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第1話 出会いの始まり

 やっと開放された…  高校を出るまで面倒を見るという約束で、伯父たちは両親の遺産を受け取っていた。だから高校を卒業すれば、俺があの家にいる必要はなかった。  一日でも早く、一秒でも早くあの家を出たかった。だから“お世話になりました”と書置きだけして家を出た。これであの人たちが俺を探すことはないだろう。いや、高校を卒業した時点で母方の親族が確認に来る権利もなくなるから、書置きなんかなくたって、あの人たちは俺を探さない。  こっそり貯めたわずかなお金とギターを持って都市部に出た。ここならバイト先を見つけられるかも知れない。ホームレスとして生きられるかも知れない。誰にも気にされず、野垂れ死ぬことができるかも知れない。  とりあえず今日の寝場所を探そうとウロウロしていると、いつの間にか細い路地に迷い込んでしまった。 「おい、可愛いお兄ちゃん。金くれよ」  ジャラジャラと金色のネックレス下げた、安っぽい二人の男に道を塞がれた。 「お金はありません」 「はあ?」 「すみません。本当にないんです」  二人ぐらいなら勝てる自信がある。でもこんなところで喧嘩を始めたら通報されるかもしれない。俺って、本当に運が悪い。今日来たばかりなのに。あの家を出たばかりなのに…なんでこんな… 「じゃあ、そのギターでいいや」  男がギターに手をかけた。これだけはダメだ。これがなくなったら…最後の希望が無くなってしまう。  男の手を振り払って必死で走った。逃げ切れると思ったのに…路地を抜けたところで配送のトラックに道を阻まれた。  俺って、本当に運が…しつこく追ってきた男に腕を掴まれた。そして… 「うわっ!」  振り払った勢いで思わず殴ってしまった。  ガッシャーン!  男が店のガラスに倒れこんだ。 「ちょっと!なに?」  店から従業員らしい人たちが出てきた。 「ヤベぇ、早く立て!」  もう一人が倒れた男を引きずるようにして逃げ去った。 「あーあ…派手にやってくれちゃって…」  中から出てきた、細身で髪を茶色く染めた若い男がガラスを見ながらため息をついた。 「ちょっと、君」  落ち着いた感じの中年男性が俺の肩を叩く。 「え?」 「ケンカでしょ?事情は分からないけど…警察呼ぶから」 「待ってください!」  警察はマズい。俺の身元が割れたら、またあの家に送り返される。しかも警察沙汰になってなんて…それだけは絶対にイヤだ。 「お願いです。警察だけはやめて下さい。弁償しますから」 「君に罪はなさそうだから、警察を呼んであの二人の身元が分かれば弁償せずに済むと思うよ」 「いえ、俺が弁償します。お願いします。どうか警察だけは…」  あの家に送り返されるくらいなら、このまま車道に飛び出して轢かれた方がマシだ。 「親御さんは?」 「え?」 「君のことが分からないと、弁償してもらえるか保証がないでしょ」 「いくらかかるんですか?」 「200万くらいかな」  200万…俺の財布には千円札が3枚だけ。それでも… 「働いて返します。必ず返します」 「だからさ、親はって聞いてんの」  若い方の男がイライラしたように口を挟んだ 「いません」 「…年は?」 「…21です」 「名前は?」  名乗らないとダメだろうか…できれば自分の名前は忘れたいのに… 「見たところ、家もない行き場もないって感じだね。まあ、とりあえず寒いから中に入ろう」  中年の男性はここの店主のようだ。栗色の髪で綺麗な顔をした30代半ばぐらい。彼は俺の背中を叩きながら店の中に入るよう促した。 「マスター、ガラスないんじゃ…今日はお休み?」  中にはもう一人男がいた。小太りで短髪。店主より少し若く見える。 「悪いけど、ガラス片付けて布でも張っといてくれる?」 「営業すんのかよ…」  若い男がため息をついた。 「もちろん」  マスターと呼ばれた店のオーナーらしき男性が笑顔でそう返した。 「すみません…」 「行くところはないし、親もいないし、じゃあ、うちでタダ働きする?」 「なに言ってんだよ。こんな怪しいやつ、警察沙汰になるぞ」  ガラスを片付けながら若い方の男が言った。 「この子…悪い子じゃないと思う。嘘は…ついてるけど」  どこでわかったんだろう…俺は嘘が上手いはずなのに… 「すみません…18です…」 「だよね」 「未成年じゃん」 「あんたも未成年の時、うちでバイトしてたでしょ」 「俺は甥だから…」 「とにかく、4畳半でいいなら部屋はあるよ」 「ありがとうございます」 「でも…見たところ…ノンケじゃない?」  小太りで短髪の男が、俺を頭からつま先まで一通り舐めるように見て言った。 「それに、僕の好みじゃないし」 「それは関係ねえだろ」 「料理できる?」 「はい。自信あります」 「じゃあさ、自筆で覚書みたいの書いてもらえよ。なんか問題は起こっても全部俺のせいですみたいな」 「そうだね…必要ないと思うけど、一応もらっておこうか」 悟ったような目のマスターは、立ち上がってどこかへ消えてしまった。  よかった。とりあえず送還は免れた。ほっとして店内を見回すと、ここはどうやらバーのようだ。俺が割ってしまったのは入り口のドア横のある縦長のすりガラスで、散らばった破片を片付けようと、若い男と短髪の男が机を移動している。 「手伝わせてください」  出しゃばらないほうがいいかなと思いつつ、本来俺が一人で片付けるべきところなんだしと思い、若い方に声をかけた。 「じゃあ、そのほうきで外を掃いてくれる?あ、その前に自己紹介しとくか。俺は正信(まさのぶ)。ノブちゃんて呼ばれてる」 「僕はマサ君」  短髪の男が小首をかしげながら、そっと両手を顎にあててニコッと笑った。 「…俺は…」 「まあ、人にはそれぞれ事情があるからさ…おまえ、由羅(ゆら)ってどう?理由の由に羅生の羅」 「ユラ君。可愛くていいんじゃない?」 「俺が次の舞台で演じる役名なんだけど、何かイメージがおまえっぽい」 「由羅ですか…はい」 「じゃあ、由羅ってことで。よろしく、由羅。」  真っ直ぐ目を見ながらノブちゃんが手を差し出した。  俺はその手をぎゅっと握り返した。  こうして俺は由羅という名前で、この店、アゼリアで働くことになった。

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