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幸せなら

 NAOKIのスキャンダルを載せた週刊誌が発売された。  ネタは、ゲイというだけでなく、彼が幼少期に孤児院で育ったことなども書かれていた。  『孤児院で育った子がどういう成長をとげるのか』というタイトルまで付いていた。  記者から、ネイルサロン『ロータス』への取材申し込みが何度もあり、蒼は丁重に断り続けていた。  しかし、毎週発売される週刊誌の内容は更新されており、業界関係者からの言葉として、あることないこと書かれるはめになってしまった。 「業界関係者って、誰よ」  エリカが噂好きのお客さんからもらった雑誌をまるめて、そのお客さんが帰ってから、ゴミ箱に叩きつけるように、言葉も吐き捨てた。  業界関係者……おそらく立花だろう。  かつて、蒼が通っていた専門学校のことや、開業する前にアルバイトしていたボーイズバーのことまで書かれていたのだから。  それは事実としても、そこで派手に男遊びをしていたという悪意のある嘘が並べらていた。  「今は、我慢しよう。あれからNAOKIくんからの連絡が来ていないし。二人には、迷惑かけて申し訳ないと思っているよ」  暗い影を落とす蒼に対して、エリカと望は、元気よく励ましてくれていた。    しかし、店に訪れる客層が、今までと少し変わり、明らかに面白半分という客が増え、しばらくストレスのかかる接客を余儀なくされた。  店を閉める頃には、スタッフ二人の元気もなく、表情が険しいものになっていた。    ――こんなことになるなんて。店やスタッフを巻き込んでまでのことになるとは……。    ストレス疲れもあるが、レストラン『雪月花』には顔を出すことはしなかった。  悠のことは、何も週刊誌には載っていないし、それらしい記者関係の客も来ていないらしい。  悠の店も自分と同じように、厳しい対応を迫られることになったらと思うと……くるしい。  家に帰ってくる悠は、いつも通りの表情でいつも通りに蒼を安心させてくれる。  週刊誌の件は知っているのに、「大丈夫」とだけ言い、蒼を優しく抱きしめる。  悠に抱きしめられながら、自分の無力さや情けなさを押しつぶしている。    週刊誌からの取材申し込みが下火になってきた頃に、NAOKIからメールがきた。  『連絡できなくてごめんね。事務所から何もするなと言われていて。でも、今回、映画公開の取材があるから、TVに出るよ。自分の夢のために、私は逃げないわ!』  それだけの内容だったが、蒼には十分NAOKIの強さが伝わった。    テレビに映る映画公開のPRは、NAOKIが端役として出演したものだったが、NAOKIが主役といわんばかりの対応になっていて、主役の俳優陣たちがNAOKIを庇っているようだった。  主役の俳優からは、『この映画は、リアリティを追求した素晴らしい作品になっていますよ』  面白がっている取材陣に対して、本気の熱量で『ぜひ見てください』と熱く語る。  NAOKIの表情が少し安らいだものになっていた。  次にNAOKIが答える。 『わたしには夢があります。この作品に出られたことは、宝になり、その夢への第一歩といってもいいと思っています。今までお世話になった人に対して感謝の気持ちでいっぱいです。是非、この映画もこれからのNAOKIも応援よろしくお願いします』  テレビカメラを真っすぐに見て言うNAOKIは、すごくかっこよかった。    映画公開のPR取材が終わり、ワイドショーの取材陣が、NAOKIだけを囲み例の週刊誌についての質問が始まった。  テレビでは、そのまま生中継されている。  質問が始まってすぐに、同じ映画に出ていた大御所俳優の武田が割り込んできて、画面がざわつき始めた。 『いやいや、取材の邪魔しないけど、NAOKIくんの傍にいさせてよ。大事な人だからさ』  武田がそう言うと、取材陣からは、尋常ではないほどのフラッシュが上がった。 『だ、だ、大事な人とは、どういうことでしょうか?』  記者の声もうわずっている。  それを笑顔でやんわり制してから真面目な顔で続ける。 『そのまんまの意味ですよ。今は、NAOKIくんの声を聞いてください』  NAOKIは武田を見つめた後、取材陣に対して丁寧にお辞儀をして語り始めた。    ――わたしが通っているヘアメイクやネイルサロン、マッサージ、スイーツ店の人たちは、みんな大事な友人です。彼らにとって大事な仕事場です。どうか皆様、その友人たちの仕事を邪魔するようなことはしないでいただきたい。お願いいたします――。    NAOKI、武田の二人がお辞儀をしたことで、更にフラッシュが上がる。  その後、記者たちから、武田に対して矢継ぎ早に質問が飛ぶ。  武田とNAOKIはお互いを見つめ合い、何かを確認するように質問に答えている。  二人が恋人同士というストレートな表現はないけれど、画面に映る二人は、互いを大事に思いやる気持ちが見えた。  