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プロローグ
「え? 新しいご依頼ですか?」
「そうなんだよ。リオンくん、頼めるかな?」
「手は空いているので内容次第ではありますが……。どなたからのどういったご依頼ですか?」
俺——鳴海 理音 は、事務仕事の手を止めて顔を上げた。
すると、上司にあたるボルンさんがなんともいえない笑顔を浮かべて口髭を撫でている。この仕草は、面倒な仕事をいかにマイルドに押し付けようかと思案しているときの癖だ。嫌な予感がする。
「なんでもね、幼い頃からサルドラド帝国へ遣わされていた第三王子殿下が、こっちに戻ってくることになったらしくて……」
「へぇ、この国には第三王子様がいらしたんですね」
「ああ、そうか。きみはまだこの国の細かい状況を知らないんだったね」
「ええ、まあ。そうですね」
俺が異世界転移というものを体験したのは、まだほんの半年前だ。
この国——フィオレアン王国が中世ヨーロッパの世界観に近くて、王侯貴族が国を統治していることを知ったのも、つい最近。
国王がいて、王妃がいて、跡取りの王太子がいるというのは知っている。この街のど真ん中に、国王ご一家の銅像がででんと鎮座しているからだ。
「第三王子のオルヴァ様は、前王妃様に生き写しで、それはそれは美しい王子様だったらしいんだ。今は確か……二十二、三歳、ってとこかな」
「銅像の王妃様は、ふたりめの奥様なんですね」
「そういうこと。んで、サルドラド帝国で政権交代があって、オルヴァ様はようやく祖国に戻られることになったんだ。ちょうど良いご年齢だし、国にとって重要な領地を一つ任せようという話になっているらしくてね。どこぞの貴族のご令嬢を妻に迎え、体裁を整えた上で領地を任せたいというお考えだそうだよ」
「へえ、それはおめでたいことですね」
「でも……それがあんまりうまくいっていないらしくて……」
「美形の王子様なのに?」
「向こうの国にすっかり染まって、見る影もなく野蛮な雰囲気になっちゃってるらしいんだ……。しかも今は、やさぐれて離宮に引きこもっておられるとかで……」
ボルンさんがきゅっと眉を寄せた。
……あぁ、これは嫌な予感が的中してしまったか。俺は即座に、どう断るかという方向に思考をシフトした。
するとその気配を察したらしいボルンさんは、上質な貴族服に包まれたふくよかな腹を俺の事務机に押し付けて、早口でこう言った。
「実はね、リオンくんの『コンカツ』の手腕が国王陛下の耳にまで届いているんだ」
「……え。国王、陛下に?」
「そう! つまり、このたびの依頼人は国王陛下ってこと。でも、表沙汰にしないでひっそりことを進めてほしいらしくて——」
「あー……ちょっと無理ですね」
「え? なんで? さっき手が空いてるって言ったよね!?」
「たった今大事な仕事を思い出しました」
「もう、どうしてそんな嘘つくの。僕はきみの上司だよ? きみが抱えてる仕事の中身ぐらい把握しているんだからね」
ボルンさんが丸い腹を揺らしながらプリプリ怒っている。だが怒りたいのはこっちだ。
確かに俺は、元いた世界——現代日本で婚活コーディネーターをやっていた。でも俺のクライエントは、ごくふつうの家庭で育った一般人だけ。
現代日本でも一般人以外会ったことがないというのに、まだよく理解できていないこの国の王様からの依頼なんて無理に決まっている。そんな大層な案件をホイホイ受けられるわけがない……!
という想いを視線にこめてじっとボルンさんを見上げてみる。するとボルンさんはすべてを察したような表情でゆっくりと頷くと、丸っこい手で俺の肩をぽんと叩いた。
「あのねリオンくん。国王陛下からのご依頼を、一庶民の僕が断れるとでも?」
「……無理、ですかね」
「そういうこと! ま、いちど王宮に上がってじっくり話を聞いてきて。ほら、もう書状は届いてるからね」
そっと事務机に置かれた書状に、俺は恐る恐る視線を落とす。
美しい紙にキラキラ輝く金文字で書かれた書面の宛名は、まぎれもなく俺の名前だ。そして文書の最後にはあまりに仰々しくも優雅な筆致で、国王陛下のサインが書かれている。
「うわぁ……これ、本物ですか?」
「当たり前でしょ! 今日の午後にもお迎えの馬車が来るから。パリッとした格好に着替えていってらっしゃい!」
「え、今日!? 今日って……今からですか!?」
「うん、そうだよ! このあいだハリス侯爵の結婚話をものの見事にまとめたでしょ? あんな感じで、サクッとオルヴァ様に素敵なお嫁さんを見つけて差し上げてね!」
「……」
顔を引き攣らせている俺とは対照的に、ボルンさんは頬をツヤツヤさせている。
王様からの依頼だ、きっと高額の依頼料が彼の懐に入っているのだろう。それは当然俺の懐にも入る金ではあるが、実働するのは俺なわけで……
とはいえ、ボルンさんは恩人だ。
右も左も分からない俺にこの世界のいろはを教えてくれ、生活基盤を整えてくれた良い人なのだ。恩人を困らせるのは本意ではない。
俺は天を仰ぎ、ため息混じりに「……わかりました」と言った。
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