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第53話
たくさん飲まされたのかな? って思うと、社会人って大変なんだなって思えてくる。
やっと見つけた就職先からクビにされてちょっと大変だったけれど、好きな料理を作りながらルカと過ごせる今の仕事は最高だ。
家もだいぶ片付いてきて、僕の部屋も少し広々としてきててゆっくりと眠れるし、文句のない……立て替え分を払ってもらえてないけれど、それ以外は本当に文句のない職場だと思う。
「もういい」
「はい、いつでも吐けるように袋を用意しておきますね」
バケツに袋に……それから保冷剤があればひんやりして気持ちいいはず! と立ち上がりかけた僕の手を、トーマが掴む。
びっくりするほど熱い手は火傷しそうなほどで、もしかして熱が出てるんじゃって思わせるほどだった。
「トーマさま⁉︎ 大丈夫ですか? 今、体温計を……」
「いや」
力を込められて、僕の手の骨がぎしりと軋む。
は と吐き出された熱い息が手の甲を撫でて……途端に背中を駆け上がるぞわりとした感覚に、僕は背を反らせた。
「⁉︎ ? ?」
「これは、酔いじゃない……」
「あ、あの、救急車を呼びましょうか?」
問いかける僕に返されたのは返事じゃなくて視線だ。
とろりととろけたような甘ったるい視線。
「…………甘い匂いがする」
「はい! 本日はパイを焼いたのと、お酒を召されて帰られるかもと思ってリンゴのシャ っ」
潰された衝撃で僕の肺から空気が飛び出る。
肋骨が軋むほどではなかったけれど、なかなかの力加減で抱きしめられた胴体は今にも悲鳴をあげそうだ。
「きみは……ベータだったな……」
「ひゃっ……そ、そうですっ」
鳩尾に押し付けられた顔面に勢いよく息を吸われて、僕は悲鳴をあげそうになったのをなんとか飲むこむ。
スースーと呼吸が繰り返されるたびに胸元に風が吹き抜けて……ルカが同じことをした時は笑い転げることができたのに、今は拘束されて逃げることもできなければ笑うこともできない。
酔っ払いのすることだから……とギュッと拳を握って我慢する。
「 っ、ぅ……」
鼻先がすりすりと甘えるように動くと、なんだか焦ったい感覚がじわりと広がる。
「しばらくでいい……こうしててくれ」
そう言うとトーマはますます腕に力を込めて僕を抱きしめた後、「だめだ」と上擦った声を出す。
「すみませんっやっぱり救急車を呼び……」
「これはハニートラップだ」
短く吐き捨てられた言葉の意味が一瞬で理解できなくて、言葉をなぞってそう言うことか! って理解する頃には僕はソファーに引きずり倒されていた。
回転する視界の中、自分に覆い被さるトーマの目は潤んで揺らめいて、ルカと同じオパールのようだ。
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