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第56話
それを考えるとおとなしく横になるなんてできなくて、最悪なことばかり思い浮かべて自己嫌悪に陥っちゃうから、とにかく体を動かして……
床は二回も拭き上げたし電気の傘までピカピカで、冷蔵庫は惣菜でぎっしりだ。
隙間という隙間の埃には割り箸や爪楊枝を活用し、エアコンの汚れも換気扇も汚れひとつない。
僕の部屋にしているリビングの奥以外、家の中はピカピカだった。
「外の片付け……に行くのは不安だな」
一度、虫に刺されたら良くないしと思って、ルカの寝ているうちに庭の草むしりに出たことがあった。
目覚めたルカは泣き喚くことはなかったけれど、ほとほととただただ静かに宝石のような目から雫を零して家中を歩き回っていた。
僕を見つけて腕の中に収まっても声は上げないまま、じっと胸にしがみついて離れなくて……
リンが一緒に暮らしていないことも、トーマがルカを避けていることも理由があってのことだと思う。
でも、ルカをあんなに悲しく泣く子にしてしまっている二人には憤りを覚えていた。
だからと言って、口出しができるわけじゃないのだけれど……
「ここを追い出されたら、会えなくなっちゃうもんね」
最悪、仕事はどうにか探せるかもしれないけれど、その勤め先にはルカがいないなんて耐えられない。
ふわふわの柔らかほっぺを胸につけながら、満面の笑みで僕を見上げてくれる笑顔を手放すなんて……
「そんなのダメっ! ロスになっちゃうっ」
思わず声をあげたと同時にからりと音が響いた。
「何かがなくなったのか?」
掠れた声はいつもよりも少し高く聞こえて、それに合わせて僕もいつもより高く飛び上がる。
「何もっ何もないですっ! おはようございますっ!」
僕の声にトーマは不機嫌そうに顔をしかめてから、ふらついてソファーに腰を下ろす。
思わず昨日の光景を思い出して耳が熱くなったけれど、トーマは何かを気にしているような雰囲気はない。
もしかして、酔ってて覚えてない……のかな?
こっそりと様子を窺うに、気まずそうな感じはなかった。
「もしよければ温かい汁物がございますが……」
そろりと話しかけても僕の方も見ないし、いつも通りの横顔だ。
「ああ、頼む」
言葉遣いもいつもの通り……これは、なかったことにできるんじゃないんだろうか?
そもそも僕はしがみつかれてただけだし、ぬいぐるみかなんかの代わりだったんだからもしかしたら罪悪感を感じる必要なんてないんじゃって思うと、ちょっと心が軽くなってくる。
なんだか天啓を得た気分で温めたお豆腐に昨日の昼間にコトコトと煮込んだ鶏ガラスープをかけ、すったゴマと刻んだネギ、それから生姜を添えて出す。
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