笑いながら、もらったチョコに手を伸ばした。
掴みどころがわからない龍樹だが、悪意は無さそうなので、成瀬は話を続けた。
初めはただ、辛そうだから撫でてあげただけで、次第に憧れから好きに変わっていって、一緒にいたいから、強くなりたいと二人で満月を乗り越えたとのろけも交えて、約一年の過程を龍樹に話す。
そう、ようやく諸々の問題を解決して、恋人となれて初めてのクリスマスだと言うのに、高瀬はいないのだ。
法事というのならば仕方が無いが、成瀬は行き場のない不満と、満月への不安で高瀬を求めてしまっている。
「ふぅ~……シンさん……」
話しながら飲み切ったグリューワインのカップをルルが下げる時にはもう、成瀬の頬は赤かった。
龍樹は黙ったまま成瀬の話を聞いていたが、顎から手を離すと、ボソリと呟いた。
「会いたいなら会いに行けば良いんじゃないか」
「…………い、いや、一応法事ですし。俺が行くわけには……」
あまりに普通に言う龍樹に、成瀬の反応は遅れた。
家族でもない自分があの家に行って、法事の最中に何ができると言うのか。
宗教も文化も違う……。
「でも、家族……」
「ん?」
「家族って言われたんです。そういえば……」
「ふっ、そうか。なら、行く権利あるじゃないか」
龍樹は何が面白かったのか吹き出すと、ニコリと笑った。
その顔は爽やかで理知的で格好良かった。
成瀬は思わず見惚れてしまう。
「ちょっと、たっちゃん」
ルルは何かを言い淀みながら龍樹を嗜めるように声を出す。
「構わないだろ、成瀬くんはコレットさん公認なんだろ?それに、クリスマスパーティーなら俺も呼ばれてる」
「えっ?」
最後の言葉は聞き捨てならない。
恋人を呼ばずに友達は呼ぶなんて、どう言うことだと成瀬は酒の勢いと共に立ち上がった。
「行きますよ、シンさんの実家!どう言うことなのか問いただします!」
「あー、わかったから。とりあえずこの勢いで行くのはやめてよね。明日、明日にしなさい?ね?」
ルルは走り出しそうな成瀬の腕を掴んで、龍樹に不満そうな目を向けた。
龍樹はメガネの奥に黒いものを澱ませながらも、爽やかにルルに笑みを返す。
その顔はルルがときめく顔だと知っているからだ。
頬を染めつつ顔を伏せたルルに、成瀬は気付く。
いつの間にかできていた二人の空気の邪魔をしないように、小さく椅子に座り直した。
しかし、高瀬への怒りに似た感情は沸々と腹の中に溜まっていった。
掴み掛かって問いただすと決意をする。
待ってろ、シンさん!
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