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22 高校の時の話
俺は思ったより疲れていたらしい。昨日倒れ込むようにベッドに入ってから、気づいたらもう朝だった。
泰雅 の母さんが作ってくれた朝食をいただき、ごちそうさまと伝えて俺たちは部屋に戻った。
「泰雅、ちょっといいか」
「ああ」
昨日はとにかく疲れていたし、何も考えたくなかった。泰雅もそれを察してくれて、必要最小限の会話しか交わさなかったけど、少しも不安にはならなかった。長年連れ添った夫婦って、こんな感じなのかもしれないな。
正直俺は、高校の時の出来事は、このままもうなかったことにしてもいいと思っていた。怪我も治ったし、怖かった記憶もないし、何かを失ったわけでもない。
けど今回は違う。あんな公衆の面前で、大切な友達を攻撃されたんだ。柊 のことを考えると、胸が痛くなる。
だから俺は、高校の時の出来事を知りたいと思った。そして、その話次第では、辻本 に謝罪をさせたいと思った。
「……あいつ、だったんだな」
「そうだ」
「泰雅は、もちろん知ってたんだろ?」
「ああ」
そうだよな。俺は覚えていないけど、辻本は泰雅にも恨みつらみを言っていた。あの日、きっと俺の空白の時間に何かあったに違いない。
「俺な、あの時のことは今も思い出せないし、でもそれでもいいと思ってた。……けど、柊を攻撃したことは許せないし、あの事件の犯人があいつだって知って、真実を知りたいって思ったんだ」
泰雅はまっすぐ俺を見て、少し考えた後、大きく頷いた。
「俺も、圭太 が聞かないならそのままでいいと思っていた。でも、圭太には知る権利がある」
本当は、俺に傷ついてほしくないから、ずっと隠し続けるつもりだったのかもしれない。それが泰雅の優しさだと思う。けど、望まないことでも、俺の気持ちを尊重してくれるのも泰雅の優しさだ。
「あの時のこと、教えてくれるか?」
「わかった。俺の知っていることは全て話す」
俺たちは、二人で並んでベッドに腰掛けた。そして、ゆっくりと深呼吸をして「いいぞ」と泰雅に伝えた。それを合図に、泰雅は静かに話し出した。
高校三年生のあの日、俺が約束をした時間になっても現れないから、心配になって探し回ったらしい。そしたら、人目のつかない教室で、倒れている俺と呆然と立ち尽くす辻本を見つけたそうだ。
「その光景に目の前が真っ白になって、その後のことは記憶が曖昧なんだ」
「え? 泰雅が?」
「目の前で圭太が倒れているのを見て、冷静でいられるはずがない。……昨日だって、本当はあの場でぶん殴ってやりたかった」
「我慢してくれて、ありがとな」
あんな駅前で人を殴ったとなれば、いくらアルファでもタダでは済まないだろう。よかった、泰雅が自分を抑えてくれて。
「あの後気がついたら病院で、付き添ってくれていた学校の先生方に事情を聞いた」
倒れている俺を見つけた泰雅は、ラット……暴走状態になったから、その時の記憶がないらしい。それだけ、俺のことを大切に思ってくれてるんだなって、嬉しくなった。
「後で聞いた話だと、俺は辻本を殴って、自宅謹慎になっていたらしいんだ。けど、辻本本人の自白で、俺の正当防衛が認められた。当然だ。アルファの番 を傷つける行為は、罪が重い」
実際に番になっていなくても、いずれ番にと考えるような恋人に手を出すことも、罪に問われることがあるらしい。
「うわ、泰雅、本当にあいつのこと殴ったんだ?」
「ラットにならなくても、きっと殴っていた。立ち上がれないくらい殴っても、気が済まない」
「おいおい、物騒だぞ。……ほら、俺はなんともなかったし、大丈夫だって。そんなに怒りのフェロモン出すなよ。いつもみたいな、優しいフェロモン出してくれよ」
俺よりも、むしろ泰雅の方が怒ってるよなぁ。でも俺だって、昨日はさすがに腹が立った。
オメガのことを何にも知らないで、偏見だけで決めつけ、あんなに人がたくさんいる前でオメガを罵った。
元ベータでオメガになった俺には、両方の気持ちがわかる。辻本があんな偏見を持ってしまうのは、仕方がない部分もあるんだと思う。だからと言って許されることじゃないけど。
「お、これこれ。このフェロモンだよ。俺が大好きな匂い」
昨日のことを思い出し、俺も腹が立ち始めてしまったところに、心地の良いフェロモンを感じた。ああ、心からぽかぽかと温かくなる。
俺は隣に座る泰雅に身をゆだね、うっとりしながら話の続きを聞いた。
辻本は、オメガのフェロモンに唆されたと言っているらしいけど、ベータはフェロモンを感知できない。そんなことも知らないまま、俺がオメガに転化したらしいという話を偶然耳にして、計画を実行に移したらしい。
なぜ俺を襲おうとしたのか……何をしようとしていたのか……そこまでは、泰雅は聞いていないそうだ。
「理由なんてどうでもいい。あいつが、俺の圭太に手を出そうとしたという事実は、一生消えない。また俺たちの前に現れるようなら、今度は容赦しない。……社会的にも抹消してやる」
「だーかーらー、泰雅、物騒なこと言うなって。俺もさ、ちゃんと気をつけるから。大学も周辺の街も、オメガに優しくてとても過ごしやすくて、気が緩んでた。だから、ちゃんと気を引き締めるから」
俺は宥めるように、泰雅をギュッと抱きしめた。
泰雅は社会的抹消って言うけど、冗談じゃ済まない気さえするんだよな。実際、辻本は泰雅に殴られた上に、人生ぐちゃぐちゃにされたと言っていた。即退学とも言ってたな。
あんなにおとなしかった辻本が変わってしまうほど、あの日の出来事は、あいつにとっても人生を左右する出来事だったんだろうな。
「もうあいつには関わりたくないけど、少しでも改心して、真っ当な人生を送ってくれるといいな……」
「圭太は優しいな」
「優しいわけじゃないよ。でも、三年間同じクラスだったやつが、落ちぶれていくのは気分のいいもんじゃないしさ。できることなら、泰雅みたいな全部がかっこいいパートナーに出会って、俺たちにしたことを反省してくれたらいいなって思うんだ」
「愛する人に出会えれば、人は変わることができる」
「そうだよな。あいつにも、そんな人が現れるかな」
もしいつか話す機会があるなら、その時は心から反省の上の謝罪と、恋人なんて紹介されたらいいなって、俺はちょっと夢みたいなことを考えていた。
二度も酷いことをされたのに、バカじゃないのか? って言われそうだけど、俺はみんなに幸せになってほしいんだ。
そんなことを考えられるのは、俺を大切にしてくれる泰雅がそばにいてくれるからだと思う。
「泰雅、いつもありがとな」
俺は大好きな泰雅の匂いを、思い切り吸い込んだ。
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