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第57話
昨日の夕食はいらないって言われてたけど、会食でお酒を飲んだらラーメンを食べたがるかもしれないって思って、鶏ガラで作っておいたスープだ。
ルカには小さなおにぎりと唐揚げでラーメンセットにしたら、すごく喜んでくれた。
トーマはすぐに口をつけず、ソファ前のローテーブルに置かれたそれをじっと見つめている。
「別のものをお持ちしましょうか?」
スプーンをくるくる回すばっかりで口をつける様子がない。
食べたくないものを出してしまったのかもしれないから尋ねると、トーマは左右に首を振ってから頭の痛みに顔をしかめた。
「少し冷ましているだけだ。これをいただく」
「は……はい」
もしや……猫舌?
子供みたいなんて失礼なことを思いながら、スポーツドリンクをそっと置く。
トーマはやはりいつもよりぼんやりした様子でそれを飲み……やがて椀を持って食べ始めた。
具合が悪いわけでも、機嫌が悪いわけでもないようでほっとしてからルカの朝食の準備にかかる。
焼きたてのパンを用意しても良かったけれど、こちらはお昼に置いておいて……昨日の夜に混ぜておいたホットケーキの生地を出す。一晩寝かせることでもっちりとした食感で焼き上がるホットケーキはふわふわのものよりも食事向きだ。
皮がパリッとしたソーセージとスクランブルエッグ、リンゴも一緒に火を通すと食欲をそそる香りが漂う。
「 ――いい匂いだな」
何度目かわからない、背後から耳元で囁かれた声に飛び上がりそうになると、手からフライ返しが飛び出して……
「わっ」
空中に飛び上がったフライ返しをトーマはサッと掴むと、僕に返してくれる。
「いい匂いがする」
「あ……あ、あの、食べますか?」
「ああ」
「用意しますね」
「ああ」
返事はするけれどトーマはすぐ後ろに立ったままだ。
これ、なんだろう?
ハニートラップだって言ってたくらいだから、何か入れられないか警戒しているんだろうか?
「どうされま……」
トーマの鼻先が僕の髪に触れる。
それは雇用関係の人間の間にあるような距離じゃなかった。
肌の熱すらわかってしまうんじゃないかって隙間しか空いてなくて、跳ねた心臓をさらにギュッと掴まれたんじゃって気持ちになって息が止まる。
すん と、確かにトーマは鼻を鳴らした。
αやΩがフェロモンを嗅ぎ分けようと無意識にするその動作に……
「すぐにお持ちしますっ!」
ざざっと冷蔵庫の方へ逃げるけれど、その先は裏口の扉があって行き止まりだ。
ほんの数十センチも逃げられていない状況で、僕はもしかしてΩだってっバレたんじゃないかって息をつめた。
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