18 / 18

仕合わせ Side 悠

 クリスマス、年末の繁忙期を無事に終え、明日は、大晦日。  『ロータス』は二十八日で営業終了。『雪月花』は今日まで空いている。  今日の営業時間は、夜の九時まで。  最終の客を見送り、片付けをする。  昨晩、悠は、母親に年末、蒼を連れて帰る電話をした。  一瞬、間があったが、すぐに客から呼ばれ「後で連絡する」とだけ言って切れた。  まだ、母からの返事はない。  実家の居酒屋は明日まで営業している。  地元民が訪れるアットホームな店だ。今日も常連さんで賑わっているのだろう。  マイペースな母のことだから、電話の返事をすることを忘れているのかもしれないが、あの間が少し不安にさせていた。  片付けが終わり、前田夫妻と年末年始についての会話をする。  「実家帰るんだろう? 」  前田に問われ、唸ってしまった。  「母さんに、蒼を連れていくと話したんだけど、まだその返事がなくてさ」  ただ蒼を連れていくという言葉を言っただけだったが、何かを察したのは間違いないと思った。  「またこっちから連絡するとか……」  前田も唸る。  そんな二人を見て、夢が笑っていた。  「悠のそんな姿を見るなんてね。店以外のことでこんなに真剣に悩んでいるの初めて見たわ」  「確かにね」前田もポンと手を叩き悠を見る。  そりゃ、真剣にもなる。  親には、わかってもらいたい。認めて欲しいという気持ちがある。  甘い考えなのかな。  ふっとため息を出すと、携帯電話に着信があった。画面を見ると麗からだった。 「もしもし」 『もしもし、悠兄ぃ、明日蒼さんと帰るんでしょ? 何時に来るの?』 「え? いや……」 『私今実家だけどさ、母さんが何時に来るんだろうって言ってるけど』  麗の声が大きく、やたら受話器の向こう側が騒がしい。店の喧騒の中にいるようだ。 「明日まで営業しているだろう。だから何時にしようか相談しようと思ったんだけど」 『……』母と話しているみたいだ。 『何時でもいいって!』  何時でもって、一応、気を使ってるんだけどな。 「わかった。夕方に着くように行くよ」  店の手伝いをしているのかもしれない。言い終わる前に、電話が切れた。  やりとりを隣で見ていた、前田夫妻が笑っている。  昔から知っている友人に家族内のやりとりを見られるのは、なんとも恥ずかしいものだ。  でも、少し安心した。    *****  大晦日。 夕方五時。  居酒屋『うみ』へ行く道を蒼と二人で歩いている。  緊張した顔つきの蒼。  そんな蒼の手を握る。  蒼の手は、いつも以上に冷たかった。  つないだ手を自分のジャケットのポケットに入れる。  「ありがとう」  見上げて言う蒼の微笑みが心地よい。  小さい頃からの馴染みのある潮の香と風が自然と気分を落ち着かせてくれていた。 「俺の地元は海がないんだよ。ま、ちょっと車走らせればあるんだけどさ。こういう海の景色って、憧れるな」  海沿いの道を歩いて、海を見つめる蒼の瞳には、少し不安がうかがえる。 「蒼が好きな景色ってあるの? 」 「……好きな景色か……|蓮《はす》の公園かな。実家の近くにあるんだ 」 「蓮? だから『ロータス』ってつけたの? 」  そう。と蒼は少し照れたように笑った。そして思いついたように聞いた。 「そういえば、なんで『雪月花』なの? 」 「ああ、四季折々を表したかったのもあるけど、故郷の景色みたいなものって皆あるでしょ? それを思い出してほしいというか。自分にとっても忘れないようにしたいなと思ったからかな」 「素敵な理由だね……」  話しているうちに居酒屋『うみ』に着いた。  店が開いている時は、家よりもこっちに顔を出し、必要なら店を手伝う。  「いらっしゃい」  店の扉を開けると、母と父の大きな声が迎えてくれる。 「あら、遅かったじゃない。さ、さっさと入りなさい」  母は変わらずにそう言うと、蒼をチラリと見つめ、席に案内した。  店内には常連の原田さんと奥さんが、カウンターに座っている。  大晦日だけあって、お客さんは少ない。  悠と蒼は、角のテーブル席に座った。  