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第2話 婚活業界に飛び込んだ理由
フィオレアン王国は、大国と大国との狭間にある都市国家だ。
海運の要所となる港を中心に栄えている豊かな国で、常に物と人と金とが溢れている。
地図で説明を受けた感じだと、フィオレアンの国土はさほど大きくはない。だが文化度と民度が高く、現代日本から流れ着いてしまった俺でも何不自由なく暮らせる程度には治安が良い。インフラも整っている。
この世界のインフラは、魔法によって支えられているらしく、火や水、雷などの属性を秘めた魔法石が人々の暮らしには欠かせない。
たとえば、この世界の人々は火属性の魔法石を使って火を熾し、炊事をする。
暗い場所では光属性の魔法石で灯りを取る。魔法石を採掘するとき、雷属性の魔法石を使ってダイナマイトのように石を砕く——などなど……あまりにも便利すぎて、まるでラノベの世界みたいだ。
ちなみに、この国で最も給料が高く人気な職業は、魔法石採掘夫。
もし俺が身長172センチの細身でなくガチムチのマッチョなら、きっとそっちの仕事を紹介されていたことだろう。
肉体労働の経験はないから、事務職をあてがってもらえて幸いだった。
仕事があって、住む場所も与えてもらえた。
テレビやスマホはないけれど書物はあるし、フィオレアンの食事はけっこううまい。街中には劇場があり、そこで演劇や音楽を楽しむこともできる。
異世界転移して半年。新たな人生をスタートさせた俺は、のんびり今の暮らしが続くことを望んでいる。なのに……
——一国の王子様の婚活をサポート、だと? 荷が重すぎる……
俺は、乗り込んだ馬車の中で思い切りため息をついた。
——てか王子が婚活って何? 国王からってことは、親からの依頼ってことだよな……
結婚相談所に親が現れるのはさほど珍しいことではない……けど、いや王様って。
そもそも、王族って基本的に政略結婚とかするんじゃないの? てか、独身の王子様だろ?
よそ者の俺がしゃしゃりでなくても、普通はご令嬢が殺到して王子様争奪戦になるんじゃないのか……?
ちなみに、この国の婚姻事情は現代とたいして変わらない。
基本的には男女で婚姻関係を結ぶ。どの世界でも、異性で番って子どもをもうけるという生殖システムは同じらしい。
だが、こっちの世界は当たり前のように同性婚がある。そして、差別や偏見というものをあまり感じない。
そこは正直、かなりうらやましいと思う。現代でも、同性カップルへの偏見や差別は一見なりをひそめてきているように思えるけれど……それでも俺は、とても息苦しい想いを抱えて毎日を生きていた。
婚活業界に飛び込んだのは、俺自身の幸せを諦めたからだ。ゲイの俺は、結婚という形での幸せを望めない。それに俺の両親の結婚も、どこからどう見ても不幸そのものだった。
だからこそ、結婚して幸せになっていく人たちの姿を間近で見てみたかった。
「結婚イコール幸せ」という概念がもはや古臭いのはわかっている。それでも、婚活パーティで気の合う相手を見つけ、笑顔で会場を去ってゆくお客様の後ろ姿を見守るのが好きだった。
結婚の報告をもらい、幸せそうな笑顔とともに感謝を告げられることに喜びを感じていた。
『鳴海さんのおかげで』と言われると、自分の存在を丸ごと肯定してもらえたような気分になれて、天にも昇るような気持ちになった。
だけど、失敗した。
——……いや、今はそんなこと考えてる場合じゃない。王子様の婚活だ。
馬車を降りて見上げた先には、ディズニーランドのシンデレラ城を百倍立派にしたような白亜の城が聳え立っている。
俺は無意識に、ごくりと唾を飲み込んだ。
そっと周りを見回すと、銀色の甲冑を身につけた兵士がそこそこに佇んでいて物々しい雰囲気だ。
甲冑の隙間から覗く彼らの視線には好奇の色が強く滲んでいる。西洋風世界観の中にいる純日本人の俺が珍しくてたまらないのだろう。
とそこへ、すらっと背の高い壮年の紳士が早足で俺に近づいてきた。身なりの良さを見るに高官だろう。鳶色の髪をビシッと七三に撫で付け、キリッとした上がり眉に鋭い目元という、隙のない顔つきをしている。ボルンさんののんびりした雰囲気とは大違いだ。
「ようこそおいでくださいました。教会管理官のリオン様でございますね?」
「えと、はい。そうです」
「わたくしは第三王子付きの政務官、ローゼンでございます。なにとぞお見知り置きを」
「あ、はい! こちらこそ」
めちゃくちゃスマートなお辞儀をするローゼン氏を前にしてあたふたと胸ポケットから名刺を取り出そうとするが……ああそうだ、こっちの世界に名刺はない。しかも内ポケットもない。今日はボルンさんが選んでくれた貴族服に身を包んでいるんだった。
貴族服といっても、フリフリのフリルがついたシャツとかではなく、シンプルな立襟の白いシャツにボウタイをつけ、濃紺のコートといういでたちだ。
足元は基本的に編み上げのブーツで多少歩きにくさはあるけれど、こっちで暮らすうちにだいぶ慣れてきた。
俺がぎこちなくお辞儀をすると、ローゼン氏はキビキビした口調で「さあ、こちらへ」と言うなりスタスタと城の奥へと歩き出す。
ローゼン氏について行った先に、この国の国王陛下が待ち構えているのか……? そう思うと途端にに緊張感が増してきて、俺はひそかに冷や汗を拭った。
「あの……すみません。今日はこの後、私は国王陛下とお会いするということに……?」
「いえ、本日、国王陛下はあなたとお会いにはなりません」
「え? そうなんですか?」
「陛下はご多忙です。オルヴァ様のお相手の選別については、全てわたくしが一任されています」
「そうなんですね」
ほっとするやら拍子抜けするやら。無意識に力の入っていた肩から力が抜ける。
ため息をつき胸を撫で下ろしていると、横顔で振り返りつつチラチラこちらを見ているローゼン氏と目が合った。慌てて背筋を伸ばす。
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