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第35話
「大丈夫です」
「その答えはよくない。君の夕飯はちゃんと用意されているのか? いないのか?」
逃げ場をなくしていく尋ね方に「うっ」と言葉が詰まりそうになる。でも僕は家政夫なんだからにっこり笑って「ございます」と答えることができた。
簡単な家事と食事を作るくらいしかスキルがなくて、最初はどうなるだろうって心配だったけれど、意外と真似っこでどうにかなるものだな。
「……そうか」
僕がはっきりと答えたからか、トーマは何も言わないまま止めていた手を再び動かし始めた。
食事をしているのに真剣な横顔は今にも眉間に皺が寄りそうなくらいで、出会った時からその表情があまり和らいでいないことが胸に引っかかった。
まるで、生活に余裕が……違うな、心に余裕がない人間のようだ。
家があって、番がいて、天使のような子供がいて……なのにこの人はどれひとつとっても視界に入っていないように見える。
いや、心を閉ざしてこの家のすべてのことから目を逸らしているんだ。
……最初の惨状を思い出すと、目を背けたくなる気持ちもわからなくもないけれど、でもそう言う話じゃないんだろう。
この人には、心に引っ掛かる何かがあるんだってしんみりしていると、トーマが動物形のクッキーを口に入れた一瞬にだけ頬を緩ませたように見えて……
「っ⁉︎」
角のなくなった柔らかい表情は氷のような厳しい表情よりももっと魅力的だった。
「クッキー……好きなのかな?」
ポツンと呟いた言葉が消える頃には、トーマの緩んだ表情も消えてしまっていたけれど、僕は確かにそれを見た。
少し眠そうなルカを抱き抱えながら、昨日と同じように仕事にいくトーマとルカを見送る。
「いってらっしゃい」と言ったのにどうしてだかトーマはこちらを振り返ったまま動かない。
空気を読んだルカが「……ぃって、しゃい」と繰り返したが、トーマは揺るがなかった。ルカは僕に視線をやってからちょっと困った顔をして、今度は大きな声で「いってらっちぇい!」と、押し出すように気合の入った叫び声を上げる。
まるで追い出すような気配に慌てそうになったが、トーマは気にしていないようだった。
いってらっしゃいと言われてもまだ何かを待っている様子に、昨日のことを思い出して何が違うのかを考える。
「あ……本日は一日快晴で、傘の必要はありません」
「わかった」
返事はしてくれるけれどやっぱりそのままで……
リンはその態度を見てどんどんと怒りを滲ませた表情になっていく。
「えぇっと、夕飯は魚をメインに季節の彩り温野菜、おからを使ったポテトサラダ、鶏皮南蛮と根菜の汁物を予定していますっデザートは良い果物があればそれを使ってパイを考えています!」
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