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22 どうやらしてはいけない話だったらしい
こういう自由なところが家飲みの醍醐味なのだろうなぁと思いつつコーラ割りの焼酎をすする。
「どうですか?」
「うーん、コーラだね」
「もうちょい焼酎足します?」
せっかくなので足してもらう。
「……お酒っぽくなった!」
「で、結局美味しいんですか?」
「悪くないかも。飲んでみる?」
楓にグラスを手渡す。
回し飲みということは間接キスになるわけだが、回し飲み自体は昔から時々やっていたことなので、意識をするのもバカらしいだろう。……と思いつつ内心ドキドキしていたことは内緒だ。
「なるほど。オレはけっこう好きな味ですね」
「だったら楓くんにあげるよ。僕はミルクティー割りにいってみようかな」
まだたいして飲んでいないが、いい感じに気分がよくなってきた雪希は、自らグラスに焼酎をそそぐ。ちょっと多かったかな、という気もしたが、まぁいいだろう。
上からミルクティーを注ぎ、氷を入れて軽くかきまぜて飲んでみる。
「えっ、おいしい!」
「先輩、甘いもの好きですもんね」
「今までに飲んだお酒の中で一番美味しい」
「ほんとですか?」
くすくす笑いながら、楓はコーラ割りをゴクゴク飲み干している。
「あれ? さっきよりペース速くない?」
「オレ、スロースターターなんですよ。最初のあたりはほら、いきなり酔っ払って調子よくなるより、ゆっくりと会話を楽しみながら飲みたいじゃないですか」
楓はようやく、残っていた缶の一本を開けた。
「気分がノってきたら、けっこうガバガバ飲むタイプ?」
「そうですね。大学の時、飲み放題でサワーが入ったピッチャーを直接抱えて飲んでたら、三杯目くらいで店員さんに『そろそろ終わりにしてください』って嫌そうな顔で言われたことありますよ」
「楓くんってそういうことするタイプだったんだ?」
「大学時代の友人がバカだったもんで、付き合って一緒にバカやってたんです」
楓の大学時代の友達なら何人か知っている。特に仲がよさそうだった男子たちはみんな、雪希が苦手なチャラい陽キャタイプだったので基本的に避けていたが、確かにあの人たちならそういうことをやりそうだ。
「そんなに飲んで、一人でちゃんと帰れたの?」
雪希だったら、ピッチャー一杯目の半分あたりでダウンしてそうだ。
「はい。オレ、基本は酔っても機嫌がよくなるだけで、あんまりふらふらしたりとかしない体質なんで」
「いいなぁ」
「でも、みんなが酔っ払ってわけわかんなくなってるのに一人だけ平常心のままって、案外つまんないですよ」
「アルコールに対しても不感症気味なんだ?」
性格というより体質の問題なのでは、と心配になってくる。
「そうかもしれませんね。先輩は……人と触れあうのが怖かったり面倒だったりするから何も求めないだけで、快楽には弱そうですよね」
「どうかなぁ」
性欲はないが、基本的には欲望に負けやすいタイプだと思う。それはだいたい、物欲とか睡眠欲に反映されているのだが……。
「高校の時、電車の中でおっさんにお尻触られて、気持ちよくなりそうになったことはあるけど」
アルコールが回ってきた勢いで、今まで誰にも話したことのなかった黒歴史をぽろりとこぼしてしまう。
「……それ、痴漢じゃないですか。大丈夫だったんですか?」
笑い話にするつもりだったのだが、楓は笑ってくれず、真顔になっている。
「手はさぁ……気持ちよかったんだよ。でも『次の駅で一緒に降りよう』って耳元で囁かれてさ、その息と声が気持ち悪くてぞわっとしたから、必死に振り切って逃げたよ」
通学途中の出来事で、相手はスーツ姿のサラリーマンだった。たぶん、気が弱いタイプだと思われてつけこまれたのだろう。
そのあとも何度か同じ電車で顔を合わせたから、雪希は一本早い電車に乗るようになった。
おかげで、まだ誰も来ていない教室で絵を描けたりして、雪希としては結果的によかったのだが。
「……どうやって、触られたんですか?」
「え……最初は、手の甲が偶然お尻に当たった、みたいな雰囲気だったかな」
「こんな感じですか?」
雪希はさっきから、ソファの上でだらしなく上半身だけ寝そべる格好になっていたから、尻はわりと無防備だった。
日々、書店勤務で重労働をこなす楓の手は節ばっていて、顔の優美さからは想像もつかないくらい男らしい。
その手が、腰の下あたりを撫でてくる。
「もうちょっと下の方だったかな」
思い出しながら言うと、楓の手も移動してきた。
「次は?」
「最初は僕も偶然かな? と思ってたんだけど、拒否られないことを確認すると、掌の方で触ってきて……」
「なるほど」
あくまでも冷静な態度だが、楓の掌は雪希の尻を撫でている。
ぞわり、と不思議な感覚が襲ってくる。ただ、不快感とは違うことだけはわかった。
「そのあとは? ここも撫でられたんですか?」
「……っ」
尻の割れ目の下の方。肛門付近を撫でられて、ビクリと肩が跳ねる。
「ちょっと楓くん……」
「言えませんか?」
楓はまだ酔っ払ってはいないはずだ。だが、目が据わっているように見えるのは気のせいだろうか。
「ゆ、ゆびでは触られていないよ……」
当時のことは、しばらくは思い出すのも嫌で、詳細までは忘れかけていたが、なぜだか嘘をついてはいけないみたいな雰囲気に呑まれて、必死に記憶をたどる。
「指では?」
「あ、えと……前を触られながら、股間を押しつけられた、かも……?」
よく考えたら、そっちの方が最悪だ。
しかし残念なことに、確かに記憶にはある。
さすがの楓も少々面食らっている。
「…………一応聞いておきますが、服の中にまで手を入れられたりとかは……」
「ない! それはないよ! 電車の中だったし……」
「乱暴にされたりとかはしなかったんですか?」
「いや、どっちかっていうと優しかった、かも……?」
「へぇ……」
楓の手が、前まで回されてくる。
服越しにやんわり揉まれて、悲鳴じみた声をあげそうになった雪希は、慌てて口元を押さえた。
「……ほんとだ。勃ってますね」
泣きたい。
見知らぬ男に触られた時よりも、よっぽどいたたまれない気分だった。
「それで? 股間を押しつけられたんでしたっけ?」
楓が接近してくる気配を察して、雪希は勢いよくソファから転がり落ちるかたちで逃げていた。
「や、やめようよ、楓くん」
「すみません。嫌でしたか?」
笑って、いつもみたいに『冗談です』と流してくれることを期待していた。
しかしこの時の楓は、笑いもしなければ怒りもせず、感情の読めない無表情をしていた。
「僕たち、そういう関係じゃないよね?」
「……? さっき、恋人になったんじゃなかったでしたっけ?」
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