手伝おうかと、悠が厨房へ向かおうとしたところを母が止め、蒼に声をかけた。 「悠の母です。初めまして。蒼さん、悠がいつもお世話になっています」  とても丁寧に挨拶して、頭を下げる。  蒼も慌てて、席から立ちあがり「徳永蒼です」とだけ言ってお辞儀をした。  母は、微笑み「悠は、今日は席にすわってなさい」と言い、厨房に姿を消した。  テーブルには、ビールとおつまみが次々に運ばれてくる。  厨房の方が気になるけれど、二人で乾杯をした。  時間の経過とともに、客が帰って行く。  今は、常連の原田さんと奥さんだけがカウンター席に落ち着いていた。  いつもなら、お客がいれば厨房に入る。  常連とはいえ、お客がいるのに落ち着いて座っていることに慣れないでいた。  しばらくすると、刺身の盛り合わせがテーブルにのる。  それを見て、蒼の瞳がきらきらと輝いた。 「蒼さん、魚好き? 」  母に問われ、蒼が満面の笑みで返す。 「僕、青森出身なんです。地元は海に面してないんですけど、海の幸はすごく好きです」 「そうなの」と微笑み、すぐにまた厨房に消えた。  落ち着かない。  厨房が気になってしょうがない。  思い切って、そっちへ向かおうと席を立った時に、原田さんから声をかけられた。 「おう、悠坊。帰ってきたのか。元気にしてるか」  大分酔っぱらったのか、顔を赤くして、ふらふらしながら立ち上がる。 「大将、帰るわ」そう言って、奥さんに会計を目配せする。  ふらふらした足取りで、悠に近づき、握手を求める。  原田さん、大分酔っぱらってるな。  両手を差し出しされたので、悠も両手で握手した。 「なんだそれ指輪か? 結婚したのか? ま、お前もそんな歳なんだな。そうか、そうか」  そう言って、頷きながら、店のドアを開けて出て行ってしまった。  「原さん大丈夫か」そう言いながら、父が店を出る。会計を済ませた奥さんも出て行った。  母が、そのあとを追って、「良いお年を!」と言う声が店内に響いた。  店外で少し話している声がして、しばらくしてから暖簾を片付けて父と母が中に入って来た。 「はぁー、今年も終わったわね。父さんも一杯飲みましょうよ」  母が肩を叩きながら、声をかける。  父は、「おう」と言って、また厨房へ入ってしまった。  母が、ビールを片手に悠たちの席へやってくる。  厨房に聞こえないように声を潜めて、二人に話した。 「父さんね、今日、蒼さんに美味しいものを食べさせたいみたいなのよ。悠の料理には飽きてるだろうから。だって!」  笑っている母になんて返せばいいか迷う。  さっきの原田さんが話した、結婚とか指輪とか、そんな言葉を聞こえてなかったのか。  でも、視線は二人の指に嵌められている指輪に目が留まっていた。  それでも、俺たちのことにはあえて触れてこない。  俺から何か言おうとすると、違う話題を出してくる。  ――聞きたくないのかな。やっぱり、付き合っているということは言わないほうがいいのか。 「なにか食べたいものある? 」  そう言って渡されたメニューを蒼が開いていた時に、最後のページに目を留めていた。  最後のページは、食べ物とは関係ない景色の写真が貼ってある。 「この写真……蓮の公園だ」  小さくつぶやいた声に、さっき、聞いた蒼の好きな景色のことを思い出した。 「私も父さんも、蓮の花、好きなのよ。落ち着くいい景色よね。それ」  蒼の呟いた言葉が聞こえていなかったようだ。   「母さん、ここは、どこだか知っているの?」  急な質問に、面食らった顔した母だったが、すぐにいつもの調子で話をつづけた。 「昔、父さんと旅行で行ったかな。1回だけ。もう、どこだか忘れてしまったわ」  父と母は、駆け落ち同然で結婚した。  母に縁のあるところなのかと思って聞いたみたが……。    遠い昔に、母がよく独り言のように呟いていた言葉を思い出す。  ――知らなくてもいいこともある。  ――言わなくてもいいこともある。  小さい頃、なんで自分には、ばあちゃん、じいちゃんが居ないのか聞いたことがあった。  