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第60話
だった……だ。
僕の手に、今は二つともない。
水泳はΩだと発覚してから続けるのが難しくなった。
体が辛いとかそんなんじゃない、水泳は人に水着姿を晒さなければならない時もある。
女性と同じように男型Ωは子供を産んで母乳で育てる、その胸を曝け出すことはよしとされず、Ωに対する嫌悪と性的なものを見る目に耐えかねて……しばらくはスーツスタイルの水着で頑張っていたけれど、大会規約で使用を禁じられて諦めざるを得なくなった。
陸上で問題になったのは貧血だ。
スポーツ貧血にも加えて、Ωは子宮……男型Ωの場合は胎宮って呼ばれる器官があって、その器官の関係で貧血がひどくなった。
増血剤や鉄剤でどうにかしようと、家族一丸となって試行錯誤していたけれど改善らしい改善はしなかった。
けれど、そのどちらも結局、『抑制剤が合わない』ってだけでどんなに努力しても続けることができなかった。
特に発情期が本格化した高校時代は最悪で、合わない抑制剤を飲んで副作用で倒れて……運動らしい運動もできないまま、抑えきれない制欲を呪いながら過ごす日々だった。
でもそれを打開してくれたのはお父さんが見つけてくれた新薬だ。
発情期が特にひどいΩに向けて開発されたそれは、発情期の間は獣になる僕を人間に戻してくれた。
それだけでも僕は救われたんだ。
結局、副作用で激しい運動をすると倒れてしまうから、水泳も陸上もできなくなってしまった。けれど、それでも……僕は人として生きていけている。
そのことに、僕は感謝を欠かしたことはない。
「――――――う」
走ったり、泳いだり、随分と懐かしい夢を見た……と目を開けながら思う。
まぶたがもったりと重く感じる理由が、まつ毛に雫がついているからだってこめかみを流れていく雫でわかった。
「あ、僕……「ぅ、あああああああぁぁぁぁぁぁぁっ!」
どうして? って尋ねる前に、どうしたんだろう⁉︎ に言葉が変わる。
鼓膜を破りかねなくらいの音量で泣き出したルカは僕の胸の上で泣ききって、今にも引きつけを起こしそうだ。
「ルカさま! ルカさま? ルーカーくんっ!」
大きい声で叫んで、背中を落ち着けるように頸椎に沿って上から下までゆっくりと撫で下ろす。
こうすると心を落ち着けやすいんだって、元気すぎる弟たちを宥めるために調べたことがった。
ヘーゼルナッツ色の髪は汗で張りついて、体は泣くために力を搾り出しすぎたのか小刻みに震えている。
「え、え? えっと……」
ルカを抱きしめならが体を起こすと、見知らぬ部屋だ。
いや……見たことはあるんだけど……
「起きたようだな」
「トーマさま!」
ドアを開けて入ってきたトーマの手にはトレイが載っている。
「僕は……」
「倒れた」
「た⁉︎ ……あぁ、そっか」
αから漏れる怒りのフェロモンに耐えられなかったんだ。
特に徹夜明けだったから、余計にそういった刺激に弱くなっていたんだろう。
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