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乗り越えて
十二月に入った。
ネイルサロン『ロータス』では、クリスマス、年末年始に向けて、忙しさが増す。
これは、どこの店も同じことで、商店街は活気が出てくる。
「あっという間の一年でしたね。ってまだおわってないけど」
スタッフのエリカが、マニキュアの在庫を調べながら、話す。
「色々あった年だった……」
ぼそっと呟く言葉に、蒼と望は、無言で頷く。
「って、なんで、あたしが発した言葉で暗くなってるのよ」
NAOKIがテーブルを叩きながら言う。
「だって、ねぇ?」と蒼、エリカ、望が言う。
「悪かったわよ。みんな私が悪かったわ」
泣きまねをしながら言うNAOKIを見ながら、三人は笑った。
時々、NAOKIは『ロータス』に顔を出し、お気に入りのスイーツを持って、談笑していく。
今日も、バックヤードに入り、皆と話していた。今は、ちょうどお客の予約が入っていない。
NAOKIと大御所俳優の恋は、連日ワイドショー、週刊誌で大騒ぎになっていたが、それは最初だけだった。
新しいネタがどんどん出てくるのが芸能界。
NAOKIから、うるさいくらい惚気話を聞かされて、蒼は苦笑いをしていた。
「それにしても、あの自称業界関係者? ってやつ? 大丈夫かしら」
バックヤードのテレビには、音量を小さくしたワイドショーが芸能人のネタを話している。
今は、クリスマス前に離婚した芸能人カップルの話でもちきりだ。
自称芸能関係者……立花のことを言っていているのだろう。
NAOKIは、心配そうに蒼に聞いてくる。
「もう、ちょっかい出されてないんでしょ? もし、また何か変なこと言ってきたら、わたしに言いなさいな」
「NAOKIさん大丈夫です。私たちがいますので、蒼さんは守ります」
頼もしく答えてくれる望は、なんやかんやNAOKIと仲良くなっているようだ。
「いいえ、わたしが守るわよ」
「いやいや、NAOKIさんの腕っぷしじゃ、無理よ」
二人のやりとりは、面白い。
「ありがとう」
蒼は笑顔で答えた。
「それにしても、こんなセクシャリティのことなんて、今時たいしたことないと思ってたけど、やっぱりネタとしては面白いのかしらね」
NAOKIは、自ら持ってきたお菓子を食べながら、呟いた。
「正直、私の周りには居なかったから、蒼さんに打ち明けられたときは、緊張はありました」
エリカが恐縮しながら答える。
「へぇー、そうなんですね。私は、同級生に居ました。その子はカミングアウトして堂々としてたけど、周りの人は、コソコソくだらない冗談を言う人も結構いましたね」
望の言葉に、NAOKIも続ける。
「そうなのよね。カミングアウトするには、するで、結構大変なんだからさ。ほっといて欲しいわよ。わたしは周りに同じような人間がいたから、あまり悪目立ちしなかったけどさ……」
「……蒼さんは、大変だったんじゃない? 気を使われるのも、気を使うのも……ごめんなさい。こんなこと聞いちゃって」
珍しくNAOKIがしおらしい。
「確かにね。気を使われるのがすごく嫌だったんだけど、それは大きな勘違いだった」
実際は人の目をすごく気にして臆病になっていただけ。
「いつも、周りに助けられていたのにね。最近になって気が付いたよ」
エリカ、望、NAOKIを見て、微笑み、「ありがとう」と頭を下げた。
つられて三人も頭を下げる。
顔を上げたあと、全員が涙を浮かべて笑った。
NAOKIには話していないが、ワイドショーでみた大御所俳優の武田の振る舞いに蒼は大きく心を動かされた。
『大事な人だから』その言葉の重みが、彼の態度からひしひしと伝わっていた。
守りたい。そういう人がいることは、自分も強くするのだと。
心から、そう思える。
NAOKIのパティシエになる夢は変わっていない。
むしろ、武田のおかげで、本気になっているようだった。
――おとぎ話のようだが、NAOKIが育った施設にお菓子を届けてくれていた紳士が武田だというのだ。
その頃の武田は、駆け出しの俳優でそこまでメディアへの露出がなかった。
一緒に遊んだり、お菓子を食べた思い出が、少しだけある。
しかし、段々と来る回数が減って行った。
お菓子やケーキは定期的に届いていて、NAOKIにとっても他の子どもたちにとっても、武田が来なくなったことは、さほど気にしてはいなかった。
NAOKIが中学生に上がり、雑誌のモデルをし始めた頃に、一度だけ施設に来た。
その時には、俳優をしている武田さんという名前は知っていたし、テレビの中にいる人だと大騒ぎになった。
でも、お菓子をくれて、一緒に食べて、遊んだ人だとは誰も覚えていなかった。
わたしも覚えていなかった。
その日に、皆でプレゼントをしたのよ。
手紙とか折り紙で折ったものとか、私はミサンガを渡したの。
自分もモデルで一流になりたいと思って、作ってたから。
映画の撮影で武田に会ったとき、彼のしているブレスレットに見覚えがあった。
