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六月・二人の誕生月

梅雨入りし、生徒たちの制服も、濃鼠色のブレザーからワイシャツのみ、またはその上に白いサマーセーターという姿に切り替わる。 窓の外は雨ばかり降っているが、教壇に立つと生徒たちの白が、眩しく感じる。 六月二週目の土曜に行われる恒例の体育祭は、雨が降らず曇天の中、予定通りスタートすることができた。 「一年生が一人、騎馬戦で足をくじいて出られません。そうなると、数が合わないですね」 校医の雅史先生が昼休憩の時に、職員室で教諭らに報告をする。 体育の田淵先生が、チラッと私を見るから嫌な予感しかしない。 この人は、まだ私のことを当たり前のように生徒扱いする。 光夜のことを面倒見よく気に掛けていた頃と、全く変わらない。 教諭にも職員にも九回目を生きる者が多い中、美智雄によると、田淵先生はまだ三回目の人生らしい。 それでいてこの熱量と正義感は、尊敬に値する。 家に居場所のない子も多いこの学園、こういう人の存在は貴重だ。 「では、柚木先生が出るしかないな」 「なぜですか?」 理由を問う間もなく田淵先生に引っ張り出され、一年生と三年生が作る大きな輪っかの内輪に加わって、フォークダンスを踊ることになった。 生徒たちからは、謎の歓声があがる。 そもそも私はフォークダンスの振りを、覚えているだろうか? 遥か昔に一度踊っただけなのに。 教諭になってから毎年の体育祭を眺めてはいたから、多少は把握しているつもりだが。 放送機材から曲が流れる。 光夜と温室で何度も何度も練習した二十年前の夜を思い出したら、ぎこちなくだが手足が動いた。 元々、単純な振付なのだ。 相手がどんどんと入れ替わっていって、ラストの一人が敦貴だった。 敦貴はじっと私の目を見て、何か言いたそうな顔をしながら手足を動かす。 その表情を見ていて、私はひどく不安になった。 彼が何を言いたいのか、私が、私こそが分かってやるべきだと何故か思ったから……。 しかし何も感じ取れないまま「コロブチカ」は終わり、繋がっていた手が離れていった。 — 教諭の宿泊棟は、もちろん一人部屋だ。 私は角部屋の窓から森が見える側で、右隣が美智雄、目の前が田淵先生の部屋だ。 食堂は学生と同じ場所を使うが、トイレとシャワーは各部屋についている。 小さなキッチンもあり、冷蔵庫も置いてある。 三階にある自室の壁には、光夜が描いてくれた私の絵が額に入れて大切に飾ってあった。 彼の作品はこれと、私の手帳に挟まっているチョコレート色のダリアの絵の二点しか、この世に存在しない。 美術室にも、まとめた荷物の中にも、処分品を入れた段ボールにも、残ってはいなかったから。 霧雨の朝。 部屋のドアを開けると、廊下にダリアが届いていた。 そうか。今日は六月十七日、また一つ年を取ったのか。 教諭の誕生日は基本的には明かされていないし、生徒から教諭へ、また教諭から教諭へダリアを贈る習慣もない。 それでも美智雄だけは義理堅く、毎年私にダリアを贈ってくれる。 今年も忘れずにいてくれたのか、と拾い上げようとすると、大きなダリアの下に小さなダリアが隠れていた。 大きなダリアには「美智雄から圭吾へ」とタグがついている。 小さなダリアにタグはついていなかった。 チョコレート色の八重咲の花だ。 サイズは小さくても規則正しくまん丸で、ちょうど見頃のとても美しいダリアだった。 茎を見ると、濡れたキッチンペーパーとアルミホイルの巻き方が、庭師のそれとは違っている。 いったい誰が……。 宿泊棟には教諭しか立ち入らないし、生徒の悪戯とも考えにくい。 心当たりは全くないが、このチョコレート色に二十年前が思い出され、しばらくの間、廊下に立ち尽くしてしまった。 廊下に置かれたチョコレート色のダリアの謎は、解明されないまま授業が始まる。 だからこそ余計に頭に残り、一日中、二十年前のことを考えて過ごしてしまった。 そして「明日は休みを取ろう」と思い当たる。 担当する授業があったけれど、美智雄に「出掛けたいところがある」と申し出たら、代講してくれることになった。 おそらく、行き先が予想できたのだろう。 朝、担任を持つ二年二組の朝会で出席を取り、生徒たちへ提出物の連絡事項を伝えた。 その後、学園の駐車場に止めっぱなしの軽自動車に乗って、二時間ほど走り光夜の墓参りに向かう。 天気も良く、高台にある墓地の駐車場からは、遠くに海が見える。 過去に一度だけ来たことのある墓石の前に立てば、光夜とその弟の名前が刻まれていた。 花立てには、新鮮な花が活けてあった。 誕生日の今日、私より先に墓を参ったのは、きっと彼の母親だろう。 温室で摘んできたダリアを、左右の花立てに一本ずつ加えた。ここまで来たものの、あとは何をすればいいのか分からず、ただ手を合わせて頭を下げた。 帰りにはローカルなファミリーレストランで一人食事をし、隣にあったコンビニにも寄った。 帰路で飲むカフェオレを買うついでに、何となく彼の好きだったグレープ味のグミも一緒にレジへ持っていく。 夕飯前に学園に戻って、駐車場に車を入れていると、敦貴が近づいてきた。 「圭吾先生どこに行ってたの?」 「苗字で呼びなさい。そうだ。これ、あげます。こっそり食べなさい」 何の気まぐれか、敦貴にグミを渡した。 教諭にこんな物を貰うなんて驚いたのか、敦貴は何も言わなかった。 返事をしない敦貴を置いて、校舎に向かって歩き始める。 それでも足音がしないから振り返ると、グレープ味のグミを両手に乗せたまま、まだそれを見つめていた。 「さぁ、いきますよ。貴方も夕飯でしょ?」 声を掛けると、我に返ったように顔をあげる。 「俺このグミ嫌いだけど、もらってあげるよ先生」 仕方なさそうにそう言いながらも駆け寄ってきて、私の隣に並び歩き始めた。

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