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21 浅はかベータ
胸ぐらを掴まれた手を振り払い、目の前の男を睨みつけた。
「なんのことだ!」
男が突然胸元を掴んで声を荒らげたから、さすがに周りはざわざわとし始めた。けど俺は、そんな戸惑いの混ざったざわめきなど関係なく、目の前にいる男を睨みつけたままだ。
「覚えてるわけないか。お前はあの時、すぐ気を失っちまったもんな」
「……!?」
あの時……気を失った……?
俺の胸は急にざわめき出した。鼓動もどんどん早くなる。
「せっかくのチャンスだったのに、あいつがすぐ来るしさー。オメガに誘われたって言ってんのに、だーれも信じなくてよー。挙げ句の果てに、即退学だぜ?」
何を言ってるんだ、この男は。意味がわからない。
俺の中の記憶と、こいつの言っていることが、つながりそうでつながらない。
「何がオメガだ、ふざけんなよ。お前のせいで、俺の人生全部めちゃくちゃになったんだよ!」
「どういう、ことだ……?」
俺のせいで、人生めちゃくちゃ……?
俺はその答えを知りたくて、無意識にそいつに手を伸ばそうとしたけど、俺の背中ですすり泣く声に気づいた。
「柊 !」
「圭太 ……くん」
ひっくひっくとしゃくりあげる声と、弱々しい柊の言葉に気づいて、俺は振り返って思い切り抱きしめた。
「ごめん、柊。大丈夫だ」
「でも、圭太くんが……」
「俺は大丈夫。……柊は見なくていいし聞かなくていい」
抱きしめた柊は、小さく震えていた。俺が守るって決めたのに、何やってんだ!
「はっ。こんな時もお涙頂戴ってか?」
「柊、動けるか? 雨降ってるけど、外の空気を吸いに行こう」
「また無視かよ。なぁ、ちょうどいいや。あの時の詫びでさ、ちょっと付き合えよ」
「もうすぐ泰雅 も来るし、龍星 も来る」
「へー、やっぱりあいつがお前のアルファか。……俺はあいつにも恨みがあるんだ。あとで礼を言わせてもらうかな」
俺たちがこんなに無視を続けても、懲りずにこいつは話し続ける。相手をしないまま、少しずつ場所を移動してこの場を離れたい。
こいつが言っていることの真相は知りたいけど、今はそれどころじゃないんだ。柊の安全を確保しないと。
「その前に……」
男がそう言って舌なめずりをしながら、一歩近づこうとした瞬間、周りの空気が一気に張り詰めた。
「辻本 !」
それと同時に聞こえてきたのは、低く怒りに満ちた泰雅の声だった。
「泰雅、待て! 柊が怖がる! 落ち着け、俺たちは無事だ」
泰雅の番 の俺でさえビビってしまうような圧を感じ、俺は慌てて泰雅に声をかけた。
ここは駅構内で、他のオメガだっているはずだ。こんな威圧をフェロモン出されたら、みんな倒れてしまうかもしれない。
「怖がる? ああ、アルファの威圧フェロモンか? ……でも残念だったな。俺はベータだから、これっぽっちも効かねーんだよ」
辻本は、声をあげておかしそうに笑った。
俺の記憶と違いすぎて半信半疑だったけど、確かに泰雅も『辻本』と呼んだ。そうか、あんなに大人しく穏やかだった辻本が、こんなに人を小馬鹿にしたような人間になってしまったのか。
「あんただって俺のことを殴ったのに、俺だけ人生ぐちゃぐちゃにされたんだ。天下のアルファ様は何をしても許されるとか、不公平すぎて笑えてくるわ」
俺が意識を失っている間に、泰雅と何かあったんだろうな。……けど、辻本のこの話しぶりだと、どう考えても逆恨みだろう。
「さっきから、アルファだからとかオメガだからとか、何ごちゃごちゃ言ってんだよ! 俺らはなぁ――」
「圭太」
俺が前に出て反論しようとしたら、泰雅が手で静かに制した。
そして、俺たちを守るように一歩前に出ると、辻本を睨みつけた。
「今すぐ消えないと、警察を呼ぶ」
泰雅は、低く唸るように辻本に向かって言った。
「……ふん、やっぱりアルファがいないと何もできねーんだな。圭太、またな。お前の『幸せなオメガごっこ』がいつまで続くか楽しみにしてるぜ」
小馬鹿にしたような捨て台詞を吐くと、辻本は雨の雑踏の中へ消えていった。
「大丈夫か、圭太。……柊くん」
「ああ、ありがとな」
「っ、だいじょ……ぶです」
辻本が見えなくなったのを確認したら、急に体の力が抜けてしまった。柊を抱きしめたまま、へたへたと壁に寄りかかった。
「まだあんな偏見持っている奴がいるんだな……」
「……仕方がないよ。……オメガ、だから……」
鼻をすすりながらそう答える柊は、今までどんな人生を送ってきたのだろう。
俺がベータとして自由にのびのび暮らしていた時、もうすでに柊は世間の偏見に晒されて生きてきたのかもしれない。
「大丈夫。これからはどんどん変わっていくさ」
「そうだと、いいな……」
抱きしめていた柊を体から離すと、頭をそっと撫でた。
それから龍星が来るまでは、そう時間はかからなかった。
二人で気持ちを落ち着かせようと、他愛もない話をしていたら、柊の顔がパァっと明るくなった。……うん、龍星が来たみたいだ。
「遅くなっちまってごめん! ……柊? 何かあったのか?」
急いだ様子で近づいてきた龍星は、柊の様子がいつもと違うのを素早く察知し、顔を顰めた。
「詳しくは後で話す。今は、柊くんのそばにいてやってくれ」
こういう時は、過保護なアルファ同士のアンテナが働くのかもしれない。二人は無言で頷き合って、アイコンタクトをとっていた。
「圭太くん、今日はありがとう。またお出かけしようね」
「俺も楽しかった! また遊びに行こうぜ」
柊は、龍星の腕に自分の腕を絡め、ピッタリと寄り添い、手を振りながら帰って行った。
「俺たちも帰ろうか」
「そうだな」
今日は色々あった。楽しいことも不愉快なことも。
話したいことも聞きたいこともたくさんあるけれど、とにかく今日はもう疲れた。ゆっくり休んで、また日を改めて、泰雅と話をしないとなって思った。
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