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第10話 家族も恋人もマリアージュして、俺たちは旅に出る
蓮は、クッフのワインについて語っていた。
蘭が、なんであんなに美味しいんだ?と聞いたからだ。
「だから、クッフに付けた菌が良い仕事をするんだよな……兄貴、聞いてるか?」
広いダイニングで、5人で食卓を囲んでいる。
バルドは少し緊張しながらも、料理に舌鼓を打つ。
蓮の母親は、蓮の話を微笑ましく笑いながら聞いている。
伯爵の隣には、モミモの樽。
蘭は、専門的にワインを語る蓮を鼻息荒く見つめ、可愛いと連呼する。
「聞いてるぞ。蓮、可愛いな。なぁ、またお兄様って呼んでくれないか?」
「呼ぶかよ。で、クッフのワインだけどな?作り方が特殊だから生産数も限られる。でも、この辺りだと……」
じっとりとした視線を感じて蓮が顔を上げると、伯爵が慌ててモミモに視線を戻した。
そして、薄ら笑っている蘭が、蓮の皿にピッグルの肉を乗せてくる。
「なぁ、誰か真面目に俺の話聞いてる奴いるか?」
誰にも悪気が無いのは分かったが、十数年ぶりに家族全員で食卓を囲んでいるのだ。
もう少し、分かりやすく愛情を感じても良くないかと、蓮は呆れた。
「聞いてるぞ。クッフのワインは美味いよな!」
蓮の隣で、ピッグルを頬張りながら、バルドはニカッと笑う。
「蓮の知識が無かったら、俺のコンポートキャラメリゼはここまで美味くならなかった」
バルドの言葉に、蓮は照れたように笑う。
蘭が乗せてきたピッグルの肉を、バルドの皿にも乗せてやった。
「本当に。ダブダブの果実が食べられるものになってるのも驚きよ」
蓮の母親が、コンポートキャラメリゼを口に入れ、嬉しそうな顔をする。
それを見て、蓮は嬉しくなった。
「だろ?バルドの料理の発想は凄いんだ。それを創り上げられる技術もな!」
饒舌に話す蓮に、初めて蓮の子供らしい所を見た気がした蓮の母は、幸せそうに微笑んだ。
「蓮、可愛い。蓮可愛い。蓮、可愛い~」
「分かります、お兄様。このドヤ顔可愛いですよね!」
蘭とバルドが意気投合している中、伯爵がコンポートキャラメリゼに手を伸ばした。
蓮は、ゴクリと息を呑む。
どんな反応が来るのか、身構える。
「これは、美味いな。蓮も、この味は好きか?」
伯爵は、威厳のある声で、ゆっくりとバルドの料理を褒めた。
モミモに向かって……
「おい、俺はここだ」
「も、もう少し待ってくれ……まだ心の準備が……モミモ蓮になら、話せる」
「…………モミモ蓮てやめろ」
蓮は呆れるが、クッフのワインを口にした伯爵の顔が綻ぶのを見て、満足そうに笑った。
「モミモ、お土産に持ってきて良かったな」
「あれは持って帰るんだろ。大事にしろって屋台の爺さんに言われたんじゃないのか?」
「も、持って帰るのかっ!?」
焦った伯爵は、勢いで、蓮に掴み掛かった。
「え、あぁ、バルドの友達にも分けてやりたいからな」
「あっ……蓮……可愛い蓮が、目の前に……」
「ずっとここに居ただろ」
「あ、あ、どうしたら……、触れてしまってる……」
「………………」
蓮は、そっと父親の背中に手を回した。
バルドと同じように筋肉質で大きな体だが、年齢の差のせいか、若干小さく感じる。
蓮はその若干の差を、少し悲しく感じた。
「親父……抱きしめてくれよ……」
「蓮……」
伯爵は戸惑いながらも、蓮の体に腕を回した。
その手は、かすかに震えている。
「蓮……大きくなったな……」
「いつから比べてるんだよ……」
蓮の声も震える。
あんなに小さかったのにと続く伯爵の視線は、モミモに向かっていた。
「だからっ!俺はここだろ!」
「か、可愛すぎるんだ……直視なんて……」
絶対に視線を合わせないが、腕の力は弱めない伯爵に、蓮は白い目を向ける。
その向かいで、蘭が堪らずに声をあげた。
「俺も、蓮を抱きしめたいです!お父様変わってください!」
「兄貴はいいだろ。もう充分だ」
そう言って、蓮は伯爵から離れ、バルドに椅子ごと近づいた。
伯爵は席へと戻ると、モミモの樽にそっと触れる。
