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第1話
土曜日の夕暮れ。
俺は、西新宿のスターバックスコーヒーに居た。
駅に近いところだと関根柊一 さんからラインがきてたので、スマホでマップ確認してなるべく早く目的地に着けるよう人ゴミをかきわけ歩いた。そのおかげで、俺は待ち合わせの十八時三十分前に、レジ前に立ち、妙齢の女性のバリスタにオーダーを告げる事が出来た。
俺がオーダーしたのはカフェモカ。エスプレッソのほろ苦さにチョコレートシロップとミルクが混ざりあい、まろやかにしているスタバの定番商品。カスタマイズ無し。通な人ならカスタマイズするだろうが、こだわりがなく、そこそこ美味しければいいやという俺はいつもカスタマイズ無し。
柊一さんとかなら味うるさそうだから、カスタマイズするだろうな…とこれから会う柊一さんに意識を飛ばしつつ、俺は商品受け取りのカウンターで頼んだカフェモカを受け取る。
店内はまだ明るくて、大きなガラス張りの窓からは新宿の特徴でもある高層ビル群が見える。外にも席はあったが、このスタバはあくまでも「待ち合わせ」。最終目的地ではない。柊一さんと落ち合うことが目的であるから、なるべくわかりやすい席にした。
あと三十分。俺はスマホをバックから取り出し、ラインのアプリを立ち上げる。
「柊一さん早く来ないかなー」
ぼそっと俺はつぶやく。
ラインを立ち上げて、トークで選ぶのは当然、彼、柊一さん。俺は彼のアイコンをタップし、彼からのメッセージ一つ一つをカフェモカを飲みながら眺める。
口の中に広がる深みあるエスプレッソとチョコにミルク。それを堪能しつつ、甘さ一つもない柊一さんのメッセージを読む。もう少しこのカフェモカみたいに甘さを利かせてくれててもいいのに。
でも今日は初めてのデート。
柊一さんにそういう気はないかもしれないけど、俺からすれば立派なデートだ。胸を張ってもいい。しかもジャズバーに行くのだ。柊一さんのマネージャー橘美也子さんのライブを柊一さんと一緒に観に行く。
そう考えるだけで顔がほころぶ。
先週、柊一さんから突然手にキスをされた。あの感触がまだ俺の手には残っている。
会社に行っても俺は柊一さんの事しか頭になくて、テキパキと普段はこなしている入力作業ミス連発で、上司から苦言を呈されたっけ。どこか悪いんじゃないのかと同僚には心配された。
だって、朝から好きな人から手にキスされたんだよ!今まで何もなかった三年間が一気に吹っ飛んだんだよ!こんな大事件動揺するなって方が無理な話!…って、俺社会人だったな。
会社を回す一つのパーツとして機能しなきゃだよな…だから俺、五年たっても平社員のままなんだよな。プライベートを会社に持ち込むのは大変よろしくない。もう少ししっかりしなきゃ!…とは思ってはいる。わかってはいる。わかってはいるけれど。
「柊一さんてスタンプ使わないんだよな…」
ラインを見ながら、また俺は一人ごちる。甘さがない理由はそこにもある。俺はスタンプだらけだというのに、彼からのメッセージはスタンプの存在を全く消している。
「もう少しくだけてくれてもいいのになー」
彼からのメッセージの事務的な応答に一抹の淋しさも感じる。
キスまでしといて彼は俺の方に近づいてこない。そこが彼なりのプライドなのか、それとも俺とは距離を置きたいのか。
これが美也子さん相手だったら、スタンプ使ってたりするのかな。
美也子さんは柊一さんより5つほど上と聞いたことがある。俺からすると15歳違い。あの包容力は年齢のせいなのか、彼女自体の持つ能力 なのか。俺までも包んでしまう度量の高さ。そして大人の色香を漂わせる美貌とナイスバディ―の持ち主。あんな女性と深い関係ってだけで、俺を含めその辺の男からすれば羨望の的だ。妬まれるかもしれない。俺だって柊一さんに会わずに美也子さんだけに会ってたら間違いなく柊一さんをやっかむ。
