10 / 10

第10話 家族も恋人もマリアージュして、俺たちは旅に出る

 蓮は、クッフのワインについて語っていた。  蘭が、なんであんなに美味しいんだ?と聞いたからだ。 「だから、クッフに付けた菌が良い仕事をするんだよな……兄貴、聞いてるか?」  広いダイニングで、5人で食卓を囲んでいる。  バルドは少し緊張しながらも、料理に舌鼓を打つ。  蓮の母親は、蓮の話を微笑ましく笑いながら聞いている。  伯爵の隣には、モミモの樽。  蘭は、専門的にワインを語る蓮を鼻息荒く見つめ、可愛いと連呼する。 「聞いてるぞ。蓮、可愛いな。なぁ、またお兄様って呼んでくれないか?」 「呼ぶかよ。で、クッフのワインだけどな?作り方が特殊だから生産数も限られる。でも、この辺りだと……」  じっとりとした視線を感じて蓮が顔を上げると、伯爵が慌ててモミモに視線を戻した。  そして、薄ら笑っている蘭が、蓮の皿にピッグルの肉を乗せてくる。 「なぁ、誰か真面目に俺の話聞いてる奴いるか?」  誰にも悪気が無いのは分かったが、十数年ぶりに家族全員で食卓を囲んでいるのだ。  もう少し、分かりやすく愛情を感じても良くないかと、蓮は呆れた。 「聞いてるぞ。クッフのワインは美味いよな!」  蓮の隣で、ピッグルを頬張りながら、バルドはニカッと笑う。 「蓮の知識が無かったら、俺のコンポートキャラメリゼはここまで美味くならなかった」  バルドの言葉に、蓮は照れたように笑う。  蘭が乗せてきたピッグルの肉を、バルドの皿にも乗せてやった。 「本当に。ダブダブの果実が食べられるものになってるのも驚きよ」  蓮の母親が、コンポートキャラメリゼを口に入れ、嬉しそうな顔をする。  それを見て、蓮は嬉しくなった。 「だろ?バルドの料理の発想は凄いんだ。それを創り上げられる技術もな!」  饒舌に話す蓮に、初めて蓮の子供らしい所を見た気がした蓮の母は、幸せそうに微笑んだ。 「蓮、可愛い。蓮可愛い。蓮、可愛い~」 「分かります、お兄様。このドヤ顔可愛いですよね!」  蘭とバルドが意気投合している中、伯爵がコンポートキャラメリゼに手を伸ばした。  蓮は、ゴクリと息を呑む。  どんな反応が来るのか、身構える。 「これは、美味いな。蓮も、この味は好きか?」  伯爵は、威厳のある声で、ゆっくりとバルドの料理を褒めた。  モミモに向かって…… 「おい、俺はここだ」 「も、もう少し待ってくれ……まだ心の準備が……モミモ蓮になら、話せる」 「…………モミモ蓮てやめろ」  蓮は呆れるが、クッフのワインを口にした伯爵の顔が綻ぶのを見て、満足そうに笑った。 「モミモ、お土産に持ってきて良かったな」 「あれは持って帰るんだろ。大事にしろって屋台の爺さんに言われたんじゃないのか?」 「も、持って帰るのかっ!?」  焦った伯爵は、勢いで、蓮に掴み掛かった。 「え、あぁ、バルドの友達にも分けてやりたいからな」 「あっ……蓮……可愛い蓮が、目の前に……」 「ずっとここに居ただろ」 「あ、あ、どうしたら……、触れてしまってる……」 「………………」  蓮は、そっと父親の背中に手を回した。  バルドと同じように筋肉質で大きな体だが、年齢の差のせいか、若干小さく感じる。  蓮はその若干の差を、少し悲しく感じた。 「親父……抱きしめてくれよ……」 「蓮……」  伯爵は戸惑いながらも、蓮の体に腕を回した。  その手は、かすかに震えている。 「蓮……大きくなったな……」 「いつから比べてるんだよ……」  蓮の声も震える。  あんなに小さかったのにと続く伯爵の視線は、モミモに向かっていた。 「だからっ!俺はここだろ!」 「か、可愛すぎるんだ……直視なんて……」  絶対に視線を合わせないが、腕の力は弱めない伯爵に、蓮は白い目を向ける。  その向かいで、蘭が堪らずに声をあげた。 「俺も、蓮を抱きしめたいです!お父様変わってください!」 「兄貴はいいだろ。もう充分だ」  そう言って、蓮は伯爵から離れ、バルドに椅子ごと近づいた。  伯爵は席へと戻ると、モミモの樽にそっと触れる。  