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第1話 これが世に言う異世界転移

 婚活——「結婚活動」の略。  理想の相手を見つけ、幸せな結婚するために活動すること。  婚活パーティ、街コン、オタク婚、DNA婚活などなど、婚活のやり方はさまざまだ。  AIを活用したマッチングアプリで手軽に相手を見つけられるようになって久しいが、俺の勤務先は、昔ながらの仲人型結婚相談所だった。  お客様からヒアリングを行い、理想に近い相手を探し、ご成婚まで二人三脚でサポートを行う——それが仲人型結婚相談所だ。  多少会費は高額だが、手厚いサポートが売り。そのぶん、金額に見合った成婚率を誇っていた。  中でも、俺の成婚率はトップクラスだった。  ご登録者様の膨大なデータは完全に俺の頭の中に入っていて、誰がどのような相手を望んでいるかを完璧に把握していた。  婚活パーティを開催すれば、プロフィールカードの内容とお客様に抱いた印象で、誰と誰をマッチングすればうまくいくかが不思議とわかった。  成婚率が上がればあがるほど、これが俺の天職だと思った。俺が合うと感じたお客様たちは、必ず幸せになれるのだと、思い上がりも甚だしい勘違いに溺れていた。  そんなある日——俺は、信じられない光景を目の当たりにしてしまう。  混み合った夕方の、駅のホーム。ひとりの男が、若い女性と親しげに腕を組んでいる。  俺は目を疑った。    その男は、俺が二年間担当している女性クライエントとマッチングさせた男性だった。  病弱で引っ込み思案な性格ゆえになかなかいいお相手に恵まれなかった女性クライエントに、ようやく見つかったお相手だ。  ふたりは年齢も近く、男性のほうが彼女にぞっこんで、「僕が生涯あなたを支えていきます!」と熱烈にアプローチする姿が好印象だった。  幸せそうに微笑む女性クライエントの姿を見られて、俺はとても安堵していた。明るい未来に向かって軽やかに走り出そうとする彼女の幸せを、心から祈っていた。  なのにどうして、あんたは他の女といる? どうして、派手な格好をした若い女の細い腰を抱いてイチャイチャしてるんだ?  あの女性クライエントにプロポーズをしたと言ってただろう? すでに結婚の準備を始めたところです……って、数日前の面談で幸せそうに話してたじゃないか。  彼女はすでに数百万の結納金を納めたと言っていた。式場を見学に行くのが楽しみで——と頬を紅潮させていたのに……  気づけば俺は、男の肩を掴んでいた。  俺を見上げてギョッとした男の顔が一瞬青くなり、みるみる忌々しげに歪んでいく。  冷静に事情を聞こうとしたが、どうも俺は頭に血が昇っていたらしい。つい詰問口調になってしまったせいで、相手を激昂させてしまった。 『俺の本性を見抜けなかったお前らの目が節穴だったんだろうが!!』と男は怒鳴り、苛立ちも露わに俺の胸を突き飛ばした。  胸を突かれた拍子にバランスを崩し、俺はホームから転落した。  ぞっとするような浮遊感と、視界いっぱいに眩く光る電車のライト。  全身を粉々にするほどの衝撃を覚悟し目を閉じた次の瞬間——……俺は、何故か水の中にいた。  必死で水を掻き浮上した俺を出迎えたのは、藍色の空にきらめく満天の星空だった。  東京じゃありえないような美しい夜空。  だが、俺は足のつかない深い水の中にいる。  水を飲みながら必死で助けを求めたら、急に強い力で引っ張られた。すぐそこにいたらしい村人たちが俺を助けてくれたのだった。  げほげほ咳き込んで水を吐きながら何度も礼を述べた相手は、どこからどう見ても西洋人だった。「大丈夫か、どこからきたんだ」と慌てたような口調で問いかけられ、俺はふと違和感に気づいた。  不思議だ。言葉が通じる。  視界いっぱいに迫っていた電車もいない。線路もホームもない。  そして、今俺が溺れかけたばかりの水辺の風景を見回して——……俺は悟った。  ああ、これが世にいう異世界転移というやつかと……  都会の雑踏も騒音も消えている。そこにあるのは、蛍のように光を湛えた虫がふわふわと飛び交う幻想的な水辺の風景と、手のひらの下にある濡れた草の感触だけ。  呆然と辺りを見回しているうちになんだか気が遠くなってきてしまい——……次に気がついたとき、俺はボルンさんの管理する教会の一室で目を覚ました。  ボルンさんいわく、この世界には、数年に一度俺のような『迷い子』が現れるという。  どこの国に現れるかによって、ずいぶん『迷い子』の境遇は異なるようだ。  治安の悪い国に流れ着いてしまえば、問答無用で奴隷生活待ったなしだという説明を受けたときはゾッとした。    まず聞かされたは、『迷い子』が元の世界へ戻ることはまず不可能であるということ。これまでの迷い人は、恋人や家族との突然の別れを知り、パニックに陥る人も多いらしい。  だが俺は、わりと冷静だった。  元の世界に戻りたいかと問われても……何とも言えない。  家族とは疎遠で、恋人もいない。職場の人たちに迷惑をかけて申し訳ない気持ちはあるが、死にかけたばかりの今、戻ってまで仕事をやりたいかと言われると……答えはNOだ。  そういうわけで、俺はさほどパニくることもなくこの世界で生きることを決め、ボルンさんから住む場所と事務職の仕事を与えられた。  教会に寄せられる人々の声をまとめて王宮に上げるという、いわゆるお役所仕事だ。  住居は教会の二階。日本で住んでいたワンルームマンションよりも広いひとり部屋をあてがってもらえ、俺の快適な異世界転生ライフがスタートした。  そんなわけで俺はここ——フィオレアン王国で新たな人生を歩んでいる。

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