まぁ、俺は柊一さんの後から美也子さんに会ったわけだけど。それだけで感情が全く異なってくるのはやはり運命。俺と柊一さんは運命なのだ…と勝手に一人で盛り上がる。
西新宿のスタバはオフィス街のど真ん中にある所為か、土曜だからかそんなに騒がしくない。キャピキャピ騒ぐ中高校生も居ない。落ち着いた店内、落ち着いた街。
そんな街に浮かれてる俺が居る。
自動ドアが開く度、周りをきょろきょろと見る。手にはしっかとスマホを持って。
来ないかな、来ないかな。待ち人である柊一さんは来ないかな。
事務的なラインよりも本人がいい。いくら馬鹿にされたり、嫌味を言われたとしても。
朝の五分よりも今は一分が長い。俺は今、お預けを食らってる犬みたいだ。情けないけど。
一人、また一人。
来客者は来るが、柊一さんじゃない。俺はスマホの時計を見る。
十七時五十分。約束の時間までまだ十分ある。俺のカフェラテはあと少しで飲み終わる。また俺はラインの画面とにらめっこをする。
無機質極まりないスマホの画面。その画面から伝わってくる柊一さんの面影。少し浅黒い肌に端正で華やかな中性的な面立ち。髪は芸術家を思わせるようなウエーブがかかっている。三年前月明かりの下で見たときはその美しさに心を鷲掴みにされた。
…そうか、やっぱり俺一目見たときから…。
異性愛者だった俺が性的思考を180度変えさせられたあの出会い。あれが柊一さんじゃなかったら俺は今も普通に異性に恋愛対象は向いていた。
すべては三年前の雨の日だった。
「いらっしゃいませ」
また一人来店だ。俺はスマホから目を離し、来店客を見る。
ーーー!!
待ちに待った柊一さんだ。俺は手をぶんぶん振り彼の名を大声で呼ぶ。俺はここに居るんだぞとめいいっぱいアピールを込めて。
「七瀬、うるさい。恥ずかしいからやめろ」
俺の席に来ての第一声がそれ。柊一さんは冷ややかな目で俺を見る。
「わかりやすかったでしょー」
「わかりやすければいいって問題じゃない」
あくまでも柊一さんは俺を悪者にする気だ。今日はそんな悪態さえも嬉しく感じるから不思議だ。俺はにんまりしたまま彼の顔を見ている。
「行くぞ、七瀬」
「え?もう行くの」
てっきり柊一さんもスタバで何か飲むのかと思っていた。
「タクシー待たせてるからな。行くぞ七瀬」
柊一さんが急かすので、俺はスマホをバックにつっこみ立ち上がる。まあカフェラテは飲んじゃったしいいんだけど。スタバデートは無くなった。俺の中にあった一つの楽しみが一つ減った。その楽しみ以上のものが得られるなら、それに越したことはないが。
俺と柊一さんはスタバを後にし、タクシーの待っている場所へ移動する。
「てっきり柊一さんの車出すのかと思った」
「飲むかもしれないからな、念のためだ」
「俺には飲ませないのにぃ…」
「お前、また行きにくいバーを増やすのか?」
それを言われると何も言えない。
俺は三年前柊一さんと出会ったけれど、それは俺が泥酔して柊一さんが介抱してくれたからだ。嬉しいけど、みじめすぎる出会いだった。そのおかげで柊一さんと出会ったバーには行けなくなった。
「元から飲まないって約束したよな?七瀬」
「わかってます…飲みません」
ライブなんてやるバーなんだから、美味しそうなアルコールもあるんだろうけど、そこは我慢。それにこれは柊一さんとの初デートなのだ。三年かかってデートにこぎ着けたんだ、酒で台無しにしたくない。俺は固く決意する。
神様、俺は絶対飲まないから、今日のデートだけは上手くいくよう見守って。
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