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第15話
もし、若葉だったら──こういう時、いつもそんな事を考えてしまう。
どんな相手でも手のひらで転がし、自分を優位に立たせてしまう若葉なら、どうやってこのピンチを切り抜けるだろうかと。
だけど、もしそれが血を流す行為だとしたら──僕に出来るだろうか。
「……ケホッ、」
乾いた喉が執拗に張り付く。
せっかく、息苦しさから解放されたと思ったのに。今度は咳が、止まらない……
「コホッ、コホッ……」
息が整わないまま顔を横に向け、薄ら汗ばんだ額を手の甲で拭う。
嗚咽で潤む瞳。濡れる睫毛。
黒眼だけを動かして男の顔をぼんやり見つめれば、合わせた男の小さな眼が左右に大きく揺れる。
「……だ、大丈夫? みず……水、持ってこようか?」
「ん……」
「ちょっと、待っててっ」
素直に頷けば、慌てた様子で男が簡単に僕の上から退く。
もう逃げない……或いは、逃げられる状況ではないと悟ったんだろうか。
どちらにしても、好都合には変わりない。
逃げるチャンスなら、今しかないんだから。
眼だけを動かして男の行方を追えば、案の定向かったのは、玄関脇にあるキッチン。ここからでは冷蔵庫の位置が解らないけど──入口付近にシンクがあって、その背面には食器棚と炊飯ジャーが見えたから、恐らくその奥だろう。
もし、ペットボトルの水を常備していたり、コップに製氷まで入れるとしたら……その分、時間が稼げる筈。
「……」
音を立てないよう、気を付けながらベッドを下りる。辺りを見回せば、脱いだ服はタオルケットごと奥の床に落ちている。
一秒でも時間が惜しい今、掻き集めている余裕なんかない。
乱れた服を直す暇すらないまま、息を潜めて出口へと歩き出す。
ドクン、ドクン、ドクン、ドクン……
あと、少しだ。
音を立てずに部屋の入り口まで辿り着くと、耳をそばだてながら男の様子を探る。
視界の先には玄関ドア。手が届きそうな程近くにあるのに、酷く遠くに感じてしまう。
──ドクンッ、ドクンッ、ドクンッ、
胸を突き破る程の激しい鼓動。そのせいで、余計に身体が強張る。
ここで見つかったら、お終いだ……
「……」
大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。
もし、外に出られたら……胸に手を当て、落ち着かせながら明るい未来を想像する。
まずは一目散にアパートのドア前まで走って、急いで玄関に入ったら、鍵を──
「──ッ!!」
嫌な汗が、背筋を冷たく伝う。
鍵……そうだ。
部屋の鍵は──ポケットの中だ。
……でも。
ここまで来て、戻るわけにはいかない。
だけど……想像して足が竦む。
こんな恥ずかしい格好で、外を彷徨く訳にはいかない。
それなら、ここに留まる?
……いや、こんな所で諦めるよりはマシだ。
──タッ、
足に力を籠め、思いっきり床を蹴る。
玄関の叩きに下り、ドアノブを掴もうと手を伸ばす。
脱出まで、あと少し──
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