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Macの電源を落とす。
夢から覚めるみたいに、ふっとモニターのバックライトが消えた。
画面が真っ暗になるのを見届けてから、アオくんは机の上にぐしゃりと崩れ落ちた。オーバーヒートしていた頭の熱が、硬い机に吸われていく。
ここ数ヶ月ずっと走り続けていた案件の、納品前の最終チェックが、ようやく終わった。
「……終わったぁ……」
深夜1時のオフィス。
静かな夜に沈んだフロアの中で、一列だけついたLED照明の下。机に突っ伏したアオくんのうなじの白さが、ぼんやり浮かぶ。
隣の席のリュウ先輩は、疲労で目を眇めながら白いうなじを見下ろした。そして安堵が混じった息をひとつ。
「……帰るぞ」
穏やかに滲むような低い声に、アオくんは重たい頭を持ち上げる。おでこには薄赤く机の痕。
それを見て思わず笑った先輩の顔を見て、アオくんの淡い色の瞳も、ふっとゆるんだ。
「帰りましょう」
◇◇◇
広告代理店のクリエイティブ局。
デザイナー3年目のアオくんと、アートディレクター(AD)のリュウ先輩は、同じチームの上司と部下だった。元トレーナーと元新人で、いくつもの修羅場を一緒にくぐり抜けてきた仕事の相棒でもある。
そして、社内の誰にも言っていないけれど、恋人同士でもあった。
もっとも本人たちはその言葉を口にすることはない。照れとかプライドとか、そういう面倒なものがいつも少しだけ邪魔をする。
でも、こうなったのも仕方のないことだったとアオくんは思う。
お互い仕事に、人生と生活を懸けすぎていた。だから隣にいる相手とも、いつの間にか人生と生活を重ねてしまっていたのだ。
アオくんはリュウ先輩を「先輩」と呼ぶ。
リュウ先輩はアオくんを「青」と呼ぶ。
それは仕事中も、二人きりのときも、あまり変わらない。
でも、残業が終わったら同じ電車に乗ることも。
先輩の部屋に、そのまま帰ることも。
朝まで、同じベッドで眠ることも。
同僚たちは知らない。
知っているのは、二人だけ。
そして今日も。
修正地獄を乗り切って、明日の朝には納品できる状態まで整えて、へろへろのままリュウ先輩の部屋に転がり込んだ。
深夜のコンビニで買ったテキトーなご飯を食べてから、久しぶりに二人でお風呂に入る。
リュウ先輩に背中を預け、後ろから抱え込まれるみたいに腕を回されて、アオくんは温かいお湯と先輩の体温に、ほぅっと息をもらした。
「……疲れましたね……」
真夜中から切り取られたようなあたたかな浴室、やわらかい湯気に曇る天井を見上げながら、ため息みたいな声。
「お疲れさん。頑張ったな、いいもん作ったじゃん」
先輩は笑って、アオくんの頭を自分の肩へ引き寄せた。その大きな手に、アオくんは胸の奥がじわりと熱くなる。
先輩と一緒に、頑張った。
いいものにしたくて必死に案を出して手を動かして、でも今回の案件は、途中で何度も潰れそうになった。
予算。スケジュール。社内政治。クライアントの都合。「いいものを作りたい」だけでは、どうにもならない問題ばかりだった。
そんなとき、先輩はいつも、自分の所掌を超えてまで上やクライアントに掛け合ってくれた。アオくんが「いいもの」を作れるように。
先輩は厳しいことも言うし、容赦なく修正も返してくる。でも同じくらい、アオくんの作るものを信じてくれる人だった。
だからアオくんは、この人の隣なら何度でも戦えると思ってしまう。リュウ先輩も、ちゃんと戦っている人だったから。
思いきり頑張ることができたのは、先輩のおかげ。
自分がデスクで手を動かしているあいだ、先輩は会議室で眉を寄せて、精神すり減らしてたの、知ってる。
それでもデスクに戻ってきたら、何でもない顔をしてクリエイティブの進捗を見てくれた。
先輩だって、疲れていないはずがない。
一番忙しいのは、いつだってAD。
アオくんは、胸の前に回された腕をきゅっと掴んだ。
「週末くらい、ゆっくりしましょうね」
肩に寄りかかって、先輩を見上げるアオくんの目元はほの赤い。それはお風呂の湯気とか、疲れとか、そしてもっとちがういろいろの感情で。
先輩は目を伏せて笑った。
「……そうだな」
◇◇◇
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