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第55話

 新しい服に着替えさせてもトーマは起きることはなくて、僕は思案しながら辺りを見回す。  ソファに寝かせることもできるけれど、ちょっと湿ってしまっていて気持ちのいい場所じゃない。ラグの上だし、このまま床って案も考えたけれど雇い主を転がしておくのも気が引けて……仕方なく僕は自分の寝床を譲ることにした。  さすがに自分より大きな大人の男を抱き上げて階段を登るのは危ないかなって思ったからだ。  僕はぐったりしたままのトーマをお姫様抱っこで抱え上げると、自分の寝床……と入っても寝袋にそっと横たえる。 「普段から寝袋で寝てるなら文句もないよね」  メーカーも同じだし なんて、自分に言い訳して……  眠るトーマの姿はどこかの有名な芸術家が丹精込めて作り上げたのかって思ってしまうほどに整っている。  それをじっと見ていると、先ほど見た熱に潤む瞳を思い出してしまい、慌てて「おやすみなさい」と声をかけて戸を引いた。  すん と鼻を鳴らすように意識して匂いを嗅いでみると、名残のようにトーマのフェロモンが漂っている。 「……いー……におい……」  それは理解して口から出た言葉なんかじゃない。  でも確かに胸の奥から零れた言葉だった。  目頭を手首でギュッと押してから、再び生地をこねに戻る。  イーストの香りのする白い塊は惚れ惚れするほど綺麗にまとめ上がっていて、これから先の姿がどれだけ美味しそうに出来上がるかを想像させた。 「よーし! 最高! 僕すごい!」  声をあげて、でもその勢いもすぐに萎んでしまい、すごすごと一次発酵のために生地をオーブンへと入れる。  ほんの少し間が開くと、胸の奥から罪悪感が駆け上がってきてもうダメで……慌てて他にできることを探した。 「掃除! 掃除しよう! もう朝だし!」  とは言っても、リビングの引き戸の向こうの和室ではまだトーマが寝ている。  それを思い出すと何もできないまま負け犬のようにキッチンに戻って、何か作れないかと冷蔵庫を漁るんだけど……食材はことごとく調理し尽くしてしまった。 「一晩中作ってたら……仕方ないか……」  寝床をトーマに譲ってしまったし、今夜はリビングで寝ようって思ったけれど、掃除はしたがそこはトーマが自慰を頑張った場所だ。  それだけでも気まずいのに、リンのことを思い出しちゃって僕の心はへし折れた。  例えそれが薬を盛られてのことだったとしても、番のそんなシーンを家政夫に見られていい気持ちはしないだろう。  僕が怒られるのはいいけれど、それで二人の仲にひびが入ったら……ルカにも顔むけができなくなる。

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