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第142話

 βならまだ追い出しやすかったが、Ωは発情期を使ってハニートラップを仕掛けてくることもあり……トーマはΩを雇いたくなかったんだ と、呻くように言った。  つまり、あの汚家はトーマに夢中になってしまった家政婦たちの副産物であって、ルカをゴミに埋もれさせて生活させたかったわけではなかった と。 「なるほど」  僕の前に何人の家政婦がいたのかは知らないけれど、すべからくそれらはトーマに拒絶されて骸に成り果てたってわけで……   「そんな時に、僕が来たってわけですね」    ふふ と笑いながら言うと、トーマはちょっと考えてから僕の鼻をギュッと摘んだ。 「ひぃたぁーい!」 「ああ。前任が一日で辞めてしまって、困っていたんだ」 「優秀な家政婦がきてよかったでしょう?」  ジンジンと痛む鼻を擦りながら得意げにいうと、トーマはちょっと顔をしかめて唇を突き出した。 「それよりも、バース性を偽るから、すごく混乱した」 「混乱?」  そんなふうには見えなかったけどな? って首を傾げていると、トーマの手が伸びてきて僕を抱きしめた。  いや、ただ抱きしめているんじゃなくて、項に鼻先を寄せてすんすんとフェロモンを嗅ぎ分けるように鼻を鳴らしている。 「ひゃっ……くすぐった……」 「君からはずっといい匂いがしてた。料理の匂いか、服の匂いか、ずっと考えていたんだが……」  そういうとトーマは再び僕の項をすんすんと嗅ぎ始める。  その行動に……そういえばトーマはずっと僕の後ろに忍び寄るように立っていたってことを思い出した。  あれは単純に人の背後に立つのが趣味ってわけじゃなくて、無意識に僕のフェロモンを嗅ごうとしての行動だった⁉︎ それは痴漢行為じゃ……って言いそうになって言葉を飲み込む。 「君のフェロモンはとても好ましい……すごく好きな匂いがしてて、いつも食べたいと思っていた」 「でも、僕ちゃんと抑制剤飲んでたし? 頓服だってちゃんと  」 「関係ない、君はずっといい匂いで、ずっと項が無防備で…………今も気が狂いそうだ」  首の皮膚に硬いものが当たる。  歯だ! ってわかった途端に心臓が跳ねて、全身が心臓になったような気分だった。  項はΩがαに噛まれる場所でもある。  それでなくとも生物としての急所でもある首を舐められ、歯を当てられて…… 「ぅ 、な、なんだか、ゾクゾクします……」 「そうだろう? フェロモンを出して懸命に誘っているからね」 「っ! フェロモンじゃなくて、言葉が欲しいです!」  僕の体は肺に満ちるトーマのフェロモンのせいで猫のようにぐにゃぐにゃで、トーマが促すままにソファへと押し倒されてしまう。  ゆっくりと外されたメガネの奥から現れるのは夏色のソーダ色をした煌めく瞳だ。  僕だけを見て、僕だけを映して、ゆっくりととろけるようにゆらめけば、ソーダの中の氷がカコン と音を立てるようにその瞳に恋してしまう。 「都筑、私の番になってくれないだろうか? いつか必ず、君がもう一度走れる薬を作ってみせるから」  指の甲が愛おしそうに頬を撫でていく心地よさに酔いしれながら、僕は一目で虜になった蒼い瞳を見つめ返してゆっくりと頷き返した。 END.  

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