直接的な表現がなくても伝わる二人の空気感に記者たちも圧倒されているようだった。  ワイドショーは、スタジオ内の司会者にカメラが切り替わった。  女性タレントが『素敵な二人ですね』とうっとりした顔でコメントする。    蒼はテレビの画面を消して、携帯電話の画面を見つめた。  母からのメール着信。『連絡が欲しい』というだけのものだった。  携帯電話の画面をそのまま閉じて、小さくため息をついた。  「蒼さん、お客様です」  一階にいる望から声がかかる。  そうだ、まだ仕事中だ。  蒼は、自分の頬を両手でパシリと叩き、気を引き締め、下に降りた。  週刊誌の一件以来、常連さんたちが予約とれないくらいに、|一見《いちげん》さんの客が増えていたが、ようやく蒼の昔からの|馴染《なじ》み客が来られるようになった。  いつも会社帰りに寄ってくれるその女性は、この店をオープンしてすぐについた客で、蒼がゲイだということも知っている。 「蒼さん、聞いてよ。うちの新人がミスしたわけよ。受注ミス。まあ、新人ならよくやるミスなんだけど……」  席に座るなり、機関銃のように喋りまくる姿をみて、どこかNAOKIを思い出し、吹き出してしまった。 「やだ、なに笑ってるのよ。まだオチ話してないけど」 「オチあるんですか?」  ニコニコと微笑む蒼を見て、彼女も微笑む。 「良かった。元気そう」 「水城様も、お元気そうでなによりです」  水城はふっと小さく息を吐き、良かったと呟いた。 「笑っている蒼さんで良かった。心配したのよ。予約の電話もつながりにくくなってたし……」  ――あまりにも取材依頼の連絡が多くて、ひどい時は電話をずっと話し中にしていた時もあった。 「申し訳ございません。僕がふがいなくて……スタッフにも辛い思いをさせてしまいました」 「こんなことなのに、店が回らないって大変よね。あ、こんなことじゃないか……ごめん……」 「いや、こんなことですよ。僕のせいなだけですから 」  なにが?とキョトンとした顔をする水城に、戸惑ってしまった。    ゲイだから……。  いや、そうなのか? 本当にそれは俺が悪いのか?    真顔になり、水城を見つめる。  水城もキョトンとした顔のまま。しばらく見つめ合って、水城がフッと笑った。 「蒼さんのせいじゃないじゃん。店が大変になったのは、週刊誌の余計な記事のせいでしょ」  それから少し声を抑えて、「蒼さんはゲイってだけじゃん」 「私にとっては、些細なことよ。それより新人の受注ミスの方が大したことだし」  蒼は、水城の言葉と行動に、改めて気付かされた。    今、声を抑えてゲイと言ったことも彼女なりに気遣った優しさ。  レストラン『雪月花』の前田夢が、悠のことを話す時、俺に小声で話すこと。  悠と初めてキスをした時に、『誰にも見られていないよ』と言った言葉。  どれも俺に対して気遣った優しさで、それが当たり前だと思って甘えていた。    堂々としているつもりで、隠していないつもりで、でも隠したいという気持ちが周りには伝わっていたのだ。  なんて恥ずかしいことだろう。情けないやつ。  おそらく、俺は今とんでもなく顔が強張っているか、泣きそうな顔をしているだろう。    水城は、蒼が何かに気付いたと思ったようだが、それがなにか分からなかった。ただ、「大丈夫よ」と優しく言ってくれた。 「水城さん、ありがとう。俺、あ、僕もう大丈夫です」  笑顔を取り戻し、1つお願いをすることにした。  *****  ネイルサロン『ロータス』の定休日。  蒼と悠は、レストラン『雪月花』に向かって歩いた。 「どうしたの? こんなこと初めてじゃない?」  そう話す悠は、いつもより頬がゆるい。  蒼は、前に自分の仕事場まで一緒に来てくれた悠のように、なるべく時間を共にしたいと思い、雪月花まで一緒に行くこととした。  どんなに一緒に居たくても、人前でベタベタすることは好きじゃない。でも、ただ並んで歩くことはしたい、手もつなぎたい。  それを察知した悠が手を握ってくる。 「俺は大丈夫だから、蒼が嫌だったら止める」  いつも気遣ってくれている。 「大丈夫」そう言って、指を絡めた。  悠の顔が更に緩んでいくのを見てると、レストランの客に見られたら、悠のファンに刺されてしまうのではないかと不安になる。   「悠は可愛いな」と呟いた。 「かっこいいって、言われたい」  少しムキになって言うその顔も可愛い。 「じゃ、かっこいい」 「じゃ、じゃ、ってなに?」  慌てふためく表情も可愛い。そしてかっこいい。俺の自慢の恋人。    顔を上げて見つめると、悠が少し目線を下げて応えてくれる。  安心感に包まれるこの気持ちは、もう手放せない。    俺は、いつもどこかで人を信用していなかった。一人で生きているつもりでいた。  だけど、ここ最近の出来事で、どれだけ周りの人に助けられていたのか、気遣われていたのか知った。  勝手に思いを巡らせて、臆病になったりしてたけど、気持ちは伝えなきゃな。  言わなければ伝わらない……。    前に視線を移した時に、見知った顔が目の前に現れて足を止めた。 