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第10話

 眩しいほどの光。カーテンの隙間を塗って射す朝日。俺は少し体の違和感を感じながらゆっくりと目を覚ます。寝返りを打とうとした瞬間、腰と下半身に走るズキッとした鈍い痛みに「う、……っ」と小さく声を上げる。  ああ、俺、昨晩…。このキングサイズのベッドで…と昨晩の情事を思い出すと顔が茹ダコのように真っ赤になる。  隣では肘を枕にして横向きになり、柊一さんは楽しそうな目を向けて俺の方を向いていた。口角をあげ、意地悪そうな笑みを浮かべる。 「……やっと起きたな。おはよう。腰、痛いか?」 「お、おはよう……。……ううん、大丈夫……っ」  俺は恥ずかしくて、上にかかってたタオルケットを鼻のところまで引き上げる。 「何隠れてる。……昨日の夜、あんなに鳴いて俺の名前呼んでたの覚えてるか?」  俺は更に恥ずかしくなって、タオルケットの中に縮こまる。刹那、柊一さんは容赦なく防御のタオルケットを剥ぎ取り、赤くなった俺の耳元に顔を近づけてくる。 「ま、待って、もう言わないで……っ!」 「なんで?『柊一抜かないで、もっと激しくして』って泣きながら縋り付いてきたの、誰だっけ。外の雨音がすごかったから、負けないように大きな声で鳴いてたよな」 「あーーー!聞こえない!嘘、俺そんなこと言ってない……っ!」  柊一さんは楽しそうだ。俺は耳を塞ぎながら抵抗する。 「言った。録音しておけばよかったな。そしたら今、七瀬のその真っ赤な顔見ながら一緒に聴けたのに」 「意地悪……!!」  俺はあまりの恥辱に耐えきれなくなり、柊一さんの胸をポカポカと何度か叩く。柊一さんは、俺の両手を軽々と片手で捕まえて、ベッドに組み敷く。 「嘘だと思うなら、もう一回確かめてみるか?昨日の夜、自分がどんな声出してたか、身体に思い出させてやるよ」 「……む、むり、もう動けない……っ」 「じゃあ、おとなしく俺に甘やかされてろ。……朝の分」  昨夜の激しいものとは違う、体温を確かめ合うような優しくて深い朝のキスを落とす。俺は彼の腕の中でその甘さを享受する。  この人が好きだ、大好きだ。俺は腕を彼の身体に回し、しがみつく。 「…何処にもいかないで…」 「行かねえよ。お前こそ行くなよ」 「俺は柊一さんの物なんだから、何処にもいかない」 「可愛いな、七瀬」  柊一さんは俺の額にキスする。  こんなにも好きな人と繋がった後って幸せなんだ。柊一さんは相変わらず意地悪だが、キスが甘くて優しい。  また俺は幻想を抱く。時が止まってしまう夢を。そうすれば柊一さんは俺だけのものになる。叶わぬ夢でも、今はずっと見続けたい。  ジリリリリとアナログな目覚まし時計の音。柊一さんの身体が離れていく。 「もう十時だな、そろそろ起きるぞ」  彼はベッドサイドに置いてあった目覚まし時計を操作し、俺に起きるよう指示を促す。 「もう少しここに居たいって言ったら怒る?」  俺は起き上がる柊一さんに目を潤ませ、上目遣いで見る。 「好きにしていい。俺は朝食作るから、キッチンに行く」  彼は、また俺の額にキスすると、そのままバスローブを軽く羽織り、寝室を出ていく。  まだこの寝室には夜の残り香がある。俺は初めて彼に抱かれたのだ。夕べの事を思い出すとまた顔が赤くなるが、それよりも柊一さんのピアノと彼の体温を感じた夜が深く脳の海馬や身体に刻み込まれ幸福感と充足感を感じる。  柊一さんは誰よりもカッコよくて、誰よりも色っぽくて、セックスが上手い…のかな。確かに痛みはあるけど、快感の方が上だ。  何せ初体験。女性よりも先に柊一さんを知ってしまった。当分はこの気持ちよさだけで生きて行ける。