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第1話

シャワシャワシャワシャワ…… 「……ねぇ」 突然。 ねっとりと甘え付くような男の声が、背後から聞こえた。 張り付くような熱視線。湿り気を含んだ呼吸音。襟足の毛先が微かに揺れ、僕の項を擽ったような気がする。 「……」 その刹那──ゾクリと粟立ち、寒気が波紋のように広がっていく。 早朝から暑くて、肌表面がうっすら汗ばんでいるというのに。 「あの男に、脅されてるの?」 ハァ、ハァ、ハァ…… 妙に親しげな声色。 ゆっくりと迫る、犬のような荒々しい息遣い。息を潜めて警戒していれば、すぐ背後に熱気が張り付き、吐息混じりの声が僕の鼓膜を犯す。 「何か、弱みでも握られてるんだよね」 「──!」 バタンッ、 ゴミ捨て場の蓋を思い切り閉め、振り払うようにして走り出す。 ……最悪だ。 この時間なら、コイツに会わないと思ってたのに── 無い力を振り絞って階段を駆け上がり、鍵の掛かっていない玄関ドアを開ける。急いで内側から鍵を掛けると、それまで忘れていた暑さが一気に身体を襲った。 ねっとりとした手のひら。引いていく血の気。目の前に黒い霧が掛かり、ドアに寄り掛かると同時に膝から崩れ落ちる。汗で濡れた服が肌に張り付き、金属ドアの冷たさも相まって、肌表面からじわじわと熱を奪っていく。 「……」 我慢、しなくちゃ。 ここを追い出されたら、他に行く宛てなんてないんだから── 『一緒に住んでる男。……あれ、暴力団の人間だよね』 あの男に初めて話し掛けられたのは、竜一がここに住み始めて間もなくの頃だった。 汗染みの酷い黒のTシャツ。裾からはみ出た、醜く弛んだ腹。 べっとりと頭皮に張り付く、湿った黒髪。肥満特有の細い吊り眼。 最初はゴミ捨て場で何度か見掛ける程度だった。すれ違いざま視線を感じた時もあったけど、別に気にしてはいなかった。 でも、そのうち僕を値踏みするような目付きで見てくるようになって。遂には── 『そんな人間が、一般人の住むアパートに住み付いて……いいのかなぁ……』 ねっとりと、含みのある声。 獲物を仕留めるかの如く見据えられる、漆黒の小さな二つの眼。 土足で心の中を踏み躙られたような嫌悪感が、胸の奥に重くのし掛かる。 『……』 それでも。 下唇を噛み、何も聞こえなかったふりをしてその場を離れるしかなかった。 「……」 今までに比べたら、あんなの大した事じゃない。 膝を抱えながらそう思い直すものの、不安が払拭できる筈もなく。 いつ不動産会社から退去通告が来るかと、気が気ではなかった。

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