「蒼?」  悠も歩みを止め、蒼の不安感を察知して、咄嗟に蒼の前に出た。 「悠、どいて。俺の兄だよ」  久しぶりに見る兄の顔は、眉間にしわが寄り、父に似てきた。  そこで、母からの連絡してくれというメールを後回しにしていたことを思い出した。  近づいてきた兄が蒼の肩を揺らしながら勢いよく言う。  「母さんに連絡してないだろう? 心配で一緒に出てきたよ」    呆気にとられながら「一緒?」と周りを見ると、兄の後ろの壁に隠れるように身を潜める母の姿があった。  母は、周りの目を気にするように挙動不審になっていた。  ――この人は変わらないな。  自身なさげにして、いつも父の後ろについて、周りの目を気にしている。  臆病なところは、俺も似てしまった。  母に近寄ると、母は少し頬を緩ませたが、悠をみて緊張している。 「母さん、連絡しなくてごめん」  頭を下げる蒼に、母は近づき抱きしめてきた。 「蒼、少し痩せたね」  そう話す声が鼻声になっていて、胸が締め付けられた。    十年以上ぶりに会う母は小さくなっていて、老けたなと感じたけど、声のトーンは優しくて昔と変わらない。  涙が出そうなのを堪える。  伝えなきゃいけないことが沢山あるのに、今は、母のこの温もりが心地よくて目を閉じた。    しばらくして、人が行きかう道であることにお互い気づき、軽く笑い合いながら離れた。 「あの、お、お母さま、僕は北条悠と言います。あの、蒼さんには大変お世話になっておりまして……」  しどろもどろに挨拶する悠を見て、感傷的な気分が吹っ飛んでしまった。   「母さん、兄さん、紹介したい人がいるんだ。 北条悠さん、俺と一緒に住んでいて……付き合っている人です」  悠のあたふたした様子が可笑しくて、ただそれだけを見てたら、不思議と落ち着いて話せた。    こんな気持ちは初めてだ。  あんなに恐れていたものは、何だったのだろう。  今、なにか否定的なことを言われても――大丈夫――悠が居てくれる。  そして、俺も悠を守れる。  心の底から沸き起こる強さに自分でも驚いた。    兄は少し驚いたような顔をした。  そして、母の方を心配そうに見ている。  母の顔は、少し寂しそうに見えた。  やっぱり言わなきゃ良かったと後悔しそうになった時、母は蒼の手を握った。 「そう。 蒼が幸せなら、それでいいのよ」  にっこり微笑む母の顔に、蒼が上京するときに駅のホームで見せたそれと全く同じだったことを思い出していた。    忘れていた……。  確かあの時も、母さんはそう言って、俺を見送ってくれたんだ。  泣きそうだ。  声にならない声で「ありがとう」と小さく返すのが精いっぱいで、なかなか顔を上げられなかった。  その後、母と兄に夕飯を一緒にと誘ったが、都会は慣れないから帰ると早々に帰ってしまった。  当初は、東京観光を兼ねてと考えていたが、昨日の晩に出てきて、人の多さに疲れてしまったらしい。    駅まで見送る道中で、祖母が病気で入院していると聞いた。  祖父はもう亡くなっているが、祖母は、九十歳。  昔から気が強く、男は男らしく強く。女は、男のために生きろという人生論を持っている人だ。  母にとっては義母にあたるし、そんな気の強い母が入院したことで、大分環境が変わったらしい。 「おばあちゃんが、入院したことで、本家の人たちが、お葬式の準備やら色々うるさくてね。今まで何も言わなかった人まで、蒼は何処で何してるのか? なんて言ってくる人もいてね……」    蒼には、嫌な思いをさせたくなくて。と語る母は苦い顔になっていた。 「父さんもね、蒼のこと気にしてるわよ。こっそりネイルの雑誌見たりして。コンテストの優勝祝いに何をあげたらいいだろうかって、話してたわよ。」  母は、思い出して、くすくすと笑いながら言う。    俺は知らなかった。父も母も俺を心配してくれていた。  閉鎖的な田舎暮らしで、息がつまるような生活をしていた自分を逃がしてくれたことを今になってようやくわかった。 「帰ってきたい時に帰ってきなさい。彼と一緒に」  電車に乗る前、蒼の頬を撫でて、母はそう言った。  そして、兄は、悠に俺のことをお願いします。と頭を下げたらしい。    俺はずっと家族に心配かけさせていた。  それを何も知らずにいて、いい大人が、こんなんで、恥ずかしくなった。    母と兄を送った帰り道。秋の風を感じながら歩く。  川面に夕日が沈むその光景は、青森で見た田舎の風景とよく似ていた。  昔は、なにか後ろめたい気持ちで見つめていた風景だったが、今はすがすがしい気持ちに変わっている。    ――悠に会いたい。    俺の居場所を作ってくれた。  安心する気持ちをくれる。  自信をもたせてくれる。  俺が与えてもらったように、俺も悠に同じくらいの、いやそれ以上の幸せを与えたい。                                    

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