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09 記憶の断片

「俺、記憶障害になってんだ……」  泰雅(たいが)と二人きりになって、俺はようやく声を出した。担当医からの説明は、なんだか他人事のようだった。  先生は、カルテを見ながらいくつかの質問をしてきた。診察結果は『記憶障害』だった。俺は頭を打った影響で、事件前後の記憶が一部失われているようだった。 「俺、なんで頭を打ったんだろ……」 「……それについては、今調べているから。わかったら、ちゃんと圭太(けいた)に伝える」  本当なら、こんなことになってしまった原因がわかったとしても、俺には伝えたくないだろう。記憶障害になるほどの何かがあったんだから。  けどここで誤魔化そうとしないのが、泰雅らしい。 「ありがとな」  訳のわからない状況だけど、泰雅がそばにいるというだけで、大丈夫だと思えた。 「でも……試験受けられないのは、悔しいな」  現状を考えると、試験は受けられる状態ではないと担当医に言われた。  記憶障害になるほどダメージを受けているのだから、無理もないと思うけど……。やっぱり、悔しい。 「俺、すごく頑張ったのにな……」  俺は、涙を堪えるように天を仰いだ。  泰雅は俺の手を握りしめると、ただ黙ってそばにいてくれた。 ◇ 「圭太、着替えここに……」  病室に入ってきた泰雅の声は、テレビに流れるニュースを見て、途中で止まった。テレビ画面には『大学入学統一試験 一日目』という文字が映っていた。 「ありがとう、泰雅。そこに置いといて」  お礼を言いながら振り返ると、俺をじーっと見つめる泰雅と目があった。きっと、かける言葉に困っているんだと思う。 「今日からなんだよな。俺の実力を見せつける絶好のチャンスだったのに、ほんと残念だよ!」  なんとなく落ち着かない空気が流れ始めたので、俺はそう言っておどけてみせた。  担当医からドクターストップがかかった時は、さすがに俺だって凹んだ。今までの頑張りが、すべて水の泡になってしまったような気がしたんだ。  けどそうじゃないって教えてくれたのは、泰雅だ。  今回の試験で成果を発揮できなかったかもしれないけど、頑張った事実が消えるわけじゃない。『まだ圭太にはたくさんのチャンスが待っている』って。  だから俺は、いろんな可能性を考え調べている。一年浪人するとか、専門学校でスポーツ療法士を目指すとか。……けど、正直両方とも厳しそうだ。 「金曜日に、学校から連絡があった」  何か考え込むように黙っていた泰雅は、ベッドの横にパイプ椅子を持ってきて座った。 「ああ、なんだって?」  なんのことなんて聞かなくてもわかる。俺が入院した日のことだろう。泰雅は真相がわかったら教えてくれると言っていたから、何かわかったんだと思う。  泰雅は、『まだ話せることは限られているんだけど……』と言いながら話してくれた。 「あの日、圭太は揉み合いになって倒れて、頭を打ったらしい」 「揉み合い? なんで俺が……」 「わからない。相手は、クラスメイトだそうだ」  同じ学校の生徒だとは思っていたけど、まさか相手がクラスメイトだとは思わなかった。俺は、はぁ……と小さくため息をついて、泰雅の話の続きを聞いた。  泰雅が教えてくれたのは、面談の後クラスメイトと揉み合いになったこと、相手の処分はまだ決まっていないこと、動機はまだわかっていないということだった。  相手の名前を聞いたけど、泰雅は言わなかった。相手のためというより、きっと俺のためなんだと思う。 「記憶が戻ったら、何があったのかわかるんだろうけど、かといって無かったことにはならないしな」  原因がわかったところで、試験が受けられる訳じゃない。それならそんなことは忘れて、次どうしたらいいのか考えた方がいい。  人生の分岐点で起きたトラブル。凹まないと言えば嘘になるけど、俺の人生、前進あるのみって決めたんだ。 「立ち止まってる暇はないさ。これからどうするか考えないと」  俺は泰雅に向かって、グッと親指を立てて見せた。  泰雅はほっとしたように小さく笑い、少し考えるような仕草を見せたあと、口をひらいた。 「……聞いてほしいことがあるんだ」 「ん?」 「進路のことなんだけど……」    泰雅は『圭太が、後天性オメガだとわかった時から考えていたんだけど』と前置きをして、話し始めた。  泰雅の進学予定のT大学には、オメガの特待生制度があるらしい。(つがい)登録をしていることと、一定の学力があることが条件で、専用の試験があるそうだ。 「誰でも入れる訳じゃない。一定の学力がないと無理なんだ。けど、圭太は今まで頑張って勉強してきたから、その条件はクリアできるはずだ」 「もう一つの条件は……」 「番登録なんだけど、実際には番になっていなくてもいいんだ」 「そうなのか……」  泰雅の話だと、T大学は優秀なアルファの人材が欲しい。そこで、番のオメガの待遇が良ければ、T大学を視野に入れる学生が増えると考えたようだ。  発端は人材確保のためだったけど、実際には体裁だけではなく、本当にオメガに優しい大学だと評判らしい。  今では、オメガの方からアルファにT大学に入学したいと言い出し、二人で頑張って入学するカップルもいるそうだ。 「圭太が、S大学を目指して頑張っているのを知ってたから、なかなか言えなくて」 「ありがとな、泰雅。……そうだなぁ、少し時間もらってもいいか?」 「もちろんだ。けど、手続きの関係もあるから……」 「わかってる。今週中には返事するよ」  俺は、どうしたいんだろう。どうすればいいんだろう。  あまりゆっくり考えている時間はないけど、泰雅からの提案も一つの選択肢として、ちゃんと考えようと思った。

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