それに、撮影現場で他の人に接している姿とか、食事している姿とか……。
彼を見ていると懐かしい気持ちになった。
もしかしたら……。
でも、相手は大御所、新人との接点なんかないし、同じ撮影現場にいても話す機会もない。
NAOKIの撮影が終わり、現場から帰るという時に、ほんの少しの間、武田が一人になった。
思い切って、声を掛けた。多少失礼になっても良いかという気持ちでいた。
『武田さん、もしかして、施設にお菓子届けていた人ですか?』
その問いにじっと見つめて武田が答えた。
『思い出してくれた?』
たった、それだけの言葉のやりとりだったけど、その施設にいた頃のことが、一気に思い出された。
自分でも焦ったわよ。ありえないと思ってたから――。
その話を聞いて、エリカと望が「運命だわ」と感嘆の声を漏らした。
NAOKIはもじもじと照れている。
撮影が終わり、例の週刊誌でNAOKIが困っていることを知って、あの取材に応じることを決意したのだそうだ。
おかげでマネージャーや事務所のスタッフは大変だったという話をNAOKIから教えてもらった。
「記憶のどこかに残っているもんなんだなって」
武田とNAOKIがいつから恋人同士なのか、本当に恋人同士なのかは語られていない。
ただ、大事な人。というだけ。
そこに、余計な情報はいらないのだと思った。
「ほんと縁があったんだわ。運命ってやつね」
お菓子を頬張りながら言うので、みんなに「え? なんて言った?」と聞き返されている。
良かった。
彼のいつもの明るさが見られて。本当に良かった。
予約のお客が来店したのをきっかけに、NAOKIはまたね。と帰って行った。
そして、夕方に、石田諒哉が挨拶にやってきた。
営業先から、「ちょっと寄り道」と、よく立ち寄ってくれていた。
「年末は忙しいからな。今のうちに挨拶きたよ。ここ最近全く会ってなかったけど、変わりない?」
店の入り口付近で蒼に問いかける。
「ああ、順調だよ。ありがとう」
蒼は接客中じゃなかったが、エリカと望が施術中だったので、二人はそっと店外に出た。
「色々大変だったみたいだけど、彼のおかげかな? なんか大丈夫そうだな」
石田は、店をオープンした時も支えてもらった気の置ける友人だ。
蒼の声や表情で、察知してくれる。中々勘のいい男だ。
「ああ、本当に大丈夫。諒哉は?」
「うん。まあ、元気よ。最近またフラれちゃってさ。寂しいクリスマスよ。あ、雪月花行こうかな……」
去年は、確か一緒に行ったんだよな。
そうか、付き合い始めて、一年経つのか……。
というか、まだ一年なのか。濃厚な時間を過ごしているせいか、大分経っている気がする。
「雪月花、一緒に行こうか。悠に話しておく。あ、あと、定休日が来年から変わるから」
「一緒にするのか?」
そう聞かれて、こくりと頷いた。
「蒼、変わったな」
「……? そうか?」
フッと小さく笑って、「愛の力はすげーな」と言い放ち帰って行った。
吹く風が冷たい。
それなのに石田の残した言葉で頬が熱くなっていた。
さっきNAOKIが来た時にも定休日が変わることを話した。
なんとなく、伝えるべき、やるべきことを終えた気がしてホッとする。
店のホームページでも定休日の変更はトップページに載っているが、業者やお得意先には、順々に話している。
ネイルのお客様は、月に1回予約という人が大多数だ。数か月前から伝え始めているので、そろそろ全員には伝わっているはずだ。
そして今日の最終の客は、悠の妹。麗だ。
店に現れた麗は、相変わらず兄と同じ清潔感のある雰囲気、素敵な女性だ。
「お兄ちゃん、どうですか? 迷惑かけていませんか? あいつ家事しますか? あの……大丈夫ですか?」
質問攻めにされて、思わず笑ってしまった。
何か言いたそうにしている麗の表情を察して、例の週刊誌騒動のことを聞きたいのかも知れないと感じた。
詳しく調べれば、俺がゲイだということもわかることだ。
兄と付き合っているかもしれない……なんて事実は知りたくないものなのか。
ただ麗の表情には、嫌悪や恐れはない。
本当に心配しているのだろう。
「兄は結構、天然というか、人の気持ちが分からないというところがあるみたいだし……あ、昔の話しですけど……」
言葉を選んでくれているとわかった。
優しい子だな。
麗の目を真っ直ぐに見て、伝えるべき言葉を探す。
「ありがとう。大丈夫だよ。僕は彼をすごく頼りにしているし……彼は、とても大事な人だよ」
にっこり微笑みそう答えると、麗の顔がほころんだ。
閉店後、スタッフが帰り、片付けをしながら、悠が話してくれた年末年始に実家へ行こうという言葉を反芻していた。
――蒼のことを親に紹介したいんだ。
そう言われた時に、すぐには返事できなかった。
怖い。
でも、そう言ってくれて嬉しかった。
それに一番怖いのは、悠自身なのかも知れない。
大事な人を支えたい。
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