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01 異変
放課後カラオケに行こうという友達の誘いを断り、俺は一人で駅に向かっていた。
健康優良児で滅多に風邪も引かない俺が、どうも最近調子がイマイチなんだ。
俺は立ち止まり、空を見上げた。大きく伸びをすると、つられるように大きなあくびが出た。
「夜更かししすぎかなぁ……」
俺は小学校からやっているサッカーを続けたくて、S大学を目指している。
サッカーばかりやってきたから、今は必死になって勉強してるんだ。だからこの体調不良は、きっと夜更かしが原因なんだと思う。
大きく深呼吸をした後、再び歩き出した。
この時間の駅前は、学校帰りの制服姿の学生が多く歩いている。立ち止まり楽しそうに話をしている女子高生もいた。
そんな中、金髪や赤髪の目立つ男子生徒と、バッグにジャラジャラとたくさんのキーホルダーをつけた女子生徒が目に入った。あの制服は見覚えがある。あまり良い噂を聞かないZ高の生徒だと思う。
何か男二人が言い争っているように見えた。困った様子の女の子が、赤髪の男の腕を何か言いながら引っ張っている。
ああ、あの女の子のことで何かあったんだろうな。
俺は関わりたくなくて、距離を置いて通り過ぎることにした。
「ふざけんなよ、テメェ!」
明らかにガラの悪い三人組の横を通り過ぎようとしたとき、突然の怒鳴り声が聞こえてきた。
えっ……。
その直後だった。
鈍器で後頭部を殴られたような痛み、突然湧き上がる吐き気、めまい……。
何が起きたのかわからなかった。考える余裕さえもなかった。
俺の目の前は一気に真っ白になり、そこで意識は途切れた――。
◇
……あれ? 俺、何してるんだっけ……。
体がふわふわと宙に浮いているような気がして、ここはどこなんだろうと思いながら、微かに目を開けた。
「大丈夫か?」
頭がぼーっとしてよくわからないけど、この声はすごく安心する。
「まだ薬が効いてるからな。もう少しゆっくり寝るといい」
俺、寝てたのかな。もしかして、寝不足すぎてぶっ倒れたとか?
でもまだ、強烈な眠気が残っている。目をしっかりと開けたいのに、瞼が重くて再び閉じそうになる。
ゆっくりと頭を撫でられた。
ああ、すごくホッとする。
俺はなんだかすごく幸せな気持ちに包まれながら、再び夢の中へ静かに戻っていった。
再び意識が浮上したのは、もう外も暗くなる頃だった。
あんなにぼーっとしていた頭も今はスッキリして、体の重さもすっかりなくなっていた。
「本当に、一体あれはなんだったんだろう?」
学校の帰り道の出来事を思い出し、俺はひとりごとのようにつぶやいた。
何があったのか全くわからなかったから、目を覚ました時にそばにいた幼馴染に聞いてみた。けど、とにかく今日は休めの一点張りで、何も教えてくれなかった。
身体の違和感はないし大丈夫そうだけど、念のため今日は入院することになった。検査結果については、明日担当医から説明があると言われた。
なんか悪い病気じゃないといいけど。
風邪も滅多に引かず、病院のお世話になることなんてほとんどなかった俺が、おそらく駅前で倒れたんだ。さすがにノーテンキで楽観視しがちな俺でも、心配になってしまう。
でもまぁ、ここであれこれ考えたって何もわからないしな。言われた通りに今日はゆっくり休もう。
俺は部屋の明かりを消すと、ベッドに潜り込んだ。
◇
「お名前をお願いします」
「村井圭太 です」
「はい、村井さん。ご気分はいかがですか?」
次の日、家族の代わりにやってきた幼馴染の白河泰雅 に同席してもらって、医師の診察を受けている。
「すっかり良くなりました。大丈夫です!」
「それは良かったです。薬が合ったのですね」
先生は他にもいくつか質問をして、俺の返事を聞きながら、ふむふむとパソコンに何か打ち込んでいく。
「村井さんは、ベータと診断を受けているのですよね」
「はい。中学生の時の一斉検査では、ベータでした。高校入学前の検査でもベータでした」
なんでこんな質問をするのだろう? 俺が不思議に思っていると、先生は検査結果を見ながらうーんと小さく唸った。
「ベータであるはずのあなたから、オメガフェロモンが検出されたのです」
「え? オメガフェロモン?」
家族も全員ベータだし、検査結果もベータだった。それなのに急にオメガフェロモンがと言われても、意味がよくわからない。
俺は驚いて、先生に問い返した。
「ええ、オメガフェロモンです。村井さん、ご家族の中にオメガはいますか?」
「いいえいません。全員ベータです」
「では、お祖父様などオメガの方はいますか?」
「……そういえば、遠方の亡くなった曽祖母が、オメガだったと聞きました」
「そうですか。それならオメガフェロモンが検出される可能性はあります。ただ、ベータにしては少し数値が高めなので、様子を見た方が良さそうですね。昨日の検査結果と比べるとだいぶ落ち着いてはいるので、一時的なものだと思うのですが……。また二週間後に来ていただけますか?」
「はい、わかりました」
なんだかよくわからないままだけど、二週間後に受診する頃には、もとに戻ってるだろう。
俺は先生からいくつかの注意点を聞き、病院をあとにした。
「オメガって遺伝するのか?」
「そうかもしれないな。うちは代々アルファが多いし」
「そうかー。でもうちはほぼベータなんだよな」
「次の受診の時にわかるだろう。けど、何か少しでもおかしいと感じたらすぐ言うんだぞ?」
「了解!」
俺は、担当の先生の説明を聞く間も、ずっと隣にいてくれた幼馴染の泰雅に向かって、敬礼をしてみせた。
「なんかよくわかんないことになってるけど、まぁ、そのうちもとに戻るだろ」
先生の話を聞く限り、そんなに大事ではないような気がする。きっと一時的なものだから大丈夫だ。
そう思って、少しおどけたように敬礼をする俺だけど、泰雅はまだ不安そうな顔をしている。
「そんな顔しなくても、大丈夫だって!」
俺は泰雅の背中をポンと軽く叩くと、泰雅の心配を吹き飛ばすように笑ってみせた。
泰雅は俺のあっけらかんとした様子を見て、ふっと口元を緩ませた。
「……ちゃんと体温測れよ?」
担当医からは、経過観察のために毎日体温を測るように言われている。だから泰雅は、まるで心配性のオカンのように、忘れないようにと何度も念を押してきた。
「大丈夫。ちゃんと測るよ」
俺はそんなに大したことじゃないって思ってるけど、なぜか泰雅は気になっている様子だ。
本当に、心配性なんだよなぁ。
「泰雅、送ってくれてありがとな……あ、何かあったらちゃんと連絡するから!」
俺の家の前まで送ってくれた心配症の泰雅は、俺が玄関の扉を閉めるまでそこを動こうとはしなかった。
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