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30 急な用事
週末、泰雅 と一緒に実家に行き、家族にバイトの話をした。
母さんから聞いた話だと、数日前に『話がある』とだけ伝えていたせいで、何かとても重大な話だったらどうしようかと緊張していたそうだ。
母さんたちがそんなふうに身構えている時に、俺がバイトの話を切り出したから、本当に大丈夫なのかと質問責めにあった。まぁ、当然そうなるなぁとは思ったけど、泰雅も隣にいてくれたし、しっかりと自分の気持ちを伝えられたと思う。
後天性でオメガになったと伝えた日から、オメガについて調べてくれたらしい。その中で、やっぱりオメガの現状も知ることになって、だいぶ戸惑ったと言っていた。
けど俺がこんな性格をしてるのは十分にわかっているし、小学校の時からいつも一緒にいる泰雅も背中を押してくれている。そのことがわかっているから、もうそれ以上詮索することはなく『頑張ってね』と応援してくれた。
そしてついさっき、面接に行った喫茶店から、電話で採用の連絡があった。
電話を切った後に、ガッツポーズをしたり「やったー!」と叫んだり、くるくる回ってみたりして、そのテンションのまま泰雅に電話をした。
『もしもし』
「泰雅、やったぜ!」
『ああ、採用の連絡が来たのか?』
「おうっ! 11月の初めから行くことになった!」
『よかった。おめでとう』
泰雅は普段から、喜怒哀楽があまり表面に出るタイプじゃないのは、よく知っている。今も淡々と話をしているけど、喜んでくれているのはわかる。
けど、今日の泰雅の声のトーンは、少しだけ低いような気がするんだ。
「バイトするの初めてだから、すげー楽しみなんだ」
『そうだな、圭太 の良い経験になるだろうな』
んー、やっぱり泰雅の様子がおかしい。声のトーンもそうだけど、ちょっと心ここにあらず、といった感じだ。
「……泰雅、何かあったのか?」
『えっ……』
本気で驚いたような声が返ってきた。
いつもの泰雅なら、俺の言うこともやることも全部お見通しって感じなのに。
『電話越しなのに、わかったのか。さすが圭太だな』
「どれだけ一緒にいると思ってんだよ」
『……圭太に、話さないといけないことがある』
少し躊躇したように言葉を詰まらせた後、泰雅は重い口を開いた。
『急遽、一ヶ月ほど海外に行くことになった』
「え……海外? 一ヶ月?」
『家のことで……父さんの代理だ』
泰雅はずっと俺のそばにいると言ってくれたから、いつでも会える場所にいるものだと思い込んでいた。
けど、泰雅だって大学のことも家のことも、これから先は仕事のこともあって、常に俺のそばにいられるわけがないんだ。そんなの当然だしわかり切っていたことなのに……。
「そ、そうなのか。……一ヶ月も海外じゃ、大変だな。頑張れよ。……あ、そろそろ夕飯の時間だ、また連絡するな」
『圭太、まだ話が……』
俺は自分が考えていたよりも、動揺してしまっていたのか、泰雅との通話を強引に切ってしまった。
何を子どもみたいなことしてんだって思ったけど、考えるよりも先に行動に移してしまった。スマホを持つ俺の手は、かすかに震えていた。
◇
泰雅にそっけない態度をとってしまってから、数日が過ぎた。
あの後すぐ泰雅からはメッセージが来て、詳しい話と日程の説明があった。
泰雅は急に入った用事のせいでスケジュール調整が大変そうだし、俺も夏休み明けということでやることがたくさんで会うことができなかった。
というのは、ただの言い訳かもしれない。会ってしまったら、海外へ行かずに済む選択はないのかって聞いてしまいそうだったから……。
「俺って、こんなやつだったっけ……」
鏡の前に立ち、俺は自分の顔をじーっと見つめた。
泰雅と一緒にいるのが心地良過ぎて、気づかないうちに泰雅に依存していたのかもしれない。
番 だからそんなの当然だって言われるかもしれないけど、俺は泰雅と対等でいたいんだ。
そう思ったからバイトをしたいって言い出したはずなのに、泰雅がしばらく俺のそばから離れると知った途端、こんなに心が揺れるなんて。
泰雅だって、俺のそばから離れたくないはずだ。けど、親父さんの代理だって言ってたし、きっととても大切な役目なんだと思う。
俺も、自分のことばかり考えていないで、泰雅が安心して海外で親父さんの代理を務められるように、『俺は大丈夫だから』と言って送り出さなきゃいけないんだ。
俺は、勇気を出して泰雅に電話をかけた。
『圭太!』
泰雅は、俺からの着信に気づいて、飛びつくように出てくれたのかな。電話越しの少し慌てたような声に、俺はクスッと笑った。
「しばらく連絡できなくてごめん」
『いやいい、圭太も忙しいだろうし』
「この前は、急に電話切ってごめんな」
『俺も、急な話をして悪かった』
「あれは仕方がないよ。急に言われたんだろ?」
『ああ、急だし海外と言われるし一ヶ月なんて……。でもどうしても断ることが出来なかった』
泰雅の家は、代々アルファの名家で、俺には分からないような付き合いもたくさんあるんだろう。それなのに俺は、あんな態度をとってしまったんだ。
「びっくりしてあんな態度とってごめん。泰雅がしばらく俺のそばから離れるって聞いて、動揺しちまったんだと思う」
『あの電話は驚いたけど、圭太が俺と離れたくないと思ってくれてるってわかったのは、すごく嬉しい』
「突然のことで、自分のことしか考えられなくなっちゃったけど、後でじっくり考えたんだ。俺は泰雅と対等でいたい。それなら、泰雅が安心して親父さんの代理を果たせるように、送り出さなきゃって」
『圭太……』
「俺ならもう大丈夫。泰雅に毎日連絡するし、勉強もバイトも頑張る。泰雅の隣を歩いても、恥ずかしくないように自分磨きに精を出すよ」
『圭太なら大丈夫だ。俺も、父さんの代理をしっかりと務めてくる』
「泰雅、がんばれ!」
『圭太も、がんばれ』
俺たちは電話越しに、固い握手を交わすように、お互いを励まし合った。
そして電話を切る前に、ビデオ通話に切り替えた。お互いの想いをちゃんと伝え合えたから、最後に顔を見たかったんだ。
少しの間、久しぶりの泰雅の顔を堪能した俺は、画面にちゅっとキスをした。泰雅も同じように顔を近づけた。
そして名残惜しい気持ちを隠しながら、同時に画面へとキスを落とした。
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