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鶏むね肉、生姜、長ネギ、レモン、三つ葉。缶のホワイトエール。夜ご飯は無事用意できそうだ。朝のバゲット、ソイヨーグルト。プラリネのタブレットチョコは翠 のおやつ。
保冷の氷も入れた大きなビニール袋を主任が持って、2人はマカンに戻ってきた。翠の手にはコーヒーフラッペ。
助手席に乗ってドアを閉めた途端、身体の力が抜ける。ベージュのレザーシートは翠の重みを吸って受け止めてくれる。音が遮蔽された静かな助手席から真正面のスーパーの入り口に、なんとなく目を遣った。
大きな自動ドア。エジソンランプがじわじわ光っていて、その向こうは薄暗い。
「早く終わったね」
運転席に乗り込んだ主任はイグニッションキーをONに回した。センタークラスターが静かに光って、エンジンが低く、でも穏やかに唸る。シフトを切り替えてするりと白のポルシェが走り出す。スーパーの入り口が後ろに遠ざかっていく。
翠はコーヒーフラッペのストローを口に咥えて、ぼんやりと窓の外を見ていた。
舌に広がる冷たい甘味、コーヒーの香り。
甘いけど、これ、こんなに苦かったっけ、おいしいけど。
ぼんやり思う。
静かに黙っている翠の横顔をちらりと見て、主任は微笑みながら声をかけた。
「疲れた?」
たった1時間ほどの外出だ。疲れるなんて、そんな。そう言おうと思って、でも主任は結局ぜんぶ分かっている。嘘も取り繕いも、みんな分かってしまうから。
「……緊張しました、ユキさんの会社の人に会うなんて、思ってなくて……」
窓の外を見ながら翠は正直に答えた。マカンは幹線道路を静かに加速している。
「そうだね」
穏やかな声。それ以上なにも言わない。
主任は説明なんてしない。
松永さんとはどういう仲なのか、どのくらい日々接点があるのか。松永さんはどういう人で、主任をどう思っていて、主任より若くて挙動不審なこの『飲み仲間』をどう捉えたのか。
翠は自分の「……こんにちは」という挨拶を思い出してまた胸の内がざわつきだした。嫌で、不快なざわつき。なにか大声で叫びたいような、気持ち。どうにかしたい。
「恥ずかしかった」
窓の外に向いたままぽつりと呟いた。ごまかすようにフラッペのストローを噛む。
一拍の沈黙。
主任は微笑んでまた、「そう」とだけ言った。
そして翠の太腿に手を置く。
温かい、大きな手。
ユキさんの手が、触れている。
カーゴパンツの薄い生地越しにその体温がすぐに伝わった。
翠は目を伏せる。
主任はすべて受け止めてくれる、何もいわずに。否定も肯定も、慰めも弁明もしない。ただ確かな体温をくれる。
その体温が翠の心のざらつきを溶かすのだ、じわじわと。
撫でてなめらかにしてくれる。
不安も不快も、羞恥も、自己欺瞞も。
消えることはないが、撫でられて心になじまされて、なめらかになる。主任の手の体温で。
翠は目を伏せたまま小さくため息をついた。そしてなにか切り替えるように口角をあげて、主任の顔をのぞき込む。
「ユキさんも飲む?」
上調子の声で、フラッペのストローを向けた。主任はちらりとまた翠の顔を見てから目を細めて、「ひとくち」と穏やかに返す。
翠がストローを口元に当ててやると、形のいい薄い唇がそれを咥えてちゅ、とフラッペを一口吸った。
「あま。おいしいけど、コーヒー感わかんないね」
「コーヒーとコーヒーフラッペは別物です」
「そうだった」
主任が笑って、すり、と太腿をひとなでする。翠も笑う。心のざらつきはなめらかになった。
消えてはいないけど。
翠は笑いながら、コーヒーフラッペのストローをちゅ、と吸った。
◇◇◇
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