学校では、休みになると田舎のばあちゃんとじいちゃんに会いに行ったという友達が大勢いたのに、俺の家は違う。  亡くなったからという話も聞かなかった。  ただ、帰る場所はここだけなんだという話だけ聞かされた。  なんとなく、母が悲しい顔をするので、それ以来、何も聞かなくなった。    今になってみれば、知らない土地で店を持つことや、家族を持つことが、どれだけ大変だったかわかる。  周囲の人達からの噂話の的になることもあっただろう。  あの独り言は、自分自身に言い聞かせていたのかもしれない。    そういえば、蓮の写真は、家の玄関先に飾ってあるし、店のトイレにもあった。  メニューの最後に貼ってある景色とは違う蓮の写真。  この花は何?という質問に対して、「好きな花」とだけ答えていた母。  なんで飾っているの?という意味の質問だったけど、その答えに、もう聞くのを止めた。  これ以上聞いても、何も言わないだろうと思ったのかもしれない。  好きっていう答えがあるから。  それでいいんだ……そう思ったんだ。      父が、作った料理を自ら運んできた。 「お口に合えばいいですが」  蒼に向かって、それを置いた。  父は、また厨房に行ってしまった。  テーブルに置いた料理は、父の得意料理の肉じゃがだった。  得意料理なのに店のメニューには出さない。  最初に作った料理で一番褒められたのが、この料理だったから、家族にしか食べさせたくないんだと。酔っぱらった口から聞いたことがある。  誰に褒められたのかすら言ってなかったけど……。  父は、家ではあまり料理をしないから、父の作る肉じゃがは特別で。  それが出てきたときは、兄弟が奪い合うように食べていた。それを嬉しそうに見る父の顔を思い出す。    だから……今、肉じゃがが、目の前にあることが、すごく嬉しかった。   「この後どうするの? 麗も蘭ちゃんも初詣行くから、今日は家に戻らないらしいのよ。あんたたちも行ってきたら初詣」  夜から、出店と共に賑やかになる地元の神社は、夜中に初詣客が並ぶ。  小さい頃は、よく家族で出向いていた。 「母さんたちも行く?」 「私と父さんは、片付けもあるし、久しぶりに二人で過ごしたいから……」  少し、照れたように言いながら、グラスに残ったビールを飲み干した。   *****  蒼が、店内のトイレから出てくるのを外で待つ。  腕組をして、うろうろしながら、考えを巡らせていた。  肉じゃががでたことで、認めてもらったのかとも思ったが、なにも言えていない。  ちゃんと話せていない。  どうしよう。どうしょう。  これでいいのか。  蒼が店から出てきて、「いいんだと思うよ」と声をかけてくれた。  独り言がでていたらしい。  蒼の顔は、不安も緊張もなく、いつもの微笑みだった。  後ろから母と父も外に出てきた。 「ごちそうさまでした。美味しかったです。あの肉じゃがは、僕好きです」  蒼の言葉に、父も母も見たことのない、はにかんだ顔をする。 「良かったわ。また食べにきてね」  母が言う。 「また二人で帰ってこい」  父は、それだけ言って、すぐに店に入って行った。  母は、いつまでも見送って、手を振っていた。  ゆっくりと神社までの道を歩く。  辺りは、初詣に向かう人が、ぽつぽつと歩いている。  心地よい海の音に気持ちが落ち着いた。  隣を歩く愛しい人の笑顔が安心をくれる。 「また、一緒に帰ろう」  つないだ手は温かい。  この人と、これからも共に歩む。  今まで出会った人たちとは、なにかしらの縁があると思っている。  それが、自分だけではなくて、家族にもあるもんなのだと思った。    とてもロマンチストな考え方だが、蒼とは運命みたいなものがあったのだと思う。    今まで気にも留めていなかった、蓮の写真。  昔から家にあったのだ。  ただ、それだけだ。  親が好きだというだけの単なる偶然かもしれない。    でも……蓮は、俺にとって特別だ。  不確かなものだけど、確実な何かを見つけたような気がした。  手を強く握ると、蒼も握り返してくれた。 

ともだちにシェアしよう!