その様子を、蓮の母は多少の嫌悪感を出しながら眺め、呆れたようなため息を吐いた。 「それにしても、宮廷では大変だったわね。ハニートラップに引っかかるなんて。蓮はトラップを引っ掛ける方だと思っていたのに」 「………………」  蓮は返事ができない。 「大丈夫だ。今、蘭と共にお仕置きリストを作っている」 「お仕置きですか……」 「バルドは聞くな」  顔を見合わせ、頷きあう蘭と伯爵に、バルドが純粋な疑問を投げようとする。  蓮はバルドを止め、ゆっくりと自分の気持ちを言葉にした。 「それは、もういいよ。追放されて、自分がしてきた事の罪深さに気付いた。バルドにも会えた。自分の家に居場所があったことも分かった。それで良かったんだ」 「蓮……」  名前を呼ぶバルドに、蓮は座ったまま体を寄せ擦りついた。  幸せいっぱいの顔を家族に見せつける。  その表情に、母は喜び、蘭は嫉妬に近い複雑な表情をする。  伯爵は、直視してしまったのだろう、両手で顔を覆っていた。  すれ違っていた家族は食卓で幸せを噛み締め合い、不思議な形で愛を確かめ合った。  翌朝、赤いオープンカーが伯爵家の玄関に着けられていた。  瀬名が港町から運んできていたのだ。  朝から、綺麗な身なりの伯爵一家が揃い、バルドはその佇まいに、背筋を伸ばした。  蓮は、蓮の家族は、やはり伯爵家なのだと、絵画のような光景を改めて受け止めた。 「蓮、まだ行く所があるの?」 「あぁ、気になる店があって、屋台なんだけどな。そこの飯を食いに行く」 「あら、屋台のご飯なんて良いじゃない。私も久しぶりに食べたいわ」 「……うまい店だったら、今度連れてく……よ……」  目を逸らしながら照れたように言う蓮に、母の顔が綻ぶ。 「ギュッてしても良いかしら」 「…………ん……」  蓮は母とハグを交わす。きっと何年もしていなかった事なのだろう。  ぎこちなく相手の様子を伺っている所が、蓮らしくなく、蓮らしいとバルドはニコニコしながら荷物を車に積み込み始めた。 「蓮、俺も……」 「兄貴はしなくて良い」 「なんでだ、お兄様だって……」 「…………格好良いお兄様でいてくれんだろ?」 「……っ……蓮!今……」  蓮は鼻血を拭きそうな程、顔圧を高めた蘭から目を逸らして、伯爵に向いた。  伯爵の手にはまだモミモが抱かれている。 「返してくれるか?モミモ」 「………………」 「バルドがそれでまた美味いものを作る。そしたら、持ってくるから」  蓮が諭す様に言えば、伯爵はフッと笑い、遠くに視線を向けた。 「…………手土産なんて要らない。いつでも帰っておいで」 「親父……」  視線は合わないが、モミモは蓮に手渡される。  蓮は速攻でバルドに樽を渡し、モミモの匂いに鼻を擦った。  鼻にツンとした感覚があったことも誤魔化す。 「じゃあ行くよ………………あのさ……」  オープンカーの運転席に座り、蓮はエンジンをかけながら、自分の家族を振り返る。  蓮の言葉の続きを、三人は綺麗な所作で待った。 「結婚式、やったらさ……来てくれるか……?」  蓮の声は、恥ずかしそうに、だんだんと小さくなる。  母も、兄も伯爵も、ニコニコと笑顔になっていく。 「当たり前よ。綺麗に着飾ってあげるわ」 「ウェディングケーキに乗せるミニ蓮はお兄様が作るぞ!」 「……ぅっ……」  すでに目頭を抑えている伯爵が、ゆっくりと蓮に目線を合わせた。  その潤んだ瞳に、蓮は満たされる。 「可愛い蓮の旅立ちだな。バルドくん、頼んだ」 「はい!」  大きくニコリと笑い、バルドは返事をした。  それを合図に、蓮はアクセルを踏む。  伯爵家の豪華な門を、赤いオープンカーが出ていく。  車の後ろには、たくさんの空の缶がつけられていて、カラカラと祝福の音を立てていた。 「いや、これうるさいだろ。瀬名……」 「申し訳ございません」  門の外では、綺麗にお辞儀をする瀬名が笑っていた。  オープンカーの次の目的地は、美味い屋台のある街。  まだまだ、二人の旅は終わらない。  旅の土産はコンロとモミモ、そして家族の愛。 ー 外伝 変態コンロ職人から伯爵家へご挨拶、蓮の心の傷編 完 ー

ともだちにシェアしよう!