その様子を、蓮の母は多少の嫌悪感を出しながら眺め、呆れたようなため息を吐いた。
「それにしても、宮廷では大変だったわね。ハニートラップに引っかかるなんて。蓮はトラップを引っ掛ける方だと思っていたのに」
「………………」
蓮は返事ができない。
「大丈夫だ。今、蘭と共にお仕置きリストを作っている」
「お仕置きですか……」
「バルドは聞くな」
顔を見合わせ、頷きあう蘭と伯爵に、バルドが純粋な疑問を投げようとする。
蓮はバルドを止め、ゆっくりと自分の気持ちを言葉にした。
「それは、もういいよ。追放されて、自分がしてきた事の罪深さに気付いた。バルドにも会えた。自分の家に居場所があったことも分かった。それで良かったんだ」
「蓮……」
名前を呼ぶバルドに、蓮は座ったまま体を寄せ擦りついた。
幸せいっぱいの顔を家族に見せつける。
その表情に、母は喜び、蘭は嫉妬に近い複雑な表情をする。
伯爵は、直視してしまったのだろう、両手で顔を覆っていた。
すれ違っていた家族は食卓で幸せを噛み締め合い、不思議な形で愛を確かめ合った。
翌朝、赤いオープンカーが伯爵家の玄関に着けられていた。
瀬名が港町から運んできていたのだ。
朝から、綺麗な身なりの伯爵一家が揃い、バルドはその佇まいに、背筋を伸ばした。
蓮は、蓮の家族は、やはり伯爵家なのだと、絵画のような光景を改めて受け止めた。
「蓮、まだ行く所があるの?」
「あぁ、気になる店があって、屋台なんだけどな。そこの飯を食いに行く」
「あら、屋台のご飯なんて良いじゃない。私も久しぶりに食べたいわ」
「……うまい店だったら、今度連れてく……よ……」
目を逸らしながら照れたように言う蓮に、母の顔が綻ぶ。
「ギュッてしても良いかしら」
「…………ん……」
蓮は母とハグを交わす。きっと何年もしていなかった事なのだろう。
ぎこちなく相手の様子を伺っている所が、蓮らしくなく、蓮らしいとバルドはニコニコしながら荷物を車に積み込み始めた。
「蓮、俺も……」
「兄貴はしなくて良い」
「なんでだ、お兄様だって……」
「…………格好良いお兄様でいてくれんだろ?」
「……っ……蓮!今……」
蓮は鼻血を拭きそうな程、顔圧を高めた蘭から目を逸らして、伯爵に向いた。
伯爵の手にはまだモミモが抱かれている。
「返してくれるか?モミモ」
「………………」
「バルドがそれでまた美味いものを作る。そしたら、持ってくるから」
蓮が諭す様に言えば、伯爵はフッと笑い、遠くに視線を向けた。
「…………手土産なんて要らない。いつでも帰っておいで」
「親父……」
視線は合わないが、モミモは蓮に手渡される。
蓮は速攻でバルドに樽を渡し、モミモの匂いに鼻を擦った。
鼻にツンとした感覚があったことも誤魔化す。
「じゃあ行くよ………………あのさ……」
オープンカーの運転席に座り、蓮はエンジンをかけながら、自分の家族を振り返る。
蓮の言葉の続きを、三人は綺麗な所作で待った。
「結婚式、やったらさ……来てくれるか……?」
蓮の声は、恥ずかしそうに、だんだんと小さくなる。
母も、兄も伯爵も、ニコニコと笑顔になっていく。
「当たり前よ。綺麗に着飾ってあげるわ」
「ウェディングケーキに乗せるミニ蓮はお兄様が作るぞ!」
「……ぅっ……」
すでに目頭を抑えている伯爵が、ゆっくりと蓮に目線を合わせた。
その潤んだ瞳に、蓮は満たされる。
「可愛い蓮の旅立ちだな。バルドくん、頼んだ」
「はい!」
大きくニコリと笑い、バルドは返事をした。
それを合図に、蓮はアクセルを踏む。
伯爵家の豪華な門を、赤いオープンカーが出ていく。
車の後ろには、たくさんの空の缶がつけられていて、カラカラと祝福の音を立てていた。
「いや、これうるさいだろ。瀬名……」
「申し訳ございません」
門の外では、綺麗にお辞儀をする瀬名が笑っていた。
オープンカーの次の目的地は、美味い屋台のある街。
まだまだ、二人の旅は終わらない。
旅の土産はコンロとモミモ、そして家族の愛。
ー 外伝 変態コンロ職人から伯爵家へご挨拶、蓮の心の傷編 完 ー
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