55 / 55
遠くへ〈2〉
────研一……研一……
誰かが俺を呼んでる。誰だろう?
…でも聞き覚えのある声。
────研一、起きろ。おい、研一。
柊二さんの声にも、似ている。でもな…
────目を開けろ、研一。
ゆっくりと目を開けると、目の前に柊二さんが心配そうな顔で、俺を見ている。
────大丈夫か?研一。痛くないか?
えっ?痛い?……何のことだろう。
俺は、柊二さんに抱き抱えられて身体を起こした。
────ほら、見てみろ。横っ腹に穴あけられて…可哀想に、痛かっただろ?
俺は、柊二さんの言う通り右の脇腹を見た。5センチくらいの傷があった。
何だろう…こんな傷なんてなかったのに。
そうだ…俺は、柊二さんの四十九日法要と納骨を済ませて、店の前で新倉さんとエリ子さんと話しをしていたんだ。
それなのに、何故、目の前に柊二さんがいるんだろう。しかも、痩せてガリガリじゃなくて、出会った頃のイケてる柊二さんが。
────研一、少し目を閉じて。
柊二さんは手のひらで俺の目を覆った。
────いいか、研一、何を見ても狼狽えるなよ。俺が傍にいるからな。
柊二さんの手が外された。
眼下に、俺がいた。夥しい血溜まりの上に横たわっている俺が。そして、エリ子さんが俺の頭を抱きかかえ、真っ赤になった俺の腹を押さえて泣き叫んでいる。
その横で、新倉さんが麗蘭さんを羽交締めにしている。新倉さんの足元に血の付いた合い口みたいなのが転がっている。
そうか、俺は麗蘭さんに刺されたのか。そして、瀕死の状態ってわけか。
────研一、わかったか?……それにしても麗蘭のヤツ、酷いことをしやがる。
俺は薄っすら笑いながら頷いた。
麗蘭さんは、柊二さんを奪った俺が許せなかったんだ。
まぁ、納骨が終わるまで待っててくれたのは助かったけど…。
麗蘭さんなら相手が柊二さんじゃなくても幸せになれたかもしれないのに。自己中女の復讐なんだろうか…でも、ひょっとして本当に柊二さんのことを愛していたんだろうか。今となってはどうでもいいことだ。
ただ業の深さは身を滅ぼすんだ。哀れな女だ。悪いけど、アンタは死んでも柊二さんと一緒になれないよ。
俺は、柊二さんを見た。優しい顔をしている。
────柊二さん、どうしてここにいるの?
────俺は、お前を迎えにきたんだよ。
そうか、冥土への道案内のために来てくれたのか。
────もう、逝ってもいいか?
────はい…いいですよ。
俺のこんな結末を一体誰が予想できただろう。突然の終焉は俺にとっては旅立ちになった。
もう、生きていく理由や意味を探さなくていいんだ。
────研一、これからは、ずっと一緒だ。
ようやく約束を果たせる。
────約束?
────そうだ。
死ぬまでお前を抱き続けてやる。
────柊二さん…
俺たちはもう死んでるんでしょ?
柊二さんは、そうだな、って笑いながら俺を抱きしめた。その瞬間、俺は身体がふわっと浮いた感じがした。
遠くでパトカーがサイレンの音を響かせている。
そして、エリ子さんの俺を呼ぶ声が、だんだんと聞こえなくなっていった。
終
ともだちにシェアしよう!