俺は眩しい光を尻目に、再び夢の中へ旅立った。  俺は夜の事を反芻(はんすう)するように、夢の中でも彼の中に居た。俺が柊一さんとキスしようとした時、誰かの手がそれを遮った。俺は誰の手だと思いその手の主の顔を見る。不透明で顔が見えない。俺と柊一さんの仲を邪魔するのは誰だと目を凝らしてみるが、誰だか解らない。 「邪魔するな」  俺がその謎の手の主に向かって言葉を投げる。そいつの口許が歪んでいた。カチンときた俺はその手を掴む。力強い手で押し返される。 「邪魔するなって言ってる!」 「誰が邪魔するな、だ」  俺の目の前には柊一さんの顔。俺は慌てる。 「メシ作り終わったから、呼びに来たんだけど。七瀬何の夢見てた?」 「な、何でもない…た、たいした夢じゃないよ」 「ふうん…たいしたことないって割には、お前叫んでたけどな」  俺は顔を赤くし、またタオルケットを被る。 「い、いいじゃん!夢の話なんだから!」 「ま、いいけど。七瀬起きろよ、メシ冷めるから」  柊一さんはもうバスローブではなく普段着を着てる。俺はのそのそと起き出し、夜脱がされたバスローブを拾う。 「服はリビングにあるからな、着るんならリビングに行けよ」 「わ、わかった…」  刹那、柊一さんの唇が重なる。 「七瀬、可愛い」 「……!」 「昨日の泣き顔思い出す」 「や…や、やめてよ…」  俺はまた顔をチリソース色に染め、彼から逃げ出そうとした。が、その手を掴まれる。 「七瀬、俺の物になったんじゃなかったか」 「そ、そ、それとこれとはまた話が…」  柊一さんは俺の股間あたりを片手で触りだす。 「ここはどう思ってるのか聞いてみるか」 「しゅ、柊一さん、メシ冷めちゃうでしょ」 「それはそれ。お前がそんな恰好で煽るから」 「あ、あ、煽ってない」 「それが煽ってるっていうんだよ。朝から淫らな顔しやがって」  俺はベッドに押し倒される。即座に柊一さんのキスが俺の身体を襲う。 「しゅ、しゅ、柊一さん…まだ…俺…う、動けない…」 「動けないなら、手でいかせるだけだろ」 「や…や…やめ…て…」  俺は抵抗するが、彼が与えてくれる快楽に負けそうになる。 「やめてと、ここはいってないな」  更に激しくなるキスに俺は身体を反らせる。  その時だった。  軽いジャズのフレーズが流れると、柊一さんの身体が一気に離れる。彼はポケットにつっこんでいたスマホを手に取る。 「もしもし……その声、太一か…」  太一って誰?某アイドルグループだった人じゃないよね?柊一さんの事だからどこかで繋がっていてもおかしくはない。 「その件は断ったはずだ…俺はもうただの物書きだ」  柊一さんの顔がやや険しくなっている。いつも冷静な柊一さんらしくない。俺はひとまずベッドから起きて乱れた髪やバスローブを整える。 「だからそれはもう無理だ、太一だってわかってるだろう」  段々柊一さんの声が大きくなる。俺と違って、人前で感情をあらわにする人ではないのに。 「それとこれとは話が違う。…あの時はありがたいと思ってるよ、今でも」  柊一さんの顔がまた変化する。やけに感傷的な顔だ。俺、こんな顔みたことない…。 「だから、もう無理なんだよ…」  柊一さんは電話を切った。 「悪い、七瀬。メシ食いに来い」  それだけ言って、彼は部屋を出て行った。  あの柊一さんが冷静さを失うなんて、ありえない。ありえないはずなのに…太一ってやつ、柊一さんとどういう関係なんだ、セックスの時だって冷静な彼をあんなに取り乱させるとは。  俺の欲はすっかりしぼみ、柊一さんの残した「太一」という名前だけ胸に焼き付いた。  「太一」…いったい何